ヨークシン編
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ーーーーー9月10日。
あれから3日が経った。
ソフィアは病院で何一つ代わり映えのない日々を送っていた。
病院食の味付けの薄さにはまだ舌が慣れない。
けれど、初めより口に運ぶ頻度は増えたように思う。
センリツ、ゴン、キルアは相変わらず見舞いに来てくれている。
しかし、クラピカとレオリオが再び訪れることはなかった。
クラピカ、今頃どうしてるのかな?
こないだ会ったばっかりなのに…会いたいよ。
今すぐ走っていきたいくらいだよ。
口ではうまく言い表す事ができないけど、とにかく、すごくすごく会いたい。
いつの間にかこんなにも好きになってたんだ。
『あ~~~会いたい会いたい会いたいっ!!』
たまらずに飛び出してしまった大声にお見舞いに来ていたセンリツが驚いた。
ソフィアはずっと聞きたかった胸の内をセンリツに尋ねた。
『ね、センリツ。クラピカはどうしてるの?』
センリツの顔が強張る。
「…………」
沈黙するセンリツに、ソフィアは更に問いかけた。
『どうして来ないの?…何かあったの??』
「……今は、早く元気になることだけを考えましょ」
作り笑いを浮かべながら話を変えるセンリツに、ソフィアは更に言い募った。
『なんで誤魔化すの?クラピカに何かあったんでしょ??センリツ、お願い話して!』
真剣に尋ねるソフィアに、センリツは硬い声で返答した。
「クラピカはーーー…」
9月8日。
ソフィアと病室で別れてからのクラピカは、4人(ゴン、キルア、レオリオ、センリツ)と合流した。
ソフィアと旅団の事で話していたその時、突然クラピカはその場で倒れてしまった。
原因不明の発熱を出したクラピカは旅団に見つかってしまう可能性もあるので、病院にも連れて行けず廃墟とかした建物の一室でレオリオ、センリツは看病していた。
それから丸一日以上が経ち、クラピカがゆっくりと瞼を開いた。
「クラピカ…」
クラピカは、まぶしそうに目を細めた。
「…今、何時だ?」
「午後の2時よ(9日だけど)」
「………そうか」
「まだ熱があるから休んでた方がいいわよ」
クラピカはセンリツに顔を向けた。
「ボスは…地下競売の方はどうなった?」
「結局なかったわ。どうやら旅団を警戒して来年から地下競売自体中止になるみたいよ。そのかわり、後日今年の残り分の品はコミュニティー主催のネットオークションをやるそうよ。
ボスもしぶしぶ納得して帰ったわ。だからあなたはもう少し休んで…」
クラピカは目を閉じて大きく息を吐く。
静寂が室内を満たし、クラピカは再び口を開いた。
「…ひとつ聞きたいのだが、 ソフィアって誰だ?」
レオリオとセンリツは耳を疑った。
「目が覚めて、最初に浮かんだ名前だ。知り合いなのか?」
二人の瞳が凍りつき、言葉を失う。
愕然としたレオリオは慌てて答えた。
「何言ってんだ?ソフィアはお前の同胞だろ!?」
「同胞…?私の他にもまだ生きていたのか…!?」
クラピカは重たい上体を起こし、藍色の瞳を一杯に見開く。
レオリオとセンリツは急いでゼパイルに知り合いの医者を呼んで欲しいと頼み込み、医者に診て貰った。
「脳に損傷でも出来たのか!?どっかイカれたか!?」
慌てて尋ねるレオリオに、医者は首を横に振って冷静に答えた。
「レントゲンを撮らない限り確実とは言えませんが、高熱によって記憶喪失の可能性があります。余りに強く考えすぎて、その部分だけが欠落してしまったのかもしれません。
一時的かもしれませんが、しばらく様子を見ましょうーーー…」
話を全て聞いたソフィアは、瞬くことも忘れて言葉を失っていた。
握り締める手が震え、心臓が激しく脈打っている。
遠くで響く車のクラクションの音がまるで夢のようで。
どうしても現実だと思えない。
クラピカの言葉が脳裏に甦る。
ーーー「私の人生をかけて、ソフィアを幸せにしていけるよう努力する。だからソフィア…お前の人生を私にくれないか?」ーーー
ついこないだまで、そう言ってくれた。
わたしが退院したら、結婚するって約束したんだよ?
