第4章 探偵が追っていたもの
「そう言えば、来週、胡双のショーを見るために、北京から大事なゲストがいらっしゃいますの。その方々の歓迎のパーティーがあるんですけれど…」
思わせぶりに、王淑芬はチラリと呉警部に流し目を送った。
「胡双はまだ事件に渦中にあって、警護が必要ですわよね…」
王淑芬は、おそらく中央政府から来る大物政治家の接待を予定しているのだろう。その大物とお近づきになれるパーティーに、「胡双の警護」という名目で呉警部も招待しようという「にんじん」をぶら下げたのだ。
「そうですね!そうですよね~」
期待に目を輝かせた呉警部は、ニコニコとして王淑芬にすり寄った。
「よろしければ、重要なポストにある方々に、ご紹介いたしますわ」
決定的な言葉を得て、呉志浩警部は、大きく頷いた。
***
楽屋前の廊下でメモを取っていった徐凱も、ここでの用件は済んだと判断して、持ち場である浦東第3分署へと帰って行った。
ここへ来たのは大きな意義があった、と、徐凱は満足そうにメモを見返した。
署内では先輩たちに無視された「ハンドサイン」にも、何らかの意味がある可能性も出てきた。ハワイのアロハサインと思い込んでいた自分の考えは、間違っていたかもしれない。だが、新たに「Liu」という視点を与えてくれたのは、国安局のエリート捜査官たちだった。
(関係はなさそうだが、まずは第一発見者の『劉(Liu)』小梅だな)
ようやく本格的な捜査に携わる緊張と興奮に、徐凱は目を輝かせていた。
***
静安署に戻った顧平警部は、ヴィヴィアンの遺体検案書などの関係資料に改めて目を通していた。
それを近くで心配そうに見つめていた方萌が、堪りかねて声を掛けた。
「結局、『事故』か『自殺』ってことになるんですか?」
それには答えず、顧警部はチラリと壁に掛けられた時計を見た。
「メシでも食いに行こか~」
珍しく自分から誘って、顧警部は立ち上がった。
「!あ、は、はい!」
意外な事態に一瞬戸惑った方萌だが、聡明な彼女はすぐに状況を飲み込んで立ち上がった。
すると顧警部は、手にした資料をデスクの引き出しに入れた。
てっきり、他の捜査員がいないところで、資料の精査をするのかと思っていた方萌は、少しガッカリしたのだが、尊敬する警部とゆっくり食事を摂れるいい機会だと思い直した。
「どこに行きますか?いつもの涼拌麺の店ですか?」
朗らかな方萌の声に、他のチームの捜査員たちが苦笑を噛み殺す。料理がマズくて誰も近寄らない店を、顧平警部だけが通っていることをみんなが知っているからだ。
「今日は~、そやな、アヒルでも食いに行こか」
顧警部は、何気ない思い付きのように口にした。
「アヒル?烤鴨 ですか?」
北京ダックが好きな方萌は目を輝かせた。
「まあな」
素知らぬ顔をして先を行く顧警部が、ニヤリとしたのを方萌は気が付かなかった。
***
煜瑾と文維が暮らす高級アパートのキッチンで、煜瑾は「おかあさま」と仲良く夕食の準備をしていた。
「煜瑾ちゃんも、すっかり包丁の使い方が上手になったわね~」
恭安楽が褒めると、煜瑾は嬉しそうにキュウリを切る手を止めた。
「まだ、簡単なことしか出来ないのです。でも、とっても楽しいですね」
その輝くような笑顔に、煜瑾が昨日の事件から立ち直り、すっかり元気になったことを恭安楽は悟った。
「美味しいものを食べるのは、とっても幸せなことよ。それを自分で作って、愛する人と分かち合うのはもっと幸せね」
お母さまの言葉に、煜瑾は大きく頷いた。そして、少しはにかんだような笑顔で付け加えた。
「愛する人たちみんなと一緒なら、もっと幸せです」
「そうね。確かにそうだわ」
お母さまと煜瑾は顔を見合わせ、明るく、穏やかな微笑みを交わした
***
楊偉の車の中で、小敏は子供のように膨れっ面で黙り込んでいた。
「ご自宅までお送りしますが…。当面は1人にならない方がいいでしょう。しばらく、北京のお父さまのところへ行かれるのも悪くないかもしれませんね」
淡々と語る楊偉に、ますます小敏は頬を膨らませる。
「どうしました?」
分かり切っているはずなのに、あえて楊偉は素知らぬ顔で小敏に声を掛ける。それがまるでグズる子供のご機嫌を取るような態度に思えて、さらに小敏は不機嫌になる。
「自宅に帰る。北京にはいかない」
端的にそれだけを言って、小敏は車窓の街の風景を見ているふりをした。
内心、やれやれという気持ちで、楊偉はチラリと小敏に視線を送る。そんな大人びた余裕が、余計に羽小敏を苛立たせた。
