ヨークシン編
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ウボォーギンとリリーを車に乗せたクラピカは、ビルに向かっていた。
バショウが車を運転し、補助席にはクラピカが座り、後部座席にウボォーギン、リリーの隣には、センリツが座っていた。
『(この鎖使い…何者だろ)』
後部座席で鎖に捕らえられたままのリリーは、殺気にも似た視線でクラピカを睨みつける。
同じく隣のウボォーギンも狂気の宿った恐ろしい目でクラピカを凝視し、問いかけた。
「こんな鎖でオレを捕らえたつもりかよ?さっさと殺っとかねーと後悔するぜ?」
「黙れ」
低く、怒気をはらんだ声だった。
ウボォーギンは、更に冷たく言い放つ。
「わかってんのか?千載一遇のチャンスだって言ってんだ。もったいぶってねーでさっさと…っ!?」
突然、ウボォーギンの巻きついていた鎖が大きくなり、体を強く締め付けた。
「黙ってろと言っている」
クラピカは剣呑な冷たい眼差しでウボォーギンに告げた。
「殺すなよ、こいつには聞く事が山程ある」
運転をしながら、クラピカに忠告するバショウ。
不審に感じたリリーが視線を走らせると同時に、ウボォーギンは痛みを必死に耐えて歯軋りをする。
突然の事態に色をなくしたリリーは、震えながら叫んだ。
『ウボォーしっかりして!!ウボォー!!』
ウボォーギンを心配しているリリーを見たクラピカの目は、更に怒りに燃えた。
「女、私のことを覚えているだろ?」
すると、リリーはクラピカをぎっと睨みつけ、怒鳴った。
『知らないわよ!!早くウボォーの鎖を解いて!!』
「戯れ言を並べるな!私を知らないはずがない!!」
怒気をはらんだ声で言い放つクラピカに、センリツが否定した。
「ウソじゃないわ。彼女の言ってるのは本当よ」
「なんだと…!?」
ばかな、とクラピカはセンリツを見た。
その時、後ろから一台の車が猛スピードで追いかけてきたことに気づく。
「まさか…」
クラピカは、気絶したウボォーの体を凝で見破る。
「糸だ!!おそらく念の!!」
だが気づくのに遅かったため、追手の車に追いつかれそうになった、その瞬間…
残りの陰獣が大風呂敷で追手の車を包み、小さくする。
無事に逃れられたクラピカ達は、迂回して打ち合わせで決めたパターンC(街のビル)に移動した―――…
「起きろ」
リリーは瞼を震わせると、のろのろと目を開けた。
「気分はどうだ?」
問いかけるクラピカに目を向けると、リリーははっとしたように息を呑んだ。
小部屋の中でリリーの体は、壁に手足を鉄格子で繋がれている。
いつの間に、眠っていたのだろう。
リリーは怒りに燃える眼光をクラピカに向けた。
『…ッ!早くはずしてよ!!』
クラピカは臆することなく、リリーの眼光を正面から受け止めた。
「リリー。お前の盗賊はクモだったのか?」
リリーの両眼が激しくきらめいた。
剣呑な眼差しがクラピカを射貫く。
『…なんで、私の名前を知ってんのよ?』
クラピカは答えられなかった。
これほどまでの冷たい目付き。
リリーは、さらに冷たく言い放った。
『気安く呼ぶな…!!』
クラピカの心が、音を立てて凍りつく。
戦慄が全身を貫き、代わりのように木霊する声がある。
――『もう間違えないでねっ。初めからやり直し!わたしはリリーです。よろしくね』――
名前を、教えてくれたのは。
クラピカは手のひらを握り締めた。
瞬くことを忘れたような瞳が、必死な目でリリーを見返す。
「本当に…私を忘れてしまったのか?」
辛そうに顔を歪ませ、声が震えている。
それでもリリーは、敵意を込めた激しい眼差しでクラピカを睨みつけた。
『あんたのことなんか、知らないって言ったでしょ!?早くこれ外して!!』
「その前に答えろ。お前は旅団なのか?」
その問いにリリーは頷いた。
「証拠は?」
『……じゃあ、これ外して。大丈夫、逃げたりしないから』
リリーの言葉に、クラピカは黙ったまま鉄格子を外した。
体が自由になったリリーは、突然服を脱ぎ始め、下半身を露にした。
「な、何をする気だ!」
クラピカは慌てて止めようとした。
だがリリーは表情を変えず、そのまま上着を上に持ち上げた時、クラピカは驚愕した。
突然心臓が叩かれたように跳ね上がる。
これは、この形は…!