そんなの嘘だよ…
クラピカがわたしのこと、忘れる訳ない。
『センリツ、クラピカは何処にいるの!?』
「…近くの廃墟にいるわ。退院したら会いに行きましょ」
退院まであと4日はあるよ…
『そんなに待てない!!』
そう叫んだソフィアは腕に付けられた点滴の管をはずし、止めようとするセンリツの手を払いのけてベッドから降りると、その場から走り出した。
「ソフィア!!」
ソフィアは患者服と裸足のまま外に飛び出て、息切れする暇もなく駆けていく。
追いかけ必死に引き止めようとする看護婦を、あと先考えることもなく払いのけたソフィアは、足を止めずに廃墟を探した。
ーーー「記憶喪失の可能性があるらしいわ」ーーー
そんなのクラピカに会うまで、この耳で確かめるまで…信じない。
けど、廃墟なんて見当たらない。
どこなの…!?
ソフィアは息を切らしながら、立ち止まった。
その時、一人の男性がソフィアに声をかけた。
「嬢チャン。そんな恰好で急いでどうしたんだ?」
ソフィアは破裂しそうな肺をなんとかなだめながら、切れ切れに言った。
『あの…人、探してるんです…金髪で、紺と黄色の衣装を着た…男の人見ませんでした??』
「金髪で紺と黄色の衣装…知ってるが、お前名前は?」
『ソフィア…』
男性は目を見開き周りを見渡すと、ソフィアの耳元で静かに呟いた。
「案内してやる、着いて来な」
ソフィアは貧血でめまいを起こしながらも、その男性の後に着いて行ったーーー…
廃墟とかした建物の入り口で、ソフィアは一歩を踏み出すことができず、その場に立ち尽くした。
ここのどこかにクラピカがいるんだよね。
本当に、わたしのこと忘れてたらどうしよう。
…怖い。クラピカに会うのが、怖くて怖くて仕方がない。
緊張と不安で心臓が激しく脈を打つ。
何度か深呼吸を続け、足を踏み入れる。
1階…2階…3階…と階段を上がり、廊下を歩いていくと突き当りの壁に辿り着いた。
男性はその左の部屋を覗いて声をかける。
「オイ、ソフィアって子、連れて来たぜ」
「な…!?」
部屋から慌てて姿を見せたのは、レオリオだった。
「ソフィア!オメェなんでここにいんだ!?まだ退院じゃねーだろ!!」
『クラピカは?大丈夫なの??』
「あぁ、熱は下がった。でも今は一人にしておいた方がいいかもしれねェ」
ソフィアはその言葉を無視し、恐る恐るクラピカがいる部屋を覗いた。
ソフィアの目に映ったのは、部屋の片隅であぐらを掻いて座っているクラピカの姿。
時々まぶたを震わせて、目を閉じる。
クラピカの目は近くを見ていない。
ソフィアの存在に気づかず、たった一人で何かと闘っているように見えた。
やがてソフィアの視線に気づいたクラピカは、冷たい緋色の目線で見つめた。
「……………誰だ」
低く、冷たい問いかけだった。
ソフィアの心が、音を立てて凍り付く。
ソフィアは答えられなかった。
本当に、忘れちゃったんだね…
目の奥が熱さを増していく。
どうしようもなく視界が滲んで、涙が溜まりこぼれ落ちる。
「なぜ泣いている。まさか…あなたがソフィアなのか?」
ソフィアは頷いた。
「本当、なのか?」
クラピカは泣いている彼女をじっと見つめた。
その様子を見ていたレオリオは後ろにいるゼパイルに告げた。
「…二人にしよう。ソフィアと話すのがいいだろう」
気をきかせたのか、レオリオとゼパイルはその場を後にする。
