おかあさまといっしょ

「煜瑾さま!」

 ハッとして胡娘が目を覚ますと、そこは自宅にある自分の寝台の中だった。
 一瞬戸惑うが、これが「現実」で、昨日から珍しく風邪を引いてしまい、唐家での仕事を休んで自宅寝ていたことを思い出した。

「阿勇?」

 寝台の上に身を起こし、胡娘は女手一つで育てている息子の名を呼んだ。

「阿勇?柳勇!」

 夢の中とは言え、煜瑾を見失ったことに不安を覚えた胡娘は、ふらつきながらも寝台から下り立ち、リビングの方へ向かった。
 返事もなく、姿も見えない息子に、胡娘は胸がドキドキしてくるが、小さなアパートの小さなリビングにある、2人用の小さい食卓の上の、すっかり冷めた朝食に気付き、ハッと壁に掛かった時計を見て、ようやくホッとして微笑んだ。

 胡娘の息子である柳勇は、今は地元の公立中学に通っており、時間を見るとすでに登校した後だった。
 病床の母親の分まで朝食の仕度をし、自分も慌てて作った物を食べ、そのまま飛び出したのだろう。

 胡娘はバタバタと出て行ったであろう息子が、台所の流しに残して行った食器や鍋を洗いながら、息子の成長を嬉しく思った。

***

 煜瑾は、真っ暗な深い穴に落ちていく途中で、お母さまと離れてしまい、不安でいっぱいになったけれど、決して騒いだりはしなかった。
 涙を浮かべながらも真剣な目をして、ギュッと唇を噛み締め、落下の速度に身を任せている。

(おかあしゃま…。おかあしゃまは、ご無事でしゅよね…)

 自分のことよりも、お母さまの心配をしながら、煜瑾はそのまま気を失ってしまった。

***

 煜瑾が目を覚ました場所は、まるで真っ白な箱の中で、窓もなく、ドアも無く不思議な場所だった。

「…うっ…、おかあしゃま…」

 心細くなった煜瑾は、お母さまが恋しくなり、泣きそうになるが、その時背後に何かを感じて振り返った。

「おかあしゃま!」

 自分と同じく落下の衝撃も無く、ふんわりと床に落ちてきたのは、眠っているらしい恭安楽だった。





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