第4章 探偵が追っていたもの
天才マジシャン、Dr.Hooこと、胡双のマネージャーであるハワード・ベネットは、大柄でがっしりとした堂々たる白人の中年男性である。物事の分別がつき、世間の表と裏を知り尽くし、アメリカの厳しいエンタメ業界で生き残ってきたやり手だ。
そんなハワード・ベネットが、怯えた目をして、胡双に支えられていた。
胡双の楽屋である特別室から出て、ベネット氏が控室としていた、３号室の楽屋に集まったのは、胡双とベネットの他に、事情聴取をするために浦東第3分署から来た徐凱刑事、通訳など彼をサポートする国家安全局所属の楊偉捜査官、そして、どうしても同席すると言って割り込んできた静安署の呉警部だった。
＊＊＊
廊下に追い出され、目の前でドアを閉められた方萌刑事と張毅刑事は、鑑識課の到着を待つ間、手持無沙汰で、ちょっとふてくされていた。
「私だって、通訳だって、聴取のメモを取るのだって出来るのに…」
「なあ、方萌？」
唇を尖らせた方萌に、張毅は少し情けない顔をして話しかけた。
「なんですか？」
「あの、浦東第3分署の刑事とは…どう言う関係なんだよ」
言いにくそうな張毅とは違い、方萌はあっけらかんと答える。
「徐凱刑事ですか？高校時代の先輩ですよ」
その屈託の無さに、2人の関係を疑っていた張毅は、スッと眉間を開いた。
「あ、そうか～。高校の先輩か～」
何故かホッとした張毅を、気にも留めていない様子で、方萌はあっけらかんと付け加えた。
「敢えて言うなら、初恋の人…かな？」
「！は、はつ…初恋？」
それ以上、声も出せずに張毅刑事は、あんぐりと口を開けたまま、ちょっぴりお転婆な表情で笑う方萌の顔を見つめていた。
＊＊＊
一通りの挨拶が終わって、まずはわざわざやって来た徐凱が口を開いた。
「改めまして、私は、浦東第3分署の徐凱刑事です。うちの管内で今朝、殺人と思われる事件が起きました。その被害者が、あなたの名刺を持っていましたので、お話を伺いに来たのです、ハワード・ベネットさん」
真面目で優秀な徐凱刑事は、慣れない若手ながら、丁寧に話しを進めていた。それをベネット氏に通訳するのは付き添う胡双で、ベネット氏の言葉を徐凱刑事や呉警部に通訳する役は楊偉捜査官が引き受けていた。
「お心当たりは？」
徐凱の質問に、ベネット氏だけでなく、胡双もまた眉を寄せた。
「それは、トーマス・カオというアメリカ人ですか？」
ベネット氏より先に胡双が重い口を開いた。
「そうです」
徐凱が言葉少なに答えると、通訳するまでもなく、察したベネット氏が大きな両手で顔を覆い、上体を倒して泣き崩れた。
「Oh, Tom, my friend, my goodness!」
大声で叫ぶベネット氏の沈痛な様子を、徐凱は同情的に見つめていたが、この感情豊かなアメリカ人的表現を、呉警部は大げさだと受け取った。
「…実は、ハワードと、トムは昔からの知り合いなのです。アメリカのエンタメ業界では、私立探偵に頼ることも、必要な時があるので…」
すでに事情を知る胡双は、ベネット氏を介することなく、自分たちとトーマス・カオとの関係を話し出した。
「トムは…。私たちは、トーマス・カオのことを、トムと呼んでいました。それほどに親しくしていたのです」
途中で気が付いて、楊偉が胡双の言葉をベネット氏に伝えた。彼は、ぐったりと項垂れながら、こくこくと小さく頷いていた。
「実は、私たち…というより、私が個人的なことをトムに依頼したいと言い出したのが、事の始まりです」
「と、いうと、胡双さん個人に関することを、トーマス・カオさんはこの上海で調査していた、と言うことですか？」
徐凱刑事は、トーマス・カオが倒れていた現場に落ちていた、いくつかのメモを思い浮かべながら、そう訊ねた。
胡双はそれに黙って首を上下に振って肯定した。
「トムには、すでにアメリカで調査を始めて貰っていました。トムは、ハワイのオアフ島出身で、今もそこに事務所を構えていますが、特別なルートを持っていて、アメリカ国内はもちろん、世界中の情報を集めることを得意としていました」
胡双の話からすると、トーマス・カオは顔の広いベテランで、優秀な探偵だったようだ。そんな探偵が、なぜこうも易々と命を落とすことになったのか、徐凱だけでなく、楊偉もスッキリしない気持ちだった。
「ちょうど、この上海公演が決まりそうだったのと、トムが、私が依頼していた内容が上海と関わっていると突き止めたのは、偶然にも同じ頃でした」
そこまで言って、感情を抑えるようにグッと拳を握り、唇を歪める胡双に、楊偉は自分を責めているのだろうと思った。自分が依頼をしたばかりに、友人がこの上海で凶悪な出来事に巻き込まれたのだと胡双は自責の念に押しつぶされそうになっていた。