…………二人きりの空間。
ソフィアは足を進めてクラピカに近づくと、その場に座った。
「君がソフィアなんだな…君はクルタ族なのか?」
『うん…』
「何歳だ?」
『16歳…』
「……仕事はしているのか?」
『クラピカと同じネオン・ノストラードのボディガード…』
クラピカは目を見開き、更に問いかける。
「一体どういう関係だったのか詳しく話してくれないか?最初に君を思い出したのは、特別な理由があるからだろう」
ソフィアはクラピカを切なげに、そして愛おしげに見つめて答えた。
『ある…クラピカは、わたしを愛してくれた。わたしもクラピカを愛してたの』
「私達が、恋愛を!?」
『うん…結婚の約束もしてたんだよ』
その事実にクラピカは信じられないといった真剣な表情で、口元に手を置いて考え込んだ。
「……それは本当の話か?一度頭を整理したい。出て行ってくれ」
『分かった…』
ソフィアは立ち上がると、言われた通りその部屋から出て行った。
次第にセンリツがソフィアを追って辿り着くと、強制的にセンリツに病院へ連れ戻されてしまったソフィア。
病室のベッドで再び横になり、看護婦に点滴を付けられて患者に戻る。
『はぁ~こんな時だからこそクラピカのそばにいたいのに…』
「まだ体は万全じゃないのよ、今は大人しく休みなさい。クラピカの事は…退院してから考えましょ」
『……うん』
夜になった。
病室には自分以外誰一人いない。
ソフィアは中々寝付けず、何度も何度も寝返りを打った。
ソフィアは携帯を手に取り、指はいつしかクラピカの電話番号を探し始めていた。
会いたい。
ねぇ、クラピカ…
わたしね…クラピカにすごく会いたいよ。
クラピカは今なにしてるの?
熱は上がってない?
無理してない?
クラピカの声が、聞きたい。
ソフィアは勇気を出してクラピカの電話番号を押した。
「プルルルル♪…ただいま電話に出ることが出来ません。ピーとなったら…」
もし、生まれてからずっと独りぼっちだったら、こんな寂しい想いはしなかったのかもしれない。
でも、誰かを支えたい心強さ。
支えられる頼もしさ、誰かを愛し、誰かに愛されることを知ってしまった今の私には、独りぼっちが寂しくて。
あまりに寂しすぎて。
それはもう、心が壊れてしまうほどに。
その時…
プルルルル…♪
携帯電話の振動が手に響く。
電話がかかってきた。
『もしもし…』
「…私だ」
絶対に電話が来ないと思っていた。
しかし予想外にもクラピカは電話をかけてくれた。
『あの…熱は?大丈夫??』
あんなに声が聞きたかったのに、どうしてだろう。
声が震える。体も震える。
「大丈夫だ、それより何か用か?」
冷たい、硬い声音。
ーーーどうかしたか?
耳の奥で、違う声音の同じ声がよみがえる。
ソフィアはまぶたを震わせた。
もう、わたしの知ってるクラピカじゃ…ないんだね。
何も言わないソフィアの沈黙に焦れたのか、クラピカは冷え冷えと吐き捨てた。
「用がないならかけないでくれ。迷惑だ」
どくんと、心臓が跳ねる。
ソフィアは慌てて謝った。
『ごめんね、そんなつもりじゃ…』
ガチャ、プープープー
電話はクラピカによって、一方的に切られてしまった。
翌日。
クラピカに昨夜のことで謝ろうと電話をかけたが、繋がることはなかった。
嫌われちゃったのかな…
でも、どうして。
どうしてわたしだけ忘れちゃったの??
