ヨークシン編
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突然、力をなくして倒れたリリーは、それきり動かない。
旅団は、予想だにしていなかった事実に、どう反応していいのか分からず立ち竦んでいる。
一歩一歩、確かめるような足取りで、倒れたリリーの元にたどり着くと、クロロは膝をついて眠っているような少女を抱き起こした。
ついこの間、甘えていた子どもだったのに、いま腕に抱えた少女は驚くほど大きくなって、自ら辛い選択をする強い心を持っていた。
「リリー…」
オレが与えた名前。
最初に呼んでから、一体何度この名を口にしただろう。
いつもいつも、名前を呼ぶたびに、お前は。
――『なに?お兄ちゃん』――
そうやって、笑って呼び返す。
そうだろう、だから…
「目を、開けろ…!」
応えは、ない。
力なく閉じられた瞼はぴくりとも動かない。
嘘だ、嘘だ。
許さない。
やっと手にいれたのに。
リリーを奪った、奴が憎い。
絶対に許さない。
「……っ」
言葉を失って、彼女の細い体を強く抱きしめたまま、クロロはしばらくその場を動こうとはしなかった――――――…
―――――――
―――――――――…
誰もいない静かな荒野で、ウボォーギンは天を仰いだ。
見上げた空には、血のような赤い月。
そして、その影に隠れている星の群れ。
リリーが死んだ、と団員の電話から聞かされたウボォーギンは、持っていた空き缶を握り潰し、クラピカの元へ向かった。
「待たせたな」
お互い睨み合い、凄まじいオーラを体から出すと、ウボォーギンが口を開いた。
「一つ、聞きたい。お前、何者だ。並みの使い手じゃねー…お前の念には特別な意志が感じられる」
クラピカは低く、怒気をはらんだ声で問い返した。
「その質問に答えるには、聞かねばならないことがある。殺した者達のことを覚えているか?」
「少しはな。まあ、印象に残った相手なら忘れねーぜ。つまるところ復讐か。誰の弔い合戦だ」
「クルタ族」
クラピカの両目が激しく煌めく。
彼を取り巻く風が刃の鋭さを持ち、二人の間を流れる。
「知らねえな」
「緋の眼を持つルクソ地方の小数民族だ。5年程前にお前達に襲われた」
緋色に輝き、怒りに燃える少年の瞳を見たウボォーギンは驚愕した。
「…その目!思い出したぜ!!お前、アイツと同じ生き残りか。まだ他に生きていやがったとはな…」
その言葉に、クラピカは僅かに眉を寄せた。
ウボォーギンは更に言い募る。
「リリーは、お前の一族と同じ生き残りだ。どうだ?同じ仲間だった奴を殺した気分は?」
クラピカは、落雷のような衝撃を受けた。
リリーを、殺した…?
まさか、破ったのか…!?
やはり、リリーは…
クラピカは愕然とし、両手が握り締められてかたかたと震えている。
それに気づきながら、ウボォーギンは怒号を張り上げた。
「だがリリーはオレ達の大事なクモの一員だった!!リリーを殺したてめェを絶対に許さねェ!!オレも復讐してやるぜ!!はア!!!!」
ウボォーギンは体からオーラを放ち、クラピカに目掛けて破岩弾を打った。
クラピカは瞬時にその攻撃を避けて、束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)を放つ。
そして、更に怒りに満ちたウボォーギンは全力を出した。
クラピカの目の前が土埃で霧に覆われる。
クラピカは目を見開いた。
「気配が消えた!!これは…隠(イン)!?」
瞬間、後ろから気配を感じた。
クラピカは腕で自分の身を守ったが、強力なウボォーギンの攻撃に耐えられず、左腕が激痛を生んだ。
「…………っ!」
クラピカは声にならない悲鳴を上げて、体が撥ね飛ばされると地に崩れ落ちる。
「砕いたぜ!!オレの超破壊拳(ビッグバンインパクト)を生身で止められる奴なんぞいねェ!!だが誉めておくぜ?
