ヨークシン編
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「…爆発か?」
建物が激しく揺れる。
危険を知らせる警報のようなものにも感じられた。
クラピカとソフィアはネオンの部屋に向かった。
部屋に到着すると、ネオンがベッドで横たわり、その横にライトが椅子に腰を下ろしている。
騒がしかった外が急に静かになり、異変を感じたクラピカは、ネオンとソフィアを病院で休ませることに判断した。
10分後。
救急車が到着し、医者と救急隊員が部屋に訪れた。
気を失っているネオンを救急隊員が運ぶ準備をし、ライトは心配そうな面持ちでクラピカに確認した。
「行く途中は本当に安全なんだろうな?」
「もし救急車を襲う気なら、来る時に仕掛けているはずです。今なら流れ弾の危険もまずないでしょう」
『ねぇ、クラピカも来るでしょ?』
「いや、私はここに残る。ソフィアはボスの傍にいてあげてくれ」
クラピカはソフィアにそう言い聞かせるとセンリツに電話をかけた。
「…私だ、思ったよりこっちは危険だ。今からボスは救急車でエル病院に向かう。センリツ達もエル病院で待っていてくれ。それから、ソフィアは見つかった」
「見つかったの!?無事だったのね!!よかった…いま一緒なの?」
「あぁ、ソフィアも病院に向かわせる。私も後で向かうがそれまでソフィアを頼む」
「分かったわ」
クラピカが電話を切ると、ソフィアはクラピカの衣装をがしっと掴んだ。
突然引っ張られたクラピカは、何事かと振り返る。
ソフィアは掴んだまま、下を向いていた。
「ソフィア?」
なんでわたし、クラピカの服掴んでるんだろ…
もう会えなくなる訳じゃないのに。
なんだかとても胸が苦しくて、痛くて…
つかんだ手をこのままずっと離したくないと思った。
『…なんでもない。気をつけてね、早く病院に来てね』
ソフィアは掴んでいたのを離すと、クラピカはソフィアの頭に優しくぽんっと手を置いた。
「心配するな、クモを始末したら必ず行く。ボスを頼んだぞ」
真っ直ぐに見つめて微笑むクラピカに、ソフィアは少しだけ安心すると薄く笑い返した。
『うん…』
クラピカと別れ、無事病院に到着したソフィア達はネオンを病室で寝かせ、センリツ達と合流した。
『センリツ!』
「ソフィア!みんな心配してたのよ?大丈夫なの!?」
「まあ、無事で何よりだ」
センリツとバショウの言葉にソフィアは申し訳なさそうな顔で笑った。
『みんな、心配かけてごめんね…』
「…簡単に誘拐されるようじゃ、ボーディガード失格だな」
スクワラに冷たい眼差しを注がれて、ソフィアは言い返せなかった。
下を向いて落ち込むソフィアに、センリツは気を利かせて優しく話しかけた。
「ソフィア、疲れたでしょ?椅子に座って休みましょ」
センリツは部屋からソフィアを連れていくと、近くの廊下の椅子で二人は腰を下ろした。
「…大丈夫?」
そうっと訪ねるセンリツに、ソフィアは俯いたままひとつ頷いた。
『…うん。別に、誰にどう思われたって平気だから大丈夫。でも誘拐されたのは事実だから、これからは気をつけるね。ただ…』
ソフィアは、そこで押し黙った。
「ボディガード失格」だって言われて、冷たい目で見られるのは、胸が痛くなる。
自分が嫌いじゃない相手から向けられる悪意というものは、凄く辛いものなんだ…
沈黙が続き、センリツは静かに口を開いた。
「…こんなときにあれだけど、一つ聞いてもいいかしら?」
『なに?』
顔を上げたソフィアを見て、センリツはずっと胸の中で抱いていた疑問を問いかけた。
「あなたもハンターなのよね…それなのにどうして、クモだったの?ソフィアはクラピカと似てる心音をしているから、それも少し気になって…」
ソフィアの顔色が変わったのを見て、センリツは言葉を失った。
静かに返事を待つセンリツに、ソフィアは暗い面持ちで口を開いた。