彼女の腹部に刻まれているのは、紛れもなく旅団の証を持つ、12本足の旅団の刺青だった。
クモの中には団員ナンバー13番が刻まれている。
コンタクトレンズの裏で、クラピカの眼は怒りに燃えた緋色の眼に変わる。
リリーから目を逸らすと、クラピカは剣呑な顔で呟いた。
「…もういい。早く服を着ろ」
リリーは言われた通り脱いだ服を着た。
しばらく思案して、覚悟を決めたクラピカは、鎖を具現化させた。
リリーは目を見開き、クラピカを凝視する。
「今から3つ条件を出す。私が定めた法を破れば、即座に鎖が発動し、お前の心臓を握り潰す」
どくんと、リリーの心臓が震えた。
言葉もなく拳を握り締めるリリーに、クラピカは条件を投げかけた。
「1つ、私のことについて一切情報を漏らさぬこと。2つ、3日目の深夜0時までに旅団から脱退すること。3つ――――…
1時間後。
クラピカは壁に寄りかかり、剣呑な顔をしていた。
あれは、リリーだったのか。
ハンター試験のリリーとは、まるで別人だ。
リリーは、本当にいたのだろうか。
私の知っているリリーは、やはりもうどこにもいないのか。
私の知らないリリー。
冷たい目をした、彼女の姿。
ハンター試験で出会ったリリーの姿が脳裏に甦る。
――『クラピカ…』――
純粋な笑顔で私の名を呼ぶ、優しい声。
――『クラピカのことが、好きだから…』――
綺麗な瞳が、私を真っ直ぐに見つめて、想いをぶつけてくれた。
――『…ありがとう。いつも守ってくれて、助けてくれて…本当に、ありがとう』――
ハンター試験後、最後に言った電話の声。
……忘れろ。
今は、私の知らないリリーだ。
私のことを知らないリリー。
閉じた瞼が熱い。
その時、携帯電話のバイブが鳴る。
クラピカは、携帯電話を取り出しメールを開いた。
《ヤクソクドオリ、レイノバショデ◆》
ヒソカからの連絡にクラピカはセンリツに出掛けることを伝えると、ビルから出て行った――――――――…
「地下2階だ」
コミュニティーの団体がビルに到着し、ダルツォルネが電話で応えた。
コミュニティーの団体が地下2階に来ると、ダルツォルネはウボォーギンを拘束した部屋に案内した。
「殺してないだろうな」
「ああ、注射器が体に通らねェからガスで体を痺れさせてる」
すると、ウボォーギンがうっそりと目を細めて笑った。
「馬子にも衣裳だな」
「あ?」
その瞬間。
衝撃が、背中から貫き胸部から突き抜ける。
ダルツォルネは瞠目した。
今まで体を支えていた膝が、力を失って倒れた。
「耳を疑ったぞ。お前がさらわれたと聞いた時はな」
口を開いたのは旅団の一人、フィンクス。
後ろの団体は、変装していた髪や帽子を元に戻す。
どうやら、幻影旅団がコミュニティーの連中に化けていたらしい。
シズクは掃除機でウボォーギンの毒を吸い出し、ウボォーギンは起き上がると、激しい怒号を張り上げた。
「くそオオオオオオーーーオ!!あの鎖使い…!!必ず借りは返すぜ!!」
「分かったから、ところでリリーはどこ?」
マチがウボォーギンに問い掛けると、隣のドアを中から叩く音が聞こえる。
「そっちだ…リリー!いま開けるから下がってろ!!」
ウボォーギンは怒りをぶつけるかのように扉を壊した。
『わっ!ウボォー!!よかった、無事だったんだね!!』
「リリーー!!」
『わっ!?』
シズクはリリーに抱きついた。
「おいシズク!オレだってリリーに抱きつきたいの我慢してるんだから!」
「おめェは男だろ」
羨ましそうにシズクを見つめるシャルナークに対し、ノブナガが突っ込んだ。
ウボォーギンは直ぐ様、階段を上がって部屋の扉を足で蹴り壊した。
「どこだ!?」
追いかけたシャルナークとシズク、マチは呆れ顔で口を開いた。
「逃げたんだよ」
「ウボォーが大きい声出すから」
「もう戻るぜ。目的は達したし」
「陰獣は始末したし、お宝も手に入れたしね」
ウボォーギンは今にも爆発しそうな怒りを抑えながら告げた。
「………ダメだ、団長に伝えてくれ。オレは鎖野郎とケリをつけるまでは戻れねェとな」
その頃、クラピカとヒソカは旅団を倒すために同盟を組むか話をしていた。
突然、クラピカの携帯電話が鳴り響く。センリツからだった。
「私だ」
「クラピカ!!大変よ!!旅団の11番と13番が逃げたわ!!」
「何!?奴らが!?自力でか?」
「いいえ!旅団の仲間がコミュニティーの連中に化けてきたらしいの。どうやらリーダーが電話で連絡した時にはもう入れ代わってたみたいよ!
