第4章 探偵が追っていたもの

「ダイイングメッセージ?」

 徐凱が思わず声を上げた。

「え~、ナニナニ~?ダイイングメッセージなんて、ただ事じゃないよね!」

 そこへ、指紋の採取を終えて、呉警部に特別室を追い出された羽小敏が唐突に現れ、口を挟んだ。

「なんや、ボン。あんた、まだいたんか」

 呆れたように言う顧警部に、人好きのするカワイイ笑顔を浮かべて小敏がすり寄るように言葉を続けた。

「ボク、楊偉さんを待ってたんです。でも、ついつい『ダイイングメッセージ』って聞こえて…。知らないふりなんて出来ないですよね?ね?」

 人懐っこい小悪魔の本領を全開にして、小敏はなんとなくその場にいることを知らず知らずのうちに全員に納得させてしまった。

「それって、ヴィヴィさんがダイイングメッセージを残してたってこと?」
「違うの。うちの事件じゃなくて、徐凱先輩のところの事件なの」

 すっかり仲良しになった方萌が、警察の内部情報を、あっさりと小敏に教えてしまう。その浅はかさにも驚かされ、またも顧警部は方萌を2度見した。

「お、お前…、何を言うてくれてんねん…」

 不覚にも顧警部は、思ったことをそのまま口に出していた。

「は?いけないことでした?」

 しかし、相変わらず方萌はあっけらかんとしており、その突き抜けた性格に、沈着冷静なはずの楊偉までもがクスリと笑った。

「小敏さんのことは、私にお任せください。さあ、小敏さん、ご自宅までお送りしましょう」

 楊偉がそう言うと、小敏はあからさまに不満そうにキュートな唇を尖らせた。

「え~、せっかく面白くなってきたのに~」
「小敏さん!」

 笑いながら楊偉が小敏を窘めたが、小敏はものともしない。

「浦東の事件って、ナニ?ヴィヴィさんの事件と関係あるの?」
「それは、もうあなたとは関係のない事ですよ」

 楊偉がそう言って、小敏を連れて行こうとしたのだが、小敏はニヤリとして顧警部に言った。

「でも、Dr.Hooとは関係あるんじゃない?」
「あん?」

 先程から若者の傍若無人ぶりに振り回されて、顧警部も付いていけずにキョトンとしている。

「だって、手の形は『六(Liu4)』で、Dr.Hooの本名は『柳(Liu3)』でしょ?『六』がダイイングメッセージだとしたら、Dr.Hooが犯人か、彼に何か伝えたかったってことにならない?」

 屈託の無い明るい口調の小敏の指摘に、一同は息を飲んだ。

「こんなの、推理小説の定番だよ」

 自慢げな小敏だが、顧警部や徐凱の表情は真剣だった。
 確かに、浦東の被害者であるトーマス・カオは、胡双ことドミニク・リュー・リー、中国名「李柳」とは旧知の仲だった。そのことと、このハンドサインに何か繋がりがあるとは、捜査官の誰一人思いつかなかったのだ。

「他にも、『劉(Liu2)』とか、『流(Liu1)』とか、…あ、犯人を直接意味するなら『劉』姓がありがちかな~?」

 調子に乗って、あれこれ思いつくままに口にする小敏に、呆れた様子で声を掛けたのは、ベテラン捜査官の顧平警部だった。

「可愛い顔して、なかなかやるやんけ、ボン」
「でしょ?ボク、カワイイだけじゃないんだ」

 悪戯っ子のようにニヤリと笑って、やや挑戦的に羽小敏は言った。

「そう言えば…、第一発見者の名前が、劉…小梅…」

 徐凱までもがうっかりと捜査情報を口にしてしまう。

「ほら、ほら、イイ感じになってきたじゃん!」

 はしゃぎ始める小敏に、さすがの楊偉も苦笑いを浮かべた。

「分かりました。小敏さんにもご協力いただきますが、あくまでも私の方の協力者ということで、所轄の皆さんのご迷惑にならないようにしましょう」

 言い聞かせるような楊偉の口調に、小敏も反省したように肩を竦めた。

「とにかく、トーマス・カオさんの身辺をもう少し調査すべきでしょう。人身売買組織と並行して、個人的な怨恨なども手を広げて調べるべきでは?」

 聡明な楊偉が端的にまとめると、顧警部も納得したように頷いた。

「ま、こっちでも何か協力できることがあったら、このに言うてや」

 これ以上興味を失ったのか、顧警部はそう言って方萌と一緒に楽屋を後にした。

「あと、念のためハワイのハンドサインの方も何かわかるとイイですね。もちろん、ハンドサインに何の意味もない可能性も払拭してはいけません」

 楊偉もまた、徐凱に釘をさすと、小敏を連れて金煌麗都劇場を出て行こうとしていた。

「ねえ、ヴィヴィさんの事件はどうなるの?」

 楊偉と2人きりになったタイミングで、小敏が訊ねた。

「今のところ、『事故』の可能性もありますね」

 冷ややかにそう答えた楊偉に、小敏は驚いた。


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