おかあさまといっしょ

 この唐家で一番安全だと思える煜瑾の寝室に、楊シェフに守られて逃げ込んだ、恭安楽と煜瑾と胡娘だったが、煜瑾はすっかり怯え切り、泣くことも忘れ、固い表情でお母さまに抱かれたまま、ギュッとその服を掴んでいる。

「煜瑾さま、このお部屋の外には強い厨房の者たちがおりますよ。ご安心ください」

 優しい声で言い聞かせる楊シェフの方を見ようともせず、煜瑾はジッと緊張した様子で何も無い空を見据えている。
 しっかりと煜瑾を抱き締めているお母さまも、煜瑾の不安を感じ取っていた。

「お昼寝のお仕度をいたしましょうか?」

 胡娘が声を掛けると、煜瑾は何も言わずに、お母さまの服を握る手に力を込め、決して離れまいとする。

「今、お昼寝をしても緊張して眠れないでしょうし、寝ても怖い夢を見て、すぐに起きてしまうわ」

 そう言いながら恭安楽は、煜瑾の形の良い頭を何度も優しく撫で、落ち着かせようとしていた。

「それよりも、何か煜瑾の好きな物を用意してちょうだい。さっきの桃のジェラートは食べ損ねてしまいましたからね」

 お母さまは明るく、優しく、穏やかにそう言って、青ざめた煜瑾の美しい顔を覗き込んだ。

「さあ、煜瑾ちゃん。もう怖い事は無いわ。安心してね」
「…おかあしゃま…」

 ようやく煜瑾は魂を取り戻したように、ゆっくりと顔を上げてお母さまのお顔を見た。いつもと同じ、優しくて、慈愛に溢れていて、おキレイなお母さまに、煜瑾はやっと我に返ることができた。

「おかあしゃま!」

 煜瑾は、はっきりした声でそう言って、緊張がほぐれたのか、今度はホッとして泣き出した。

「おかあしゃま~、おかあしゃま~、あ~ん、あ~ん」
「大丈夫。もう何も怖くありませんよ。もう知らない人はいないし、誰も煜瑾ちゃんを連れて行ったりしませんからね」

 恭安楽は、煜瑾を安心させようと、柔らかく明るい笑顔を浮かべているが、煜瑾はお母さまと引き離されることをことさら恐れているのか、まだギュッとお母さまの腕を掴んでいた。

「おかあしゃま~。煜瑾とおかあしゃまは、ずっとご一緒なのでしゅよね。おかあしゃまは、煜瑾にウソをついたりなしゃらないのでしゅよね?煜瑾とご一緒にいてあげるのでしゅよね?」

 よほど怖かったのか、煜瑾は何度も同じことを繰り返した。煜瑾は決してお母さまと離れたくはないのだ。

「そうですよ、煜瑾ちゃん。お母さまはいつでも煜瑾ちゃんと一緒。お母さまは大事な煜瑾ちゃんに嘘をついたりしませんよ」

 お母さまは、どこまでも優しく、慈悲深い笑顔で煜瑾を受け止めて下さる。
 そこで煜瑾は一瞬息を詰めて、思いきった様子でお母さまに打ち明けた。







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