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ハンター試験編
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痺れ薬が塗られた針に刺されたクラピカは、全身が麻痺し気を失った。
リリーは、クラピカを人目がつかない近くの隠れた場所に自力で移動させた。
自分の太股を枕がわりにし、クラピカを看病する。
クラピカは瞼を震わせると、のろのろと目を開けた。
焦点のあっていない瞳が宙をさまよい、唇を震わせる。
やがてクラピカは、リリーの姿を認めると、顔を歪ませた。
「…………」
リリー、とクラピカの唇が動いている。
クラピカ…
分かってるよ。
聞こえてるよ。
わたしをかばったせいで
こんなに苦しめて…ごめんね。
わたしが居眠りをしたとき、厳しく怒ってくれたのは、心配してくれたからだよね。
わたしを守るために…影でずっと、見守っててくれたんだね。
出会ってから、クラピカには助けてもらってばかり…。
心配かけてばかりだ…。
本当に、ごめんなさい。
クラピカ…
自然と流れる涙を必死で拭いながら、リリーはずっとつきっきりでクラピカの看病をした。
そして、あれから3日後…
空はまだ薄暗く、青白い月光が射している。
ようやく朝日が顔を出し、段々と明るさに変化していく頃…
リリーは、ゆっくりと目を覚ました。
いつの間に寝ちゃったんだろう…
………あ、クラピカ…
ふとクラピカを見ると、リリーの隣で静かに寝息を立てて眠っていた。
痺れ薬の効果が薄れてきたのか、以前よりも通常の呼吸に近づき、震えも治まっていた。
リリーはクラピカの寝顔を見つめる。
すると、クラピカは瞼を震わせてゆっくり目を開けた。
何度か目をしばたたかせて、枕元にいる少女の顔を確認した。
「……………ソフィア、なのか…?」
『え…??』
久しぶりに聞いたクラピカの声。
ずっと一緒にいたのに…
わたしとは違う人の名前を呼んでる。
『………目、覚めたんだね。大丈夫??』
意識を取り戻したことの喜びと同時に切なさも込み上げる。
リリーは聞こえなかったふりをして、まだ少し薬が効いているクラピカの体をゆっくり抱き起こす。
すると、クラピカはリリーの肩をがしっと掴んだ。
「ソフィア……本当に、ソフィアなのか!?」
真剣な眼差しを気圧されたのか、リリーはこくりと頷く。
眩しそうに目を細めて、クラピカは手を伸ばし、リリーをふいに抱き締めた。
その力は強く、温かさに溶けてしまいそうになる。
「何故…今ごろ現れるんだ。私はお前を、一度も忘れたことはなかった…」
クラピカは、リリーの顔を両手で包んで自分の顔に向けさせた。
真剣に見つめるクラピカに、 リリーは緊張で硬直したまま頬がうっすらと赤くなっていた。
「…何故知らないふりをした。私は…どれほどソフィアに生きてて欲しいと願ったか…どんなに、会いたかったか…」
クラピカはとても悲しそうな、悔しそうな、今にも泣き出しそうな顔で言った。
クラピカ…
わたしは、ソフィアじゃない。
リリーだよ??
そう、言いたいのに…
そんな顔されたら言えないよ。
体はいつの間にか小刻みに震えてしまっている。
それに気付いたクラピカは優しくリリーの頭を撫でる。
そして、クラピカは逸らすことなく真っ直ぐリリーの目を見つめると…
ゆっくりリリーの唇に自らの唇を這わせた。
一瞬、触れる程度の…軽く優しいキス。
触れた部分がまだほんのりと熱を持っている。
思わぬ事態に、リリーは目を見開いた。
だが、クラピカの体が均衡を崩して倒れこむ。
リリーは咄嗟に手を伸ばして、彼の体を受け止めた。
まだ完全に回復していなかったのか。
そのまま気を失ったクラピカをリリーはゆっくりと寝かせた。
生まれて初めてキスをした。
憧れだった、わたしの大好きな人と。
初めてがクラピカですごく嬉しくて…幸せだった。
でも、クラピカはわたしだと思っていない。
昔の初恋相手、ソフィア。
クラピカ…
そんなにソフィアのことが、今でも好きなの??
そんなに忘れられないの??
