第4章 探偵が追っていたもの
予想もしていなかった楊偉の一言に、小敏は反射的に大声を上げてしまった。
「事故?そんなこと、あるわけないじゃん!ボクは、ヴィヴィさんがわざわざステージ上で氷を食べたところを見てるんだよ!」
小敏の苛立った声が、誰もいない金煌麗都劇場の広いロビーに響いた。
「静かにして下さい、小敏さん。誰が聞いているか分かりません」
冷静な楊偉が、抑えた声でそう言った。
「どう考えたって、変じゃないか!なんでヴィヴィさんが、わざわざステージの上で、毒入りの氷を食べるなんて『事故』が起きるんだよ!」
喰ってかかる小敏をいなすように、楊偉は彼の肩を掴んだ。
「だから!彼女がステージ上で氷を食べたということすら、今は立証できません」
低く抑えた楊偉の声には、すでにいつもの落ち着きが感じられなかった。
「立証?ボクが、この目で…」
「その証拠となるボトルクーラーが失われた以上、それをどうやって立証するっていうんですか!」
「!」
否応の無い現実を突きつけられ、いつも陽気な羽小敏も声を失くした。
「いいですか、小敏さん。私は、あなたを信じています。確かにヴィヴィアンさんがボトルクーラーの中の氷を食べたのは間違いないでしょう。そこに毒が仕掛けられていた確率はかなり高い」
人けの無いロビーで、楊偉は小敏の腕を掴み、自分の胸に引き寄せ、その耳元に囁いた。
「誰かが毒を仕掛け、その証拠を隠ぺいした。…間違い無くこれは『殺人事件』です。そして…、Dr.Hooの特別室に花束を置いたのが真犯人なら、その人物は我々の近くにいます」
その整い過ぎた美貌を口付けでもするほどの距離に近付け、楊偉は深刻な眼差しで羽小敏に警告した。
「証拠隠滅を図った犯人です。証人であるあなたも狙われる可能性があるんです」
「!」
驚いた小敏は顔色を変え、ジッと楊偉の顔を見つめることしか出来なかった。
***
「いやあ、王淑芬さん。お手間を取らせましたねえ」
大物に顔が利く国際的なプロモーターである王淑芬に、呉警部は取り入ろうとするように笑顔で話し掛けた。
「ええ、まあ。それより、もう胡双とは話せますか?」
隣室で聴取されている天才マジシャンを気にして、王淑芬は呉警部に対してどこか冷ややかだ。
「もちろんですよ。実は、浦東で起きた殺人事件で、被害者が胡双のマネージャーの名刺を持っていたとかで、簡単な確認でしたからね」
「へえ、そうなんですか。名刺を持っていただけ?胡双とは関係ありませんか?これ以上、ショーに差し障りがあると困りますわ」
今回のヴィヴィアンの事件のため、明日からの「Dr.Hooのサイコロジカルイリュージョン」の一般向きのショーは、警察との話し合いの結果3日間の休演と決まり、王淑芬はやや不満なのだ。それでも、「公演そのものを中止しろ」、「世間の目が落ち着くまでせめて1週間は休演にすべきだ」などというあちこちからの騒音を、持っている全てのコネクションを駆使して、なんとか3日間の休演に収めたのは、顔の広い王淑芬ならでは、の手腕だと言える。
「いや、実はここだけの話ですが、浦東の被害者は、胡双の出生の秘密を調査していたらしいんですな」
「出生の、…秘密?そんなものがあるんですか?聞いたことも無かったわ」
意外そうに目を見張った王淑芬に、呉警部は我が意を得たりというニヤけた顔をして近付いた。
「そうなんですよ。これがマスコミに漏れたら、スキャンダルになるでしょうな」
「まあ!」
驚いた敏腕プロモーターの彼女は、すぐに取り繕った笑顔を見せた。
「もちろん、そんなことは警部のお力で、何とでもなるのでしょう?胡双のプライベートだなんて、マスコミには伏せておかないと…」
単なるエンターテイメント業界だけでなく、中国各地での大物に顔が効くらしい王淑芬との繋がりは、一介の警察官としてではなく、将来を見据えた意味でも呉警部の興味をそそる。
「お任せください。この劇場の事件と合わせて、私がなんとかマスコミには伏せておきます」
「け、警部…」
呉警部の根拠の薄い大見得を心配した張毅は、さすがに声を掛けた。これでは、新人の方萌以上に情報をダダ漏れにしていると言われかねない。
「いいから、いいから」
心配する部下をよそに、呉警部はエリートらしく胸を張って、王淑芬にニッコリと迫った。
「もちろん、簡単なことではありませんけれども…」
かつてなら、このような物の言いようをすれば、現金だけでなく、高価な贈り物が次々に届けられたことだろう。だが、現政権下では贈賄は何より厳しく取り締まられている。それをよく知る王淑芬もまた、警部が言わんとすることをよく理解していた。