確実に背骨がぶち折れるはずの攻撃だったのが、お前のあの反応の速さ!!おそらく、土埃の微妙な変化を目の端でとらえたな!?」
クラピカの左腕は無惨に砕けた。
激痛と悲しみが胸を刺して、力がまったく入らない。
………ソフィア。
やはりお前だったのか。
気づいてやれなくて、私は情けない。
お前に伝えたいことはたくさんあった。
告げたいこともたくさんあった。
だが、この手にかけた。
私の戒めの楔で。
お前を守ると誓ったはずなのに。
愛した人を二度も守れなかった私に…
生きる権利など、ない。
そして、生きる意味も…ない。
ここで、死んでしまおうか。
同胞を守れなかった報いで、私だけ生き残ってしまった報いで。
皆と同じように、奴に殺されて。
ソフィアと家族、仲間に会うために…
ソフィアの声が耳の奥で響く。
――『ハンターになったら世界の色んな所に行けるよね?そしたらわたし、たくさん外の世界見てみたいなぁ…』――
見せてやりたかった。
約束もしたのにな。
だが、守れなかったのも…
全て、貴様らが…奪ったからだ!!
クラピカは、ぐっと唇を噛んで力を振り絞って立ち上がった。
「…私もお前を、見くびっていたようだ」
私には生きる目的がある。
家族、仲間、ソフィアの夢や希望を奪ったお前達を…
死で償わせる目的が。
だから。
こんなところで、私の全てを奪った貴様に、殺られるわけにはいかない。
「…確かに、腕は砕けた。だが、「隠」を使えるのは私も同じ」
「まさか…!!」
ウボォーギンは目を見開いた。
「鎖がいつの間に…!!」
全身には完全に鎖が巻きつき拘束する。
「チェーンジェイル!捕獲、完了」
クラピカは怒りに燃える凄まじい緋の眼で捕らえたウボォーギンを睨み付けた―――…
真っ白な世界。
先の見えない真っ直ぐな道をソフィアは歩いていた。
「ソフィア…」
『え?』
振り返ると、そこには見知らぬ人達がいる。
いつの間にいたんだろう。
茫然と立ち竦むソフィアに、一人の女性が近づき、優しい声で問いかけた。
「ソフィア…どうしてここに来てしまったの?まだ、ここに来るには早いでしょう」
『え、ソフィア?わたしは…』
「思い出しなさい。あなたの名前は、ソフィアよ」
女性は穏やかな声で言い聞かせる。
その時、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。
優しくて、温かくて、大好きだった声。
どんなことがあっても。
どれほど時が流れても。
忘れてはいけない、忘れられない、忘れたくない、声。
それは…
『…クラピカ…』
抑えることのできない感情が胸の中で膨らんで、瞳の奥が熱に変わった。
じわりと視界が滲む。
そして、いま目の前にいるのは…
『…おか…あさん…』
あたたかい腕がソフィアを包んだ。
「そうよ…ソフィア。こんなに大きくなって」
『ごめ…なさ…』
「なに?」
『わたし…っ、今まで、すごく、ひどいこと…!』
自分の家族、恋人、仲間を皆殺しにした盗賊の団員になった。
沢山の人を殺した。
大事な人を、大好きな人を傷つけて裏切った。
大粒の涙を流し、喉に絡まる声を必死で振り絞る娘に、母親は目を細めた。
「わかってるわ。ずっと傍にいたから…ここにね」
母親は、ソフィアの心臓がある場所に手を当てると、遥か彼方を指差した。
「さぁ、帰りなさい…」
だが、ソフィアは首を振った。
『…もう、動けない…』
辛くて、どうしようもなくて。
大丈夫よ、と声がした。
ソフィアは、はっとした。
隣にいるその人の顔を見つめる。
その人は、自分を命懸けで守ってくれた、クラピカの母親だった。
『ごめん、なさい…わたしのせいで、死なせて…しまって…っ』
泣きじゃくるソフィアに、クラピカの母親は優しく微笑んだ。
「私は今でも命を懸けてあなたを守ったこと、後悔してないわ。いま、クラピカが復讐を果たそうとしてるの…お願いソフィア。クラピカの復讐を止めて」
「クラピカを止められるのは、 ソフィアしかいない。伝えてくれ、俺達は復讐を望んでいない。クラピカの幸せを望んでいると…」
そう告げたのは、クラピカの父親だった。
背中をとんと押される。
あたたかい手は、ソフィアの父親だった。
「ソフィア、おまえは生きろ。父さん達の分まで。最後までお前達を見守ってるからな」
わたしは…
みんなに支えられてる。
みんなが守ってくれてる。
だから、もう怖くない。
みんなの死を…決して無駄にはしない。
もう絶対、命を捨てない。
だから…
『わたしの、傍にいて…』
真っ直ぐ見つめるソフィアの瞳を見つめ、母親は頷いた。
「ええ、ずっと…」
クラピカを守る、そう誓ったソフィアは、真っ直ぐ前を向いて歩きだした―――――…
鎖野郎とリリーの死について、クロロと団員は話し合っていた。
そこに、クロロの部屋から息せき切ったシャルナークが駆け込んできた。
「団長!!リリーがいない…!!」
―――――――
―――――――――――…
アジトを上手く抜け出したソフィアは、必死に息を切らせながら疾走していた。
痛いほど激しい鼓動。
なぜか完治していた心臓は、何かを訴えるように鈍く痛んだ気がした。
自分は何処に走っているのか分からない。
だがソフィアは、自分の勘の赴くままに懸命に駆け続けた。
急がないと、クラピカが…!!