『わたし、実はクラピカと同じクルタ族なの…』
センリツは目を見開いた。
ちらりと視線を向けると、ソフィアは視線を床に向けたままつづけた。
『…5年前、クラピカが村を出てから突然クモが襲ってきて、わたしはその時に記憶障害で記憶を失って、気が付けばクモに育てられてた』
うんと、センリツはわずかに顎を引いた。
『でもどうしても殺しが嫌で…ある日ね、旅団とは縁を切ろうと家出をしたの。
それからハンターをやってた師匠と出会って、それがきっかけでハンターを目指して試験会場でクラピカと会ったの…。
でもわたし、クラピカのこと全然覚えてなくて、試験中にわたしの目が緋の眼になってから、自分が分からなくなって…どうしても真実を知りたくて、自分でクモに会いに行ったの…』
ソフィアはつづける。
その声が、かすかに震えを帯びているような気がして、センリツはしかしそれに気づかないふりをした。
『でもそれが間違いだった。わたしがあのとき、クモに会いに行ったから…
念で新しい記憶を入れられて…多くの命を奪って、クラピカをすごく、傷つけて…裏切ったの…』
「…そうなのね。それでソフィアの心音は、憎しみを秘めた悲しい音色をしてたのね」
確かめるような優しい問いかけに、込み上げてくるものを懸命に堪えながら、ソフィアは頷いた。
「…もういいわよ、終わり。記憶が戻ったからクラピカやわたし達と一緒にいるのよね?
もう自分を責めなくていいの。もう二度とそんなこと繰り返さなきゃいいんだから」
ソフィアを見つめて、センリツは優しく微笑んだ。
「それにしても…二度も同じ人と出会えたのは、きっと運命なのかもしれないわね」
『運命?』
「そうよ、ソフィアは人を好きになることの本当の意味って知ってるかしら?」
センリツの質問にソフィアは目を丸くして、首を横に振った。
「人を好きになるってことはね、その人を幸せにしたいと思うことなの。だから、ソフィアがこうしてクラピカと出会って好きになったのは、クラピカを幸せにするために出会ったの。それは、生まれた時から決まっていたのよ」
生まれた時から…?
そういえば最近、気づいたことがある。
わたしはクラピカが好きで、そしてクラピカもわたしのことを好きでいてくれてる。
その事実だけで、もう十分すぎるくらい幸せに思えるよ。
両想いは偶然なんかじゃなくて、運命なんだね。
わたしは、クラピカを幸せにするために生まれてきたんだ。
『センリツ…ありがとう。わたしぜったいクラピカを幸せにしてみせる』
ソフィアは元気を取り戻し、明るい笑顔でセンリツに誓った。
「ソフィアならきっとできるわ……あら?」
突然、センリツが目を瞑って耳をすませた。
「どうやらクラピカが帰ってきたようね」
『えっ!』
ソフィアは直ぐに廊下を見渡すと、遠くの方でクラピカの姿が見えた。
クラピカが意外にも早く来てくれたことの嬉しさの余り、ソフィアはクラピカの元へ駆けつけた。
『クラピカ!おかえ…………』
ソフィアはその場で立ち止まり、言葉を失った。
髪は僅かに濡れ、少し力を込めれば簡単に砕けてしまいそうな、薄氷の危うさに似ている瞳。
表情がなく、見ているだけで胸が張り裂けそうな痛々しい顔。
目の前にソフィアがいても、クラピカの目は近くを見ていない。
何も見ていない。
瞼が開いているだけで、自我が消えていた。
それに、何か箱を抱えている。
これは…
クラピカはそのままネオンが眠っている病室に入り、ライトに箱を渡した。
次第にネオンが目を覚まし、貰った箱を開けると大声を出して喜んだ。
「キャーーやったあ!!パパありがとうーーーー!!」
そのネオンの声を聞いたソフィアは、気になって病室に入った。
その目に映った光景に、ソフィアの心が、音を立てて凍りついた。
ガラスケースに入った赤目の眼球。
それは緋の眼だと理解したその瞬間、がくがくと膝が震えた。
必死でそれを抑えて、冷たくなった手のひらを握り締める。