おそらくリーダーは殺されたわ…私たちはパターンBに向かってる。すぐに戻ってきて!!」
クラピカは電話を切ると、ヒソカを真剣な目で見つめて問いかけた。
「……ヒソカ、一つ聞く。お前がクモに入った時には、既にリリーも団員だったのか?」
ヒソカは妖しい笑みを浮かべたまま答えた。
「ボクが入った時、リリーは団員じゃなかった◆団長はリリーを団員にしたいがために、リリーを見つけたら連れて帰ってくるようにとボクに命じた★
ハンター試験の後、ボクはリリーを団長の元へ連れて帰った◆どうやら彼女はキミの復讐を代わりに果たしたかったようだねェ…★」
「それはどういうことだ!?」
クラピカは眉を寄せて、声を上げた。
ヒソカは薄く笑うと、クラピカを眺めながら話を続けた。
「団長はリリーに、クモに関して色々と隠していたようだ◆ボクがリリーに盗賊はクモだと教えたとき、あの顔は堪らなかったよ…★
それで…いまリリーの記憶は、団長の念によって新しい記憶を入れ替えられている◆だから、ボクとハンター試験で出会ったことも、キミのことも覚えていない★
一つ言えることは、頭を潰さない限り、リリーの記憶は戻ることなく、クモは動き続ける◆…返答は?」
クラピカは、しばらく黙り混むと、冷たくなった手のひらを握り締めて応えた。
「明日、また同じ時間に」
そう言い残すと、クラピカは身を翻し、センリツ達の元へ向かった。
……ハンター試験、ゼビル島の後。
リリーが変わってしまったあの時。
自分の盗賊は、幻影旅団だとヒソカに告知された。
復讐の為にハンターを目指していた私とは、これ以上一緒にはいられない。
仲間ではいられない。
だからリリーは、私の傍から離れて行った。
これが…リリーの突然変わった理由。
涙を流していた理由だったのか。
飛行船の中で、ヒソカに何を言われたのか問いただした時、リリーは決して応えなかった。
私を失望させたくなかったからか?
私にわざと冷たい態度をとったのも、自分の存在を、思い出を忘れさせる為だったからだろう?
そして、私に黙って自ら旅団に復讐を挑みに行ったなど…
私の為にリリーの手を汚し、もしも旅団がこの世から消えたからといって…
私が喜ぶとでも思っていたのか?
あの時の“ありがとう”の言葉。
優しい言葉だった。
リリーの最後の精一杯の愛だったのだな。
あの時、気づいてやれれば…
リリーの記憶が、失うことはなかった。
リリーの手は、永遠に汚されることはなかった。
クラピカは、立ち止まると目を閉じた。
「……すまない」
瞑目したまま天を仰いだ。
ゆっくりと目を開けて、クラピカは徐々に滲んでいく空を見つめた。
もし、リリーの記憶が戻ったとしても。
その心には、今まで以上に深い傷を負っているだろう。
体の傷はいつか癒えて、痛みも消える。
だが、心の傷は癒えることなく、永劫の痛みと苦しみを与え続けることになる。
「すまない…」
心に大きな穴が開いたようで、それを埋めるものはもう戻ってこないのだと、クラピカは知った―――…
ウボォーギンとシャルナークは、鎖使いの手がかりを探しに別行動となり、他の旅団はアジトに帰っていた。
「リリー、鎖野郎ってどんな人?」
シズクの質問に、リリーは何も言わずに、困ったような顔で笑っているので、旅団はそれぞれなんとも言えない顔をした。
「まっ、済んだことだ。どーせウボォーが始末するしな」
ノブナガの言葉に、リリーは顔を歪めた。
自分を見つめる、真っ直ぐで辛そうな瞳が、リリーの頭から離れない。
そして、リリーは葛藤していた。
戒めの楔の定められた条件。
これを破れば…死が待ち受ける。
だけど、鎖野郎の情報を漏らせばウボォーは鎖野郎に勝てる。
それに、みんなと別れたくない。
わたしはずっと、クモの団員でいたい。
団員を抜けるくらいなら…
死んだ方がましだ。
前を歩いていた旅団が足を止める。
気がつけばアジトに辿り着いていた。
目の前にはクロロが座っている。
リリーは覚悟を決めて、大きく息を吸い込んで、震えながら吐き出した。
『みんな聞いて。今から言うこと、ウボォーにも伝えて…』
静寂が満ちた。
旅団全員は、普段と違う真剣なリリーを黙って見つめた。
『鎖野郎は…』
クモを裏切らない。
それが正しい、最良の選択。
旅団の中で一番強いウボォーは、あの鎖で意識を失った。
あの鎖には、とてつもなく強い念が込められてる。
きっと、ウボォーにも勝てない。
ウボォーが死ねば、みんなも殺られる。
そうなる前に…
『…おそらく具現化系よ。わたし…みんなが大好き。ずっと、クモの団員でいたい!!』
遠くから、鎖の音が聞こえる。
リリーは、目を見開いた。
どくどくと耳の奥で鼓動が聞こえる。
心臓が冷たく凍える。
鎖が近づいてくる。
そして…
ズギュル!!
「リリー…!!」
心臓が潰された音と同時に、 リリーは力を失って倒れた―――――…
next…