今となってクラピカの言っていた言葉が蘇る。
――「本当に盗賊で育ったのか?5年前のことは覚えていないのか?」――
――「…私と同じクルタ族の幼なじみだ。私が、初めて好きになった女性だ…」――
――『そんなに似てるの??』
「あぁ、錯覚だと思うほど」――
――「…キルア。お前は本気で愛した人を失った悲しみを知らない。だからそんな発言が出来るんだ」――
大好きな人の心に、他に大切な人がずっといたとしても。
忘れられないことは分かっていても。
…どこかで繋がっていたいと思ってしまう。
それは本当に辛くて、苦しくて…
だけど、一緒にいたい。
ささいな関係でもつながっていたいと思ってしまうの。
思い通りにいかないからこそ、追いかける。
それが、恋なんだね。
クラピカと出会うまで、知らなかったよ…
クラピカは目を覚ました。
「……夢か…全部…夢だったのか」
生きてきた中で史上最悪な目覚めだったと思う。
そしてこのとき以上に夢が憎いと感じることはこれから先もきっと、ずっと、ないだろう。
ハンター試験が始まってから、ソフィアの夢を見ることが多くなった。
一体何故なんだ。
クラピカは、緋色に染まった空を眺めると、ゆっくり上体を起こした。
隣ではリリーが木にもたれ掛かって眠っている。
どこかと思ったら、ここはゼビル島の森の中。
そうだ、今は試験中だったのだ。
あれからのことは全く覚えていない。
ただ、リリーがずっと私を看病してくれていたことは薄々覚えている。
しかし、あれから何日経ったのだろう。
クラピカは眠っているリリーの肩を揺すって名前を呼んだ。
「リリー、リリー… 」
リリーはのろのろと目を開けると、クラピカを見上げて何度か瞬きをする。
『…クラピカ』
「すまない。ずっとリリーが私を看病してくれていたのだな」
『ううん、わたしの方こそクラピカをこんな目に合わせて…本当にごめんなさい。…もう大丈夫なの??』
「あぁ、大丈夫だ。それよりリリーが無事でよかった」
『…うん///』
リリーはふと今朝のことを思い出し、慌ててクラピカから目をそらした。
「リリー、ところで今日は何日目だ?」
『えっと、今日で3日目だよ』
「…3日目。残り4日か…早くプレートを集めなければな」
クラピカはふと表情を引き締めると、念のため自分のプレートを確認し立ち上がろうとしたが、一瞬よろけて地面に膝をついた。
『大丈夫!?』
リリーはクラピカの腕を掴んで支える。
「…すまない。まだ基本的な体力は戻っていないだろうが、あと数日もすれば、以前のように動き回れるようになるだろう。だから心配いらない」
『うん…』
リリーはリュックを背中に背負うと、クラピカとゆっくり歩き出した。
普段通り平然としているクラピカを見て、リリーは疑問に感じた。
クラピカは…
わたしにキスまでしたのに。
今朝のこと、覚えてないの??
ソフィアと間違えてたから??
でも、ソフィアって人はもう…
リリーは足を止めると、進むクラピカの背中を見て問いかける。
『ねぇ、クラピカ。今朝のこと、覚えてないの?』
クラピカは振り返ると、リリーを見つめて答えた。
「今朝…なんのことだ?」
リリーは真剣な眼差しで、もう一度質問した。
『本当に、覚えてないの??』
「あぁ、何かあったのか?」
やっぱり…間違えたんだ。
最初はソフィアって人の代わりでもいいと思ってた。
でも、もう……
リリーの目からは、涙がぽろぽろと流れ落ちた。
悲しみ、切なさ、怒り…様々な感情が入り交じった複雑な涙。
リリーはクラピカの顔を見ることが出来なくなった。
そして、胸の中に抑え込んできた思いが口からこぼれ落ちる。
『…いつまで死んだ人を想ってるの?』
あのときのキルアと同じような質問。
…聞かない方がいいって分かってるよ。
聞いてしまったら、苦しくて、悲しくて、心許ない想いをするかもしれない。
でも聞かないと絶対に後悔してしまう…そんな気がするから。
『もし、ソフィアって人が生きてたら今でも愛し合ってた…??』
「…やめろ。リリーには関係ない 」
そう、関係ないかもしれない。
だけど…
聞かなきゃいけないの。
伝えなきゃいけないの。
自分のためにも。
そして、クラピカのためにも。
『関係あるよ。キルアに言ってたよね?本気で愛した人を失った悲しみはキルアには分からないって…わたしも分からないよ。だけど、もういない人を想うのも愛じゃないんだよ』
「黙れ、お前に何が分かる!」
『もう過去にとらわれないで!現実を見て!もう…彼女はいないの!!』
「分からないのか?いい加減にしろ!!何故お前がそんなことを言うんだ!!」
『だってわたし、クラピカのことが…!!』
言いかけてから、リリーは思わず自分の口元に手をやった。
沈黙が続き、俯いていたリリーは、クラピカを真っ直ぐに見つめて、言った。
『クラピカが、好きだから…』
next…