「ソフィア!見て見て!!これ、わたしがずっと欲しかったものなの!!すっっごいキレイでしょ!?」
瞬くことを忘れたような瞳が、静かにネオンを見返す。
色を失ったままの顔に表情はない。
「ソフィア?」
ソフィアは何も答えずに病室から出て行った。
目の奥が熱いのは、どうして。
ソフィアの膝が力を失う。
誰かの大きな手がくずれそうな腕を支えて、それにすがることもせずにソフィアは、そのまま床にかくりと座り込んだ。
病室からライトが出てきて、廊下で待機しているボディガードに近づく。
ソフィアはゆっくりと力を振り絞って立ち上がった。
「御苦労。娘の体も大丈夫そうだからこれからホテルに戻ることにする。
あとは明日俳優のティッシュを競り落として競売は終了だ。オレは明後日の午前中にここを発つが、お前たちはしばらく娘の買い物に付き合ってやってくれ」
そう言い放つと、ライトは再び病室に戻って行った。
センリツはひどく落ち込んでいるクラピカとソフィアに声をかけた。
「二人とも、明日の競売と明後日からの買い物はあたし達がやるから、しばらく休んだ方がいいわよ」
「そう…か。すまないが頼む…」
クラピカはそう呟くと、その場からゆっくり歩き出して行った。
クラピカ…
クラピカはどんな想いで、同胞の眼をここまで持ってきたのか、同じ仲間だから痛いほど分かるよ。
でもね…この5年間、クラピカがどれほどの悲しみと怒りを感じ、復讐を抱きながら生きてきたのか…わたしは知らない。
きっと…死ぬほど苦しかったよね。
クラピカはこんなにも辛い思いをたった一人で抱えて生きてきたんだね。
あの眼は、誰の眼だったのかな…?
同胞の誰かの眼?友達の眼?
それとも、家族の眼…?
きっと、あの眼には…
私達が見た村の景色やたくさんの幸せの風景を見てきた。
それと同じように、たくさんの地獄の風景を見てきた。
ねぇ、神様。
どうして、クルタ族なの。
どうして、わたし達はこんな想いをしなきゃいけないの?
わたし達が何をしたの??
込み上げる気持ちがどうしても収まろうとしない。
心の悲しみが、闇が、消え去ろうとしない。
同胞の眼が見知らぬ人の手に渡って、今こうして喜ばれてる。
罪のない多くの人を殺して、平凡に毎日を送っている幻影旅団。
残酷で辛すぎるこの世界。
この世界が、憎い。
憎くて、憎くて、どうしようもないよ…っ
クラピカ…今どこにいるの?
会いたい。会いたい。会いたい。
クラピカの傍に、いたい…
ソフィアはその場からゆっくり歩き出し、重い足をクラピカの元に運んだ。
果てしなく広がる星空の下。
誰もいない静かな屋上で、ヨークシンシティの夜景を眺めていたクラピカはゴンに電話をかけていた。
「…あぁ、旅団を止めたいと言っていたな。その必要はなくなったよ…クモは死んだ…」
そして、私の目的も…
力なく呟いて、電話を切ったとき。
空気が流れて、懐かしさすら覚える優しい香りが鼻先を掠める。
クラピカは目を見開いた。
靴の音がした。
そうして、高く透き通った声が。
『…クモが死んだって、どういうこと?』
クラピカは決して後ろに振り向かなかった。
駄目だ、こんな顔は見せられない。
本当は、お前に会いたくて、声が聴きたかった。
それでも、こんな情けない顔を見せるのは、それだけは出来ない。
「クモは…死んだ。もう、終わったんだ…全て…」
これでよかったはずだ。
クモがこの世から消えること。
それが私の唯一の望みだったはず。
それなのに、なぜ…喜べない。
背中から重さがかかってきた。
あたたかな温もりが背中から伝わる。
手が私の胸に回され、気が付けばソフィアは後ろから私を抱き締めていた。
『…ずっと、今まで苦しかったよね…辛かったよね?もう、クラピカは一人じゃない。
何があってもこれからは…わたしが、傍にいるから…っ』
ソフィアは泣きながらそう言った。
聞き間違いなんかではない。
私の体に回されているソフィアの手の力に、わずかに愛が込められているような気がした。
