文維くんのこいびと

「これ、煜瑾ちゃん!」

 リビングのソファに戻り、煜瑾は包夫人に寄り添うようにして大人しくしていたが、ふと気付いてテーブルの上の夫人手作りのブラウニーに手を伸ばそうとした。
 それを素早く制された煜瑾は、ビクリとして手を止める。

「もうすぐお昼御飯ですよ。今はいつもの煜瑾ちゃんではなく、お腹が小さいのだから、そのブラウニーを食べたら、ママの美味しいオムライスが食べられませんよ」
「オムライス!」

 大好きなブラウニーを食べてはいけないと言われて、しょんぼりしていた煜瑾が、オムライスと聞いて顔を上げて、キラキラした目で恭安楽を見つめる。

「おかあしゃまが、煜瑾に、オムライスを作ってあげるのでしゅか?」
「そうですよ」

 カワイイ煜瑾に、包夫人はメロメロだが、文維は冷静にあることに気付いた。

「煜瑾?」

 厳しい真顔で呼びかけた文維を、煜瑾は不思議そうに見上げる。

「なあに、文維お兄ちゃま?」

 文維はジッと煜瑾の表情を観察している。

「ちょっと、何よ、文維。そんな顔をしていたら、煜瑾ちゃんが怖がるじゃないの」

 心配になった恭安楽は、無邪気な3歳児を怯えさせないようにしっかりと抱きかかえた。

「煜瑾?私が誰か分かりますか?」
「もう、文維ったら、何をバカなことを…」

 呆れたように包夫人は笑い飛ばそうとした。だが、文維は厳しい顔つきだ。

「うん。文維お兄ちゃまでしょう?」
「え?煜瑾ちゃん?」

 不安そうに包夫人に寄り添う煜瑾が、何の迷いもなく素直に答えたのだが、その違和感にようやく包夫人も気付いた。

「おかあしゃま~ぁ、煜瑾は、早くオムライスが食べたいでしゅ~」

 幼い煜瑾は不満そうにそう言って、恭安楽の腕を両手で掴んで揺さぶった。子供らしい甘えた仕草だが、もう包夫人も笑ってはいられない。

「確実に、見た目だけではなく、煜瑾の精神までもが退行を始めています」

 冷静に分析を下し、文維は絶望的な顔をして両手で頭を抱えた。





9/31ページ
スキ