ヨークシン編
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9月14日。
その日の朝は、まるでソフィアの心を映したかのように厚い雲に覆われていた。
ソフィアはとうとう退院を迎えた。
クラピカとセンリツは先にノストラード・ファミリーの館に帰省(9月11日)し、ゴンとキルアはオークションに出品された全てのG・Iを競り落とした人物が開催したプレイヤー選考会に参加していた為、病院に来ることが出来なかった。
退院したソフィアはレオリオとリンゴーン空港に到着した。
これからクラピカがいる館に向かう。
クラピカに会いたい反面、まだ少し怖いけど…
じっとしてたって、何も変わらないから。
「ソフィア、オレも行くぜ!」
『え?』
予想外の言葉だった。
ソフィアは目を見開き、嬉しそうに尋ねる。
『ホントに?レオリオも来てくれるの!?』
「あぁ、クラピカがオメェを思い出さねーと心配で医者の勉強も出来ねーしな!」
レオリオは、はにかむように笑った。
レオリオ…
ほんとに友達思いで優しいね。
『本当にありがとう。レオリオがいてくれたらすごく心強いよ!あ、レオリオの切符も買ってくるねっ』
嬉しそうにそう言って、ソフィアは切符売り場の方に走って行った。
こうして二人は飛行船に乗り…
人体収集家(ノストラード・ファミリー)の館に到着した。
「行って来い、オレは近くのホテルにいるからよ。何かあったらいつでも連絡すんだぜ?」
『うん。レオリオ、ありがとう!じゃあ、行ってくるね!!』
レオリオの笑顔に安心したソフィアは、笑顔で彼に手を振った。
門に入り、館に向かっていく。
館の使用人がドアを開け、ソフィアは館の中に入るとボスの所に足を運んだ。
やがてネオンの部屋の前に辿り着き、ドアをロックした。
…しかし返答はない。
もう一度繰り返したが、やはり変わらず返答はない。
その時、突然ゆっくりとドアが開いた。
そこにいたのはネオンではなく、クラピカの姿。
突然の久々の再会に心の準備ができていなかったソフィアは、大きく目を見開いた。
どうしてクラピカが……
ボスの部屋に…??
驚き、喜び、緊張、不安、戸惑い。
様々な想いが混ざり合い、視界に複雑な色を生み出していく。
「……帰って来たのか」
相変わらず冷たい表情。
『うん…た、ただいま!』
動揺を隠すためにできるだけ明るく振る舞うソフィア。
しかし、クラピカの表情は変わらない。
「ボスは今、眠っているところだ」
『…そう』
時間が止まり、沈黙が流れる。
かける言葉に迷うソフィアより先に口を開いたのは、重苦しさに耐えられなくなったクラピカの方だった。
「…少し話がしたい。いま平気か?」
『うん…』
「場所を変えよう」
そう告げると、クラピカは部屋から出て歩き出した。
ソフィアはクラピカの後に着いて行く。
見慣れた後ろ姿も今はまるで知らない人のよう。
もう以前のクラピカじゃない。
でもね、どうしてだろう。
思い出すのはクラピカの優しい笑顔だけ。
二人は館を出て、庭のベンチに座った。
再び、二人の間に沈黙が流れる。
そよそよと肌を通り抜ける風の音が聞こえる。
ソフィアは緊張で微かに震える声で、その沈黙を破った。
『あの…少しは思い出した??』
「いや、何も…」
クラピカは地面を見つめたまま答えた。
『そっか…話ってなに??』
ソフィアが尋ねると、クラピカはソフィアの顔をじっと見つめた。
真剣な眼差しに、ソフィアの鼓動の音が段々と速度を増していく。
わけもなく固まるソフィアにクラピカは口を開いた。
「…君は、本当にクルタ族なのか?」
『え?』
「私は君が同胞だということも恋人だということも、証拠がない限り信じることができない。5年前、あの惨劇からどう逃れたのか、詳しく話してくれないか?」
その質問にソフィアは視線を泳がせて困ったように眉を寄せると、やがて俯いた。
今ここで、今までのことを全部話したら…
クラピカは思い出してくれるのかな。
でも、わたしが全部話したとしても…
『……自分で答えを見つけないと、意味のないものだと思う』
たとえクラピカに信じてもらえなくてもいい。
思い出すことを、諦めないでほしいから。
真摯でどこか切なげな瞳で見つめ返すソフィアに、クラピカはベンチから立ち上がった。
「それもそうだな。時間を取らせてすまなかった」
そう言うとクラピカは興味を無くしたように身を翻し、館に入って行った。
クラピカと別れたソフィアは呆然と廊下を歩いていた。
すると、ピアノの音が聞こえた。
優しくて、穏やかで、聞いているだけで心が少しずつ癒されていく。
ソフィアは音の聞こえる方へと足を運んだ。
ピアノの後ろに人影が見える。
近づいていくと、センリツがピアノを弾いていた。
ソフィアの姿に気がついたセンリツは、ピアノを弾く指を止めた。
「……ソフィア、帰って来たのね」
『うん、ただいま!』
なんでだろう…
センリツの顔を見ただけで、心がほっとした。
あれ、目頭が熱い。
涙が出そうなのかもしれない。
わたしってこんなに弱かったっけ??