そんなハワード・ベネットが、怯えた目をして、胡双に支えられていた。
胡双の楽屋である特別室から出て、ベネット氏が控室としていた、３号室の楽屋に集まったのは、胡双とベネットの他に、事情聴取をするために浦東第3分署から来た徐凱刑事、通訳など彼をサポートする国家安全局所属の楊偉捜査官、そして、どうしても同席すると言って割り込んできた静安署の呉警部だった。
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廊下に追い出され、目の前でドアを閉められた方萌刑事と張毅刑事は、鑑識課の到着を待つ間、手持無沙汰で、ちょっとふてくされていた。
「私だって、通訳だって、聴取のメモを取るのだって出来るのに…」
「なあ、方萌？」
唇を尖らせた方萌に、張毅は少し情けない顔をして話しかけた。
「なんですか？」
「あの、浦東第3分署の刑事とは…どう言う関係なんだよ」
言いにくそうな張毅とは違い、方萌はあっけらかんと答える。
「徐凱刑事ですか？高校時代の先輩ですよ」
その屈託の無さに、2人の関係を疑っていた張毅は、スッと眉間を開いた。
「あ、そうか～。高校の先輩か～」
何故かホッとした張毅を、気にも留めていない様子で、方萌はあっけらかんと付け加えた。
「敢えて言うなら、初恋の人…かな？」
「！は、はつ…初恋？」
それ以上、声も出せずに張毅刑事は、あんぐりと口を開けたまま、ちょっぴりお転婆な表情で笑う方萌の顔を見つめていた。
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一通りの挨拶が終わって、まずはわざわざやって来た徐凱が口を開いた。
「改めまして、私は、浦東第3分署の徐凱刑事です。うちの管内で今朝、殺人と思われる事件が起きました。その被害者が、あなたの名刺を持っていましたので、お話を伺いに来たのです、ハワード・ベネットさん」
真面目で優秀な徐凱刑事は、慣れない若手ながら、丁寧に話しを進めていた。それをベネット氏に通訳するのは付き添う胡双で、ベネット氏の言葉を徐凱刑事や呉警部に通訳する役は楊偉捜査官が引き受けていた。
「お心当たりは？」
徐凱の質問に、ベネット氏だけでなく、胡双もまた眉を寄せた。
「それは、トーマス・カオというアメリカ人ですか？」
ベネット氏より先に胡双が重い口を開いた。
「そうです」
徐凱が言葉少なに答えると、通訳するまでもなく、察したベネット氏が大きな両手で顔を覆い、上体を倒して泣き崩れた。
「Oh, Tom, my friend, my goodness!」
大声で叫ぶベネット氏の沈痛な様子を、徐凱は同情的に見つめていたが、この感情豊かなアメリカ人的表現を、呉警部は大げさだと受け取った。
「…実は、ハワードと、トムは昔からの知り合いなのです。アメリカのエンタメ業界では、私立探偵に頼ることも、必要な時があるので…」
すでに事情を知る胡双は、ベネット氏を介することなく、自分たちとトーマス・カオとの関係を話し出した。
「トムは…。私たちは、トーマス・カオのことを、トムと呼んでいました。それほどに親しくしていたのです」
途中で気が付いて、楊偉が胡双の言葉をベネット氏に伝えた。彼は、ぐったりと項垂れながら、こくこくと小さく頷いていた。
「実は、私たち…というより、私が個人的なことをトムに依頼したいと言い出したのが、事の始まりです」
「と、いうと、胡双さん個人に関することを、トーマス・カオさんはこの上海で調査していた、と言うことですか？」
徐凱刑事は、トーマス・カオが倒れていた現場に落ちていた、いくつかのメモを思い浮かべながら、そう訊ねた。
胡双はそれに黙って首を上下に振って肯定した。
「トムには、すでにアメリカで調査を始めて貰っていました。トムは、ハワイのオアフ島出身で、今もそこに事務所を構えていますが、特別なルートを持っていて、アメリカ国内はもちろん、世界中の情報を集めることを得意としていました」
胡双の話からすると、トーマス・カオは顔の広いベテランで、優秀な探偵だったようだ。そんな探偵が、なぜこうも易々と命を落とすことになったのか、徐凱だけでなく、楊偉もスッキリしない気持ちだった。
「ちょうど、この上海公演が決まりそうだったのと、トムが、私が依頼していた内容が上海と関わっていると突き止めたのは、偶然にも同じ頃でした」
そこまで言って、感情を抑えるようにグッと拳を握り、唇を歪める胡双に、楊偉は自分を責めているのだろうと思った。自分が依頼をしたばかりに、友人がこの上海で凶悪な出来事に巻き込まれたのだと胡双は自責の念に押しつぶされそうになっていた。
