おかあさまといっしょ

 その日の朝、包文維ほう・ぶんいはいつになく気持ち良く目覚めた。

 すぐそばに、慎ましくそして規則正しい寝息が聞こえる。
 迷うことなく、そちらに目を向ける。
 そこには、あどけない笑みを浮かべて眠る天使がいる。

 その穢れない美しさに、文維はフッと口元を緩めた。
 この天使が、昨夜どれほど自分の腕の中で妖しく乱れたか思い出したのだ。それでいて、いつまでも初心で恥ずかしがるところが、可憐で愛しくて堪らない。
 我慢出来ずに、文維は健やかに眠る恋人の額にそっと唇を押し付けた。

「ん…」

 一瞬くすぐったそうに身を竦めた唐煜瑾とう・いくきんだったが、また穏やかな呼吸に戻り、深い眠りに落ちていった。

(昨晩は、ちょっと意地悪してしまったかな)

 いつもなら目覚めの良い煜瑾だが、今朝はまだ長い睫毛を持ち上げる様子が無い。
 今日の煜瑾は、自宅での仕事だと言っていたのを思い出し、文維はしばらく天使の微睡まどろみを邪魔しないことにした。

 煜瑾と同じく、何も身に着けていない文維は、ベッドの上に身を起こした。枕元のサイドテーブルにキチンと畳まれたままのナイトガウンを手に取ると、静かに袖を通し、くれぐれも煜瑾を起こさないように気を付けて、ソッとバスルームに向かった。
 煜瑾と違い、文維は今日もこの嘉里公寓からほど近い自分のクリニックへ出勤しなければならない。
 身支度と簡単な朝食を済ませ、煜瑾の分の朝食まで支度して、文維はもう一度寝室に戻り、煜瑾が熟睡しているのを確かめた。

「行って来ます、煜瑾」

 小さくそう呟くと、文維は煜瑾に気付かれないよう気を付けて出勤して行った。

***

 恭安楽きょう・あんらくは、枕元にある、長年愛用している目覚まし時計に手を伸ばし、ベルを止めた。

「ん~、もうちょっと寝ちゃおう~」

 いつもなら、毎朝6時には起床し、身支度を整え、朝食の準備をし、7時になれば夫である包伯言ほう・はくげんを起こして、職場へ行く準備をするのだが、今日は包伯言が居ないのだ。
 夫は、昨日から北京へ1週間出張に行っている。文維のように自立するような息子がいる長い結婚生活でありながら、まだ相思相愛の2人であるが、夫がいなくて寂しいと思う反面、自分だけの時間を楽しむ絶好の機会であることを、恭安楽は自覚していた。

「伯言…おやすみなさい…」

 少女のようにあどけない笑顔で、包文維の母である恭安楽はそう呟くと、もう一度目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。





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