「ソフィア、どうしたの??」
センリツはピアノ椅子から降りると、涙を流し立ち竦むソフィアに近づいた。
「ほら、いったん座りましょ」
センリツはソフィアを近くのソファーまで誘導し、センリツも隣に座った。
ソフィアの背中を擦りながら、センリツは優しく問いかける。
「クラピカと会ったの?」
『うん…』
ひとつ頷き、震える声を吐き出す。
『クラピカ…ボスの部屋にいた』
それを聞いたセンリツは切ない目をした。
「ソフィア、 実は…スクワラが殺されたの」
ソフィアの心臓が跳ね上がった。
センリツは悲しい表情でつづける。
「…それでエリザがひどく取り乱しちゃって、エリザは辞めたわ。どうやら二人は真剣に付き合ってたらしくて。
ボスはエリザが辞めてからまるで別人のように元気をなくしてしまって…それでずっとクラピカが付き添って励ましてるの」
『そう、なんだ…』
なんでだろう…
胸の奥が痛い。
別にクラピカがずっと付き添ってなくてもいいのに。
『帰って来てからずっと??』
詳しい事は聞きたくないはずなのに、口が勝手に動いてしまう。
ただ一つ祈る事…4日間も一緒じゃありませんように。
ボスは可愛いし、もしクラピカがボスを好きになっちゃったら…そんなの、考えただけでいやだ。
センリツは首を縦に振る。
その行為はソフィアの祈りをあっさりと打ち砕いた。
『そっか…』
態勢を前にして、ソフィアは軽く顔を上げた。
『…わたし、ちょっと聞きたいことがあったんだ』
「なに?」
首を傾けて、ソフィアはつづけた。
『最近、わたしの知らないクラピカばかりで……記憶を忘れると、あんなにも違うのかなって…』
わたしの知っているクラピカは…
あんなに冷たい目をしない。
あんなに刺々しい言い方も、あんなに冷たい態度も。
でもそれは、わたしが知らなかっただけなのかな。
センリツは深慮深げに首を傾けて、記憶を手繰るように目を細める。
「……私はね」
静かに口を開いて、センリツは薄く笑った。
「あるとき、クラピカは信頼できる誰よりも優しい心の持ち主だと分かったわ。
それまで、頑固で不愛想で簡単に心を開かない硬い人にしか見えなかったし、実際そうだったから」
近くでクラピカの心音の音がした。
気づいたセンリツはちらりと視線を向けたが気にした様子もなく、ソフィアは黙って続きを待っている。
「ソフィアは知らないと言ったわね。あんなクラピカは知らないって…それは当然よ」
そうしてセンリツは、穏やかに笑った。
「クラピカは変わったわ…。ソフィアのそばにいる時の心臓の音が、一番澄み切った穏やかで優しい音色に変わって、心を開いてたの」
『わたしが?』
「そう…クラピカを変えたのは、ソフィア。きっとあなたかもしれないわね」
センリツの瞳を見つめたまま、ソフィアは繰り返した。
『わたし…』
自分が何をしたのか。
どうしてあの冷たい印象しかないクラピカが、わたしの知るクラピカに変われたのか。
その理由は、分からないよ。
でもね、いつだって、耳の奥に響く声がある。
ーーーソフィア…
いつだって、名前を呼んでくれた優しい声。
胸の奥が痛い。
わたしを知らないクラピカを、もう一度、変えることは出来るのかな。
諦めずに頑張れば、クラピカはわたしの名前を呼んでくれるのかな。
あの優しい笑顔で、わたしを見てくれる??