忘れていた記憶がフラッシュバックする。
そして、クラピカの下した鎖の条件を思い出すと更に罪悪感が増し、胸が締め付けられるような痛みが生じた。
――「3つ…もう二度と、私の傍から離れないこと」――
ごめんなさい、クラピカ。
もう二度と…
何があっても離れたりしない。
本当なら、傍にいることは許されない。
私は、たくさんの人を殺してきた穢れた命だから。
それに、クラピカを裏切ったから。
でもクラピカが望んでくれるなら、私はクラピカの傍にいる。
それで少しでも、裏切った罪を償うことが出来るなら。
クラピカの悲しみや怒りや不安を、一緒に背負っていく。
クラピカとともに生きていく。
だから…クラピカは自分の手を汚さないで。
お願い…お願い…
どうか。
『クラピカ…!!』
誰も殺さないで…!!
ソフィアは必死に振り絞って走り続けた。
そして、荒野に辿り着くとクラピカとウボォーギンが向かい合って立っている。
目を凝らして、ソフィアは戦慄した。
クラピカがウボォーギンの心臓に鎖を刺している。
あれは…
だめ…殺しちゃ…
『ダメーーー!!!!』
ソフィアは悲鳴にも似た声で、絶叫した。
その声が聞こえた方へ顔を向けると、クラピカは大きく目を見開いた。
私は、幻覚を見ているのか。
あそこに立っているのは…
「…ソフィア…?」
茫然と立ち竦んでいるクラピカの元へ、ソフィアは駆けつけた。
『お願いクラピカ!!ウボォーを殺さないで!!』
必死に説得するソフィアに、クラピカとウボォーギンは今見ている光景に目を疑う。
「生きて、いたのか…?」
もう二度と会えないと思っていた少女の姿に、クラピカは顔を歪ませた。
ソフィアは頷くと、真っ直ぐクラピカを見つめて必死に伝えた。
『わたしね、クラピカのお母さんとお父さんに会ってクラピカに伝えて欲しいって頼まれたの!!俺達は復讐を望んでない、クラピカの幸せを望んでるって!!だからわたし、クラピカを止めるためになぜか生き返ったの!!』
クラピカは驚愕した。
私の父さんと母さんが…
クラピカは葛藤した。
鎖は真っ直ぐにウボォーギンの心臓に刺さり巻きついている。
ソフィアの話を聞いていたウボォーギンは、面白そうに笑った。
「…殺せ」
クラピカはウボォーギンをぎっと睨みつけた。
私は…どうしたらいい。
心臓に巻かれた鎖を外し、奴を野放しにするのか。
父さんと母さんも分かっているはずだ。
この5年間、私がどれほどの怒りと憎しみに耐えて生きてきたのか。
ようやくこの復讐を果す時が来たのだ。
だから、私は…
クラピカは左手を強く握り締めると、怒気のはらんだ声で言った。
「ソフィア…こいつはお前の家族を殺し、お前の記憶を消してクモにした奴だぞ。何故止める?絶対に野放しには出来ない。ここで…死で償わせる!!」
『確かに許せないよ!!でもね、クラピカ!殺したって何も変わらないんだよ!!お願い…クラピカには人殺しなんてしてほしくない…!!』
クラピカは、はっと息を呑んだ。
自分を見つめるソフィアの眼差しは涙を浮かべて、一点の揺らぎもなく強い意志の光を覗かせている。
クラピカは何度も口を開きかけた。
ウボォーギンは思いがけない展開に息をひそめながら地面を見つめた。
誰も口を挟めないまま時が流れた。
――「失うものは何もないって顔だが、本当にそうか?」――
耳の奥で響いた師匠の言葉が、胸に突き刺さる。
――「やめておけ、復讐なんて…」――
優先しなければならないことは何か。
いまどうすることが一番よいのか。
奴を野放しにしないために、何をするべきか。
クラピカはソフィアを見つめると、やがて決断した。
そして、ウボォーギンを絶対に譲らない目で睨みつけて口を開いた。
「今から2つ条件を出す―――…
next…