おかあさまといっしょ

 なんとか有り合わせのアフタヌーンティーで、煜瑾のご機嫌を取り直した恭安楽は、改めて遊戯室を見回した。
 おとぎ話にでも出て来そうな精緻な木馬や、子供用の小さなロッキングチェア、2人掛けのベンチ式のブランコなど、素晴らしいアンティークコレクションが並ぶ中、恭安楽はふと目を止めた。

「ピアノ?」

 それは本物のグランドピアノを正確に縮小し、美しい装飾を施したピアノだった。子供用の抱え上げられるような小さい、いかにもオモチャというようなものでは無く、大人が座って弾けるほどのサイズだ。
 恭安楽は、煜瑾が両手で自分専用のグラスを持ち、最後のひと口まで美味しい桃のジュースを堪能している間に、立ち上がり、ピアノに近付いた。

「おかあしゃま?」

 急にお母さまが離れたことで、煜瑾は不安になって、じっとその姿を目で追ってしまう。

「奥様!ピアノまでお弾きになるのですね!」
「ふふふ。少しだけよ」

 尊敬の眼差しで見る胡娘に、恭安楽は笑って答える。
 恭安楽はピアノの蓋を開き、指を乗せた。ピアノを習っていたのは小学校から中学までの短い期間だったが、実は恭安楽はあまりピアノのレッスンが好きではなかった。父からの命令で、名家の令嬢に相応しい習い事として押し付けられたのがイヤで仕方なかったのだ。

「おかあしゃま!ピアノを弾いてくだしゃるの?」

 ジュースを飲み干した煜瑾は、嬉しそうにお母さまに駆け寄った。

「そうねえ、煜瑾ちゃんがお歌を歌ってくれるのなら、お母さまも上手に弾けるかもしれないわ」
「煜瑾の、お歌?」

 無邪気なキラキラした瞳で、煜瑾は少し恥ずかしそうに言った。
 それを優しい視線で受け止めたお母さまは、少し考えて柔らかい前奏を弾き始めた。

「あ!」

 その音に煜瑾は聞き覚えがあったらしく、パッと明るい顔になった。

「煜瑾ちゃんは、この曲を知っていて?」
「はい!幼稚園で習いました」

 嬉しそうな煜瑾ちゃんの愛らしい笑顔に、お母さまは優しく頷いて続きを弾き始めた。

「おかあしゃまも、ご一緒にね」

 煜瑾がそう言って甘えると、お母さまも微笑んだ。
 2人は見つめ合い、声を揃えて歌を歌い始めた。

   ♫埴生の宿も、我が宿~

 それは日本では「埴生の宿」というタイトルで知られる、「Home!Sweet Home!」というイングランド民謡だった。もちろん、歌詞はアメリカで付けられたものなので英語だが、2人とも歌詞を覚えていた。

「あのね、おかあしゃま」

 歌が終わると、煜瑾が満ち足りた表情でお母さまを見上げた。

「なあに?」
「煜瑾のSweet Home は、おかあしゃまがいらっしゃるところでしゅ」
「ありがとう、煜瑾ちゃん。お母さまも、煜瑾ちゃんと一緒にいれば、そこがSweet Home だと思っていますよ。そして…」

 ここまで言って、お母さまは慈愛深い微笑みで付け加えた。

「そして、そこには文維お兄さまやお父さまがいらっしゃると、もっといいわね」

 その一言に煜瑾の笑顔がさらに輝いた。






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