ずっと願ってれば、それはいつか叶うのかな…
ソフィアは俯いた。
少しでも気を緩めたら、直ぐにでも涙が溢れてしまいそうだった。
でも、もうわたしは泣かない。
泣くもんか。
まだクラピカが思い出してくれる可能性がある。
前向きに、辛いときこそ笑顔でいなきゃね。
「……大丈夫?」
そうっと尋ねるセンリツに、ソフィアは頷くと顔を上げて笑顔を作った。
『うん、大丈夫!』
それから3日が経ち、ソフィアは毎朝鏡の前で何度も笑顔の練習をし、毎日積極的にクラピカに笑って話しかけた。
『ねぇ、クラピカ!何の本読んでるの??』
『クラピカ!今日は天気がいいねっ』
『一緒にご飯食べよ?』
『ねぇ、クラピカ!』
しかし、いくら話しかけてもクラピカの表情は冷たく、中々答えてもくれなかった。
広間で休もうと向かっていた時。
そこにはネオンの部屋の前で会話をしているクラピカとネオンがいる。
ソフィアは二人を見つけると反射的に廊下の壁に隠れた。
…なんで隠れてるんだろ。
身動きができず、二人の会話がリアルに入ってくる。
「分かりました。また何かあったら呼んで下さい」
「うんっ!本当にありがとっ!!あ、またコレクションの話、明日聞いて欲しいんだけどっ♪♪」
「はい、私でよければいつでも構いません」
「わぁい!!話し相手が出来てよかったぁっ♪クラピカって実は優しくて、けっこう頼りになるね!!」
姿は見えないけれど、情景が頭に浮かぶ。
ソフィアはその場を動く事ができなかった。
こんな時に…どうしてだろう。
クラピカと過ごした今までの事を、すべてを思い出している。
これから先もクラピカを恨んだりなんかしない。
今でも好きだよ。
大好きだよ。
でも、もうクラピカの目にわたしが映る事はあるのかな。
ここにいても辛いだけ。
それなのにソフィアは、立ち止まったまま進めずにいた。
部屋に戻っても何もする気が起きず、しばらく放心状態だった。
その時…
♪ピロリンピロリン♪
一通のメールが届いた。
受信:レオリオ
<ゲンキカ?アシタノヒル二、ゴントキルアトアウ。コレタラ、ガルドーブエキマエノレストラン二キテクレ>
翌日。
ソフィアは館からそんなに遠くない場所にあるガルドーブ駅前のレストランで久々にゴン、キルア、レオリオと再会した。
「ーーーでどうだ?クラピカは?思い出したか??」
レオリオに尋ねられたソフィアは少し深刻な顔で首を横に振った。
『実は…』
ソフィアは昨夜にボスと話したことを3人に話し出したーーー…
『失礼します。ボス、お呼びですか??』
「ソフィア!!ここ、座ってっ♪」
『あ、はい』
ベッドの上でご機嫌に話すネオンに促されてソフィアは椅子に腰を下ろした。
『ボス、元気になられたんですね。みんな、心配してたんですよ』
「あ、また敬語!!それにボスって呼ぶのも今から禁止!!私のことはネオンって呼んで?ソフィアはため口でいいからっ♪」
ソフィアは手を振って慌てて声を上げた。
『えっ!そんな、ダメですよ!』
「も~ソフィアは親友だからいいのっ♪」
『………親友??』
「そう!私あんまり心開ける友達いなくてさ。ソフィアなら心開けそうだしっ♪ずっと親友って呼べる友達が欲しかったんだぁ!」
そうだったんだ…
でも、わたしだって心開いてないのに。
「ソフィア、親友になってくれるよね??」
純粋で目をキラキラさせて見つめるネオンに、ソフィアは頷いた。
「ありがとぉ♪嬉しい!!あ、さっそく親友のソフィアに相談があるんだけどっ!」
『相談?』
「うん、ソフィアは恋ってしたことある??」
突然の質問にソフィアは固まった。
とても嫌な予感がする。
「誰にも言っちゃダメだからね!なんかね、ここの胸の辺りが時々痛むんだ。クラピカと仲良くなってからなんだけど。
もっとクラピカのこと知りたくて…もしかして、これが恋なのかな??」
予感は見事に命中した。
ネオンは、クラピカが好きなんだ…
「ねぇ、どうなの??」
真っ直ぐに見つめて答えを求めるネオンに、ソフィアは黙って頷いた。
「そっかぁ!やっぱり!…ってことは、クラピカは私の初恋の人になるんだよね?キャー///どうしよう!!なんかドキドキする~!!」