小敏が何か言い返そうとしたその時、チャットの着信音がした。
思わせぶりに、王淑芬はチラリと呉警部に流し目を送った。
「胡双はまだ事件に渦中にあって、警護が必要ですわよね…」
王淑芬は、おそらく中央政府から来る大物政治家の接待を予定しているのだろう。その大物とお近づきになれるパーティーに、「胡双の警護」という名目で呉警部も招待しようという「にんじん」をぶら下げたのだ。
「そうですね!そうですよね~」
期待に目を輝かせた呉警部は、ニコニコとして王淑芬にすり寄った。
「よろしければ、重要なポストにある方々に、ご紹介いたしますわ」
決定的な言葉を得て、呉志浩警部は、大きく頷いた。
***
楽屋前の廊下でメモを取っていった徐凱も、ここでの用件は済んだと判断して、持ち場である浦東第3分署へと帰って行った。
ここへ来たのは大きな意義があった、と、徐凱は満足そうにメモを見返した。
署内では先輩たちに無視された「ハンドサイン」にも、何らかの意味がある可能性も出てきた。ハワイのアロハサインと思い込んでいた自分の考えは、間違っていたかもしれない。だが、新たに「Liu」という視点を与えてくれたのは、国安局のエリート捜査官たちだった。
(関係はなさそうだが、まずは第一発見者の『劉(Liu)』小梅だな)
ようやく本格的な捜査に携わる緊張と興奮に、徐凱は目を輝かせていた。
***
静安署に戻った顧平警部は、ヴィヴィアンの遺体検案書などの関係資料に改めて目を通していた。
それを近くで心配そうに見つめていた方萌が、堪りかねて声を掛けた。
「結局、『事故』か『自殺』ってことになるんですか?」
それには答えず、顧警部はチラリと壁に掛けられた時計を見た。
「メシでも食いに行こか~」
珍しく自分から誘って、顧警部は立ち上がった。
「!あ、は、はい!」
意外な事態に一瞬戸惑った方萌だが、聡明な彼女はすぐに状況を飲み込んで立ち上がった。
すると顧警部は、手にした資料をデスクの引き出しに入れた。
てっきり、他の捜査員がいないところで、資料の精査をするのかと思っていた方萌は、少しガッカリしたのだが、尊敬する警部とゆっくり食事を摂れるいい機会だと思い直した。
「どこに行きますか?いつもの涼拌麺の店ですか?」
朗らかな方萌の声に、他のチームの捜査員たちが苦笑を噛み殺す。料理がマズくて誰も近寄らない店を、顧平警部だけが通っていることをみんなが知っているからだ。
「今日は~、そやな、アヒルでも食いに行こか」
顧警部は、何気ない思い付きのように口にした。
「アヒル?
北京ダックが好きな方萌は目を輝かせた。
「まあな」
素知らぬ顔をして先を行く顧警部が、ニヤリとしたのを方萌は気が付かなかった。
***
煜瑾と文維が暮らす高級アパートのキッチンで、煜瑾は「おかあさま」と仲良く夕食の準備をしていた。
「煜瑾ちゃんも、すっかり包丁の使い方が上手になったわね~」
恭安楽が褒めると、煜瑾は嬉しそうにキュウリを切る手を止めた。
「まだ、簡単なことしか出来ないのです。でも、とっても楽しいですね」
その輝くような笑顔に、煜瑾が昨日の事件から立ち直り、すっかり元気になったことを恭安楽は悟った。
「美味しいものを食べるのは、とっても幸せなことよ。それを自分で作って、愛する人と分かち合うのはもっと幸せね」
お母さまの言葉に、煜瑾は大きく頷いた。そして、少しはにかんだような笑顔で付け加えた。
「愛する人たちみんなと一緒なら、もっと幸せです」
「そうね。確かにそうだわ」
お母さまと煜瑾は顔を見合わせ、明るく、穏やかな微笑みを交わした
***
楊偉の車の中で、小敏は子供のように膨れっ面で黙り込んでいた。
「ご自宅までお送りしますが…。当面は1人にならない方がいいでしょう。しばらく、北京のお父さまのところへ行かれるのも悪くないかもしれませんね」
淡々と語る楊偉に、ますます小敏は頬を膨らませる。
「どうしました?」
分かり切っているはずなのに、あえて楊偉は素知らぬ顔で小敏に声を掛ける。それがまるでグズる子供のご機嫌を取るような態度に思えて、さらに小敏は不機嫌になる。
「自宅に帰る。北京にはいかない」
端的にそれだけを言って、小敏は車窓の街の風景を見ているふりをした。
内心、やれやれという気持ちで、楊偉はチラリと小敏に視線を送る。そんな大人びた余裕が、余計に羽小敏を苛立たせた。
小敏が何か言い返そうとしたその時、チャットの着信音がした。
