おかあさまといっしょ

「あのね、あのね、おかあしゃま…。煜瑾は、思い出したのでしゅ」

 煜瑾はお母さまに叱られるとでも思っているのか、言いにくそうに口を開いた。

「何を思い出したの?」

 けれどお母さまは問い詰める様子もなく、とても優しく聞き返して下さった。それに安心した煜瑾は、真剣な顔をしてお母さまに言った。

「ミドリはお化けの色だから、ミドリのお野菜を食べると、お化けになると言ったのは、さっきのお兄さんでしゅ」
「何ですって?」

 恭安楽は驚いて目を見開いたが、決して煜瑾を不安がらせることの無いように、声を荒らげるようなことはせず、じっと煜瑾の無垢な黒瞳を見詰めた。

 その時、煜瑾の居心地の良い寝室からは続き部屋になっている遊戯室のドアが開いた。

「奥様、煜瑾さま。こちらにアフタヌーンティーの支度ができました。煜瑾さまには桃のジュースがございますよ」

 最上級の桃を使ったデザートは、不審者に邪魔をされ、とても煜瑾に出せるようなものではなくなってしまったため、手の空いたシェフたちが急いで用意したアラカルトを盛り付けたアフタヌーンティーが、遊戯室に運ばれていた。
 それをキチンとテーブルセッティングをしていた胡娘が、支度が出来たと呼びに来たのだ。

「まあ、アフタヌーンティーですって。お母さま、楊シェフが作ったパイナップルジャムが大好きなのだけど、スコーンについているかしら?」

 煜瑾の晴れない顔を見て、なんとか慰めようと恭安楽が明るくそう言った。

「煜瑾は、イチゴジャムがしゅき!」

 ようやく笑顔でそう言った煜瑾の手をとって、2人は遊戯室に移動した。

 そこには、海外からのアンティークコレクションと見まがうような、上質で高価なおもちゃがたくさん並んでいた。
 賢くて大人しい煜瑾は、それらのおもちゃを乱暴に扱うこともなく、どれも本当に骨董店の展示品のように見える。

 それ以外の現代的なボードゲームやぬいぐるみなども、まるで買ったままを置いてあるようだが、世界中からやって来る唐家の子供たちと煜瑾は何度も遊んでいる。
 そしてこれらの流行があるおもちゃは、クリスマスの日に使用人たちが家族で唐家に挨拶に来た時に、彼らの子供たちが自由に持ち帰れるように茅執事が采配するのだった。

「まあ、随分と本格的なのね」

 視線を移した恭安楽が感心したように、可愛らしいティーテーブルには3段になったアフタヌーントレイが中央に置かれ、煜瑾の好きな桃のジュースや、恭安楽が寛げるよう香り高い最上級のダージリンが淹れられたティーポットが置かれていた。

「おかあしゃま~。煜瑾は、きゅうりのサンドイッチを食べましゅね」

 緑色の食べ物を拒絶していた煜瑾は、すっかりその呪いから解かれたかのように楽しそうにそう言った。



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