「事故?そんなこと、あるわけないじゃん!ボクは、ヴィヴィさんがわざわざステージ上で氷を食べたところを見てるんだよ!」
小敏の苛立った声が、誰もいない金煌麗都劇場の広いロビーに響いた。
「静かにして下さい、小敏さん。誰が聞いているか分かりません」
冷静な楊偉が、抑えた声でそう言った。
「どう考えたって、変じゃないか!なんでヴィヴィさんが、わざわざステージの上で、毒入りの氷を食べるなんて『事故』が起きるんだよ!」
喰ってかかる小敏をいなすように、楊偉は彼の肩を掴んだ。
「だから!彼女がステージ上で氷を食べたということすら、今は立証できません」
低く抑えた楊偉の声には、すでにいつもの落ち着きが感じられなかった。
「立証?ボクが、この目で…」
「その証拠となるボトルクーラーが失われた以上、それをどうやって立証するっていうんですか!」
「!」
否応の無い現実を突きつけられ、いつも陽気な羽小敏も声を失くした。
「いいですか、小敏さん。私は、あなたを信じています。確かにヴィヴィアンさんがボトルクーラーの中の氷を食べたのは間違いないでしょう。そこに毒が仕掛けられていた確率はかなり高い」
人けの無いロビーで、楊偉は小敏の腕を掴み、自分の胸に引き寄せ、その耳元に囁いた。
「誰かが毒を仕掛け、その証拠を隠ぺいした。…間違い無くこれは『殺人事件』です。そして…、Dr.Hooの特別室に花束を置いたのが真犯人なら、その人物は我々の近くにいます」
その整い過ぎた美貌を口付けでもするほどの距離に近付け、楊偉は深刻な眼差しで羽小敏に警告した。
「証拠隠滅を図った犯人です。証人であるあなたも狙われる可能性があるんです」
「!」
驚いた小敏は顔色を変え、ジッと楊偉の顔を見つめることしか出来なかった。
***
「いやあ、王淑芬さん。お手間を取らせましたねえ」
大物に顔が利く国際的なプロモーターである王淑芬に、呉警部は取り入ろうとするように笑顔で話し掛けた。
「ええ、まあ。それより、もう胡双とは話せますか?」
隣室で聴取されている天才マジシャンを気にして、王淑芬は呉警部に対してどこか冷ややかだ。
「もちろんですよ。実は、浦東で起きた殺人事件で、被害者が胡双のマネージャーの名刺を持っていたとかで、簡単な確認でしたからね」
「へえ、そうなんですか。名刺を持っていただけ?胡双とは関係ありませんか?これ以上、ショーに差し障りがあると困りますわ」
今回のヴィヴィアンの事件のため、明日からの「Dr.Hooのサイコロジカルイリュージョン」の一般向きのショーは、警察との話し合いの結果3日間の休演と決まり、王淑芬はやや不満なのだ。それでも、「公演そのものを中止しろ」、「世間の目が落ち着くまでせめて1週間は休演にすべきだ」などというあちこちからの騒音を、持っている全てのコネクションを駆使して、なんとか3日間の休演に収めたのは、顔の広い王淑芬ならでは、の手腕だと言える。
「いや、実はここだけの話ですが、浦東の被害者は、胡双の出生の秘密を調査していたらしいんですな」
「出生の、…秘密?そんなものがあるんですか?聞いたことも無かったわ」
意外そうに目を見張った王淑芬に、呉警部は我が意を得たりというニヤけた顔をして近付いた。
「そうなんですよ。これがマスコミに漏れたら、スキャンダルになるでしょうな」
「まあ!」
驚いた敏腕プロモーターの彼女は、すぐに取り繕った笑顔を見せた。
「もちろん、そんなことは警部のお力で、何とでもなるのでしょう?胡双のプライベートだなんて、マスコミには伏せておかないと…」
単なるエンターテイメント業界だけでなく、中国各地での大物に顔が効くらしい王淑芬との繋がりは、一介の警察官としてではなく、将来を見据えた意味でも呉警部の興味をそそる。
「お任せください。この劇場の事件と合わせて、私がなんとかマスコミには伏せておきます」
「け、警部…」
呉警部の根拠の薄い大見得を心配した張毅は、さすがに声を掛けた。これでは、新人の方萌以上に情報をダダ漏れにしていると言われかねない。
「いいから、いいから」
心配する部下をよそに、呉警部はエリートらしく胸を張って、王淑芬にニッコリと迫った。
「もちろん、簡単なことではありませんけれども…」
かつてなら、このような物の言いようをすれば、現金だけでなく、高価な贈り物が次々に届けられたことだろう。だが、現政権下では贈賄は何より厳しく取り締まられている。それをよく知る王淑芬もまた、警部が言わんとすることをよく理解していた。