ネオンは頬を紅く染めて、両手で頬を抑えた。
いつもは恋愛とかに興味が無さそうなネオンだけど、今は恋する女の子の顔をしている。
ついこないだまで、わたしもこんなに幸せな顔をしてたのかな。
友達が幸せに笑ってくれるのは嬉しいことなのに…
その笑顔を見ると、胸が鷲掴みにされたようにぎゅうっと苦しくなった。
「ソフィアってクラピカと仲いいよね?いろいろクラピカのこと教えてくれない??」ーーー…
「ーーーで、まさか教えたのか?」
キルアの問いかけに、ソフィアは気まずそうな顔で頷く。
レオリオは呆れたように口を開いた。
「バカだなァ~!付き合ってるから言えねェって断ればよかったじゃねーか!!」
『だって今のクラピカはわたしのこと忘れてるし、そんな言えないよ…』
「でもよぉ!お前グズグズしてっと、その子にアイツ取られちまうかもしれねーんだぞ!?いいのか、それで!!」
ソフィアの頭の中では、嫌な映像が頭をよぎった。
それは楽しそうに話すクラピカとネオンの姿。
『……分かってるよ。でも言えなかった、あんな幸せそうなネオンを見ちゃったら…』
ネオンは、なにも悪くない。
あの頃のわたしと同じように、クラピカに恋をしてしまった。
それは、どうしようもないことだから。
感情的になり涙が溢れたので、流れないようまばたきをせずに上を向く。
泣かないと決めたのに…
「お、おい!メシおごってやるから泣くんじゃねーよ!」
「オレは後でジュース買ってやる♪」
「じゃあオレは…思いつかないや!」
…みんな子ども扱いするんだから。
でも、みんなありがとう。
『うん…ごめんねっ』
「そうだ!!クラピカも誘ってみんなでどっか旅行に行こうよ!ソフィアの退院祝いも兼ねてさ!!」
思いがけないゴンの言葉に、3人は目を丸くした。
「オ、でかしたぞゴン!!その手があったな!!その旅行でクラピカがソフィアを思い出すかもしれねーぜ!?」
同意するレオリオにキルアは納得のいかない顔で問いかけた。
「旅行ったって、どーすんだよゴン。グリードアイランドは!」
「大丈夫だよ!明日の夕方までにヨークシンに戻ってくれば!」
「はぁ?まさか今日行くのか!?」
「うん、だって今日ぐらいしかないじゃん」
「でも近場であるか?しかも今日宿泊できるとこ」
『ねぇ、旅行じゃなくてキャンプとかは??』
ソフィアの言葉にゴンはその光景を想像したのか、目を輝かせた。
「キャンプかぁ…いいね!!みんなでキャンプにしよう!!」
レオリオは慌てて反対した。
「ちょっと待て!!キャンプだぁ~!?そんなとこ行ったって鎖骨のキレイな可愛いネェちゃんがいねーじゃねーか!!」
「どーせ温泉に行って女湯のぞくのが目的じゃん、リオレオ最低ー」
「レオリオだ!!…ってまたお約束のギャグをやらすな!ルキア!!」
ムキに怒鳴るレオリオにゴンが返した。
「キルアだよ!キャンプなら近くのアルニ山で出来そうだよね!!」
『うん!でも、クラピカ来てくれるかな??』
その言葉にレオリオが自身気に親指を立てる。
「オレが説得するぜ、まかしとけ!てゆ~か、温泉温泉ー!!」
『レオリオは女湯のぞくからダメー!』
「ちぇ、オレも温泉がよかったなー」
キルアは頭の後ろに両手を置いた。
その時、店内で一番うるさかった4人はウエイトレスに厳しく注意されたのだった。
「お客様!もう少しお静かに!!」
レオリオは電話で必死にクラピカに説得し、クラピカも来られることになった。
そして、キャンプ場もハンターライセンスカードを使って探し、直ぐに見つかった。
「ソフィア!キャンプうんと楽しもうね♪」
「せっかくだし最高の夜にしような!」
「さっそく計画たてよーぜ」
きっと一人じゃどうにもできなかった。
ソフィアはこの時、改めて3人がいてくれたことに心から感謝した。
もし一人でクラピカとネオンの姿を見ていたら気持ちが壊れて立ち上がれなかったと思う。
でも今は、仲間に守られてる強さがあるから立ち上がれるよ。
5人で初めてのキャンプ。
楽しみだけど、何かが胸に引っかかる。
大丈夫、きっと楽しめるよね。
一つ願うのは…
早くクラピカが記憶を思い出してくれること。
今のソフィアには、それが何よりの切実な願いだった。
next…