前にわたしもクラピカを忘れて、たくさん傷つけた。
クラピカも今のわたしと同じくらい悲しい想いをしてたんだね。
きっと、その罰が当たったのかな…
でも、必ず思い出してくれると信じてる。
そう、信じたい。
ずっと忘れたままなんて、いやだよ…
ソフィアはクラピカからもう一度電話がかかってくることを信じて、意味もなく携帯を握り締めていた。
その時…
プルルルル…♪
電話がかかってきた。
『はい…』
「レオリオから聞いたぜ?」
クラピカではなかった。
電話の相手はキルアだった。
『はぁ…』
「そんな落ち込むなよ。そのうち思い出すって」
『うん…キルア、わたしどうしたらいいかな?なんかない?思い出す作戦とか??』
「退院したら毎日顔合わせればいいんじゃん?」
『う~ん…それだけで思い出すかな?はぁ…もしこのまま思い出さなかったらどうしよ…』
「らしくねーな、ソフィアがそんな弱気でどうすんだよ。大丈夫だよ、クラピカがお前のこと思い出さねー訳ないじゃん」
その言葉にソフィアは顔を上げた。
『…うん、ごめん。そうだよね。退院したらやれることやってみるよ!ありがとう、キルア』
「別に礼なんかいらねーよ。オレとゴンも協力するし。でも今はちょっとゴンに内緒で秘密の特訓してるからそっちに顔だせねーけど、また何かあったら電話してもいいからさ」
『…(秘密の特訓??)分かった!何かあったら電話するね。なんかよくわかんないけど特訓がんばってね!』
「おう、それじゃあな」
そう言うとキルアは電話を切った。
キルアのおかげで心にぽっかり空いていた穴が少しだけ埋まったような気がした。
落ち込んでたって、何も変わらないし、始まらない。
もしクラピカにまた冷たく返されても、突き放されたとしても、絶対に諦めたりしない。
なにがあっても離れたりしないと決めたんだから。
どんなに辛くても追いかけていくんだ。
絶対に思い出させてみせるよ!
「本当に行くのか?」
帰る身支度をしていたクラピカは、背後で問いかけるレオリオに振り返りもしなかった。
「あぁ、立場上ここに長くはいられまい」
心配した表情で見ていたレオリオだが別に止めることもなく、壁に寄りかかり腕組みをしたまま眉を寄せた。
「クラピカ、ソフィアの事はどうすんだ?アイツはオメェの彼女だぜ」
「そうらしいな」
「退院まで一緒に待ってやらねーのか?」
「その必要性を感じない」
にべもなく言い放ち、クラピカはここでようやくレオリオを顧みた。
「レオリオ、私にはまだまだやる事がある。恋愛に現を抜かしている暇などない。
たとえ彼女が私の恋人だったのだとしても、記憶がない以上、だからといって私が彼女のそばにいなければならない理由はない」
取りつく島もないというのはこれを言うのだろう。
レオリオはため息混じりで吐き出した。
「オメェはソフィアを自分の命よりも大事にしてたんだぜ?それにオメェにとってたった一人の同胞なんだ。
アイツは今もクラピカを想ってる。来てくれるのをずっと待ってると思うぜ?」
クラピカはレオリオを見つめた。
対するレオリオも動じることなくその視線を受ける。
「……随分と」
ふ、とクラピカが目を細めた。
「あの彼女の肩を持つんだな。レオリオにしては珍しい」
レオリオは目をしばたたかせて、片目をすがめた。
「オメェがそれを言うか」
「なんのことだ」
「いや、なんでもねェ。忘れろ」
いぶかるクラピカに手を振って、レオリオはため息がつきそうになるのを自制した。
ここでクラピカを責めたとしても、事態は変わらねェ。
クラピカには本当に自覚がねェんだ。
完全にソフィアを忘れちまってる。
それはどうしようもないことで、オレがいくら言ってもどうにもならねえ。
これ以上は堂々巡りになるかもな…
レオリオは肩をすくめて対話を打ち切った。
クラピカは別に気にした様子もない。
先程までと同じように、身支度を進める。
レオリオはその場を後にした。
部屋を出て、レオリオはふと足を止めた。
肩越しに振り返り、クラピカの後ろ姿に言い放つ。
「……クラピカ。もし記憶を思い出した時、後悔すんのは自分だぜ」
それだけを言い残し、レオリオは歩き出した。
レオリオは怒っていた。
あの目はそうだ。
声音も表情もいつも通りだったが、眼光がそれを裏づけている。
違和感があった。
自分の知らない間に存在していた少女。
その彼女と馴染んでいる仲間。
私の同胞で恋人だという、私の知らない少女。
違和感がある。
私の中で、欠けているものが確かにある。
名前は覚えていても、直ぐに記憶から消える顔。
胸の中にわだかまって消えない黒い澱。
脳裏を席巻する違和感の正体は、しかしどうやってもつまびらかにならない。
焦燥感が広がっていく。
クラピカは歯噛みした。
一体、なんなのだ…
レオリオ。
お前なら、これがなんなのかわかるのか。
next…