ただの勘違いだろうか。
でも、勘違いでなければいい。
どうか、それが消えることのない確かなものであってほしい。
私はソフィアの手を離し、ソフィアに向き合うと強い力で抱き締めた。
ソフィアも私の背中に手を強く回し返す。
まるで、お互いの温もりを確かめ合うように。
この温もりで安心を取り戻したその証拠に、高ぶったどうしようもない気持ちが胸の奥から込み上げてくる。
体を離した私は、ぶつけようのない切なる想いをどうにかして静めようと、冷静さを装ってソフィアの唇を指先で静かになぞった。
「…何回された?」
『え…?』
「クモのリーダーに、何回キスされた?」
『たぶん、2回くらいかな…』
「ならば私は、その10倍の20回しよう…」
クラピカは、ソフィアの唇に自らの唇を重ねた。
1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回…
ようやく一つに繋がった愛情は、
10回、11回、12回、13回、14回、15回…
涙の味でほんのりしょっぱくて、
16回、17回、18回、19回、20回。
触れ合う頬から伝わる、濡れた雫の跡は…
まるで自分が泣いているかのような錯覚にさせた。
唇を離し、月明かりの下、ソフィアの顔を至近距離で目にする。
瞬間、私は、思わず言葉を失った。
ソフィアの心に刻まれた傷の大きさを知った瞬間。
ソフィアが私を想う気持ちの大きさを突き付けられた瞬間。
散々泣いたのか目は赤く腫れ上がっていて、くっきり涙の跡が残っている。
さらにはつい先ほど流れたばかりの涙の粒のかけらが妙に痛々しい。
悲しみを隠して作り笑いを浮かべるソフィア。
そんな彼女を見ているだけで辛く、どうしてもこの淡いぬくもりを失いたくなくて、あえて強く強く抱き寄せた。
熱いくらいの温度。
腰に回された手。
小刻みに震える肩。
もし、一分一秒、何か一つでも出来事がずれていたとしたら。
目が合う瞬間が、言葉を交わす瞬間が、抱き合う瞬間がずれていたとしたのなら。
私とお前はきっと出会えていなかった。
別々の人生を送り、互いの存在さえ知らぬまま、一生を終えていただろう。
それでもこうしてこの広い世界で巡り合い、たった一人しかいない相手を想い、想われ、こうして抱き締め合うことができた。
それは大げさかもしれない。
だが偶然なんかではなく、必然なのかもしれない。
二人はきっと、こうして巡り合うために生まれてきた。
私は心からそう信じている。
自分以外の誰かのために笑い、涙を流し、怒り、幸せを握り締め、心を痛めて、愛し、愛されるなど、生きていくうえで小さなことだと思っていた。
けれどお前に出会ってから、誰かを愛するということは、誰かのために生きていくことだと知った。
そして人は愛すべき誰かがいるからこそ、振り返りながらも前を向いて歩いて行けるということも。
「…もう二度と、私以外とはするな」
『うん、絶対しないよ。クラピカ、今日疲れたでしょ?ホテルに行って休も?』
「あぁ」
私達はホテルに向かった。
そして、ホテルに着くと私達は互いに抱き締め合いながら眠った。
ソフィアのぬくもりは、とてもあたたかく、心地よく、心の中の深い闇は優しい光に少しずつ照らされていった―――…
…暗い。
目を開けたソフィアは、クラピカの腕の中にいた。
月明かりでうっすらと見えるクラピカの寝顔をソフィア見つめた。
願ってる。
うずくまる寂しい心が、もうこれ以上傷つくことがないように。
大好きな藍色の瞳が、痛みで揺れることがないように。
願ってる。
その手が血に染まった光景が、目覚めた彼の心に残っていないように。
いつも差し伸べてくれたその手が、絶望を掴んで震えることのないように。
願ってる。
せめて、あなたの優しい心が、あたたかい心が、これ以上苦しまないように。
ずっと、ずっと…
心から、願ってる。
next…