第3章 第2の事件
ヴィヴィアンに毒を飲ませたとして、胡双を疑ってかかった呉警部は、部下の張毅に、胡双を署に連行するよう命令したのだが、その直後、方萌から報告が入った。それにより、顧警部と方萌が、事件現場である金煌麗都劇場に居ると知って、急遽、自分も現場に出向くと言い出したのだ。そのせいで張毅は警部を待って出遅れてしまい、この楽屋の特別室への到着が今となってしまったのだ。
そして、やっと到着するなり張毅が目にしたのが、新人の方萌刑事が、見知らぬ男に抱きかかえられているところだった。
「方萌。大丈夫だった?」
しょんぼりした方萌も意外だが、2人の親密な様子が張毅には驚きだった。
「顧警部。鑑識を呼ばれたそうですね。もうすぐ来ますよ」
エリート意識が強い呉警部は、叩き上げの顧警部を見下したようなところがある。しかし、署内における捜査の信頼性は顧警部のほうに軍配が上がる。どうしても少しだけ年上の顧警部を、呉警部はライバル視してしまうのだ。
「盗難事件ですって?胡双さんに関係する?」
胡双を疑う呉警部はニヤリとした。が、すぐに見知らぬ人間に気付いた。
「そちらは?」
方萌を労わる徐凱刑事ではなく、大柄な白人のハワード・ベネットに寄り添う、スラリと見た目の良い楊偉を呉警部は冷ややかに見つめた。地味な服装ではあるが、その凛とした態度や、無駄のない身のこなしなど、洗練されたエリート感がある楊偉に、呉警部は一方的な対抗意識を持った。この場に居る「エリート」は自分1人で十分だという自負さえ感じられる。
「私は、国家安全局国際部所属で、アメリカ大使館から委任されて今回の事件の捜査をしています、楊偉と申します」
楊偉の身分に、ハッとしたのは呉警部だけでは無かった。徐凱刑事もまた、息を飲んで顔を上げた。
「アメリカ大使館の委任ですか?」
思わず割り込んだ徐凱刑事をもまた、呉警部は小バカにしたように薄笑いで見る。だが、楊偉捜査官は紳士的な態度で、徐凱刑事に向き直った。
「実は、こちらの事件の被害者もアメリカ国籍なので…」
言いかけた徐凱刑事に詰め寄ったのは、意外にもハワード・ベネットだった。それまで、胡双からただ1人英語で状況の説明を受けていたベネット氏だったが、徐凱刑事の管轄で起きた事件がアメリカ人だと聞いて動転した。
「Mr. Bennett! Please calm down!(ベネットさん、落ち着いて下さい)」
慌てて楊偉捜査官が引き留めるが、ベネット氏は冷静ではなくなっていた。初対面の徐凱刑事に掴みかかる勢いで、何かを大声で叫ぶ敏腕マネージャーの動揺は、その場の雰囲気を一気に不穏なものにした。
「それは、どこのホテルで、被害者の名前は?」
叫ぶベネット氏を、胡双と楊偉捜査官が抑えているが、そのパニックが伝染したように、王淑芬が青い顔をして質問した。
「方萌、張毅、ベネットさんを徐凱刑事と一緒に隣へ。聴取は、徐凱刑事と楊捜査官に任せよう」
その場のとっさの判断で顧警部が指示するが、呉警部はそれが気に入らなかった。間もなく署内の鑑識課が到着するのだ。彼らの前で、顧警部が主導権を握っていると思われるのが気に入らない。
「国をまたぐような事件は、軍に任せろということですか」
呉警部は、顧警部と楊偉捜査官にたっぷりの皮肉を込めてそう言うが、顧警部は慣れているのか素知らぬ顔をしている。
「所轄をないがしろにしての捜査とは、まるでFBIですな」
知識をひけらかすような口調の呉警部だが、誰一人反応はしない。
(なんか、無駄の多い人だなあ)
口にこそ出さないが、小敏も内心呆れて呉警部を観察していた。
「ご理解が早くて助かります。私は、交換研修でFBIのアカデミーのトレーニングも受けましたから」
決して自慢する風でもなく、穏やかな笑みさえ浮かべて、楊偉捜査官が淡々と言った。
(うわ~、めっちゃカッコイイじゃん)
そう思った小敏は、楊偉捜査官の方をチラリと見て、ニッと笑った。楊偉も一瞬小敏と視線が合うが、表情も変えない。
楊偉は、胡双とベネット氏にネイティブかと思うような英語で説明をし、鍵を受け取り、方萌に預けた。
「ええか、お前はこっちの事件のあらましを徐凱刑事に説明したら戻って来い。張毅は呉警部の指示に従え」
顧警部の一言を合図に全員が動き出した。
胡双とベネットは、方萌刑事と張毅刑事の後について、特別室を出て、徐凱と楊偉は軽く互いの事件に関する情報を交換した。
「あ、楊偉さん、ボクは?」
「坊やは、鑑識が来るまでここで待機や。王さんも、ここで待ってもらいまっせ」
顧警部の当たりは柔らかいのに、どこか逆らえない威圧感に、従うしかない小敏と王淑芬は、途方に暮れたように顔を見合わせた。
そして、やっと到着するなり張毅が目にしたのが、新人の方萌刑事が、見知らぬ男に抱きかかえられているところだった。
「方萌。大丈夫だった?」
しょんぼりした方萌も意外だが、2人の親密な様子が張毅には驚きだった。
「顧警部。鑑識を呼ばれたそうですね。もうすぐ来ますよ」
エリート意識が強い呉警部は、叩き上げの顧警部を見下したようなところがある。しかし、署内における捜査の信頼性は顧警部のほうに軍配が上がる。どうしても少しだけ年上の顧警部を、呉警部はライバル視してしまうのだ。
「盗難事件ですって?胡双さんに関係する?」
胡双を疑う呉警部はニヤリとした。が、すぐに見知らぬ人間に気付いた。
「そちらは?」
方萌を労わる徐凱刑事ではなく、大柄な白人のハワード・ベネットに寄り添う、スラリと見た目の良い楊偉を呉警部は冷ややかに見つめた。地味な服装ではあるが、その凛とした態度や、無駄のない身のこなしなど、洗練されたエリート感がある楊偉に、呉警部は一方的な対抗意識を持った。この場に居る「エリート」は自分1人で十分だという自負さえ感じられる。
「私は、国家安全局国際部所属で、アメリカ大使館から委任されて今回の事件の捜査をしています、楊偉と申します」
楊偉の身分に、ハッとしたのは呉警部だけでは無かった。徐凱刑事もまた、息を飲んで顔を上げた。
「アメリカ大使館の委任ですか?」
思わず割り込んだ徐凱刑事をもまた、呉警部は小バカにしたように薄笑いで見る。だが、楊偉捜査官は紳士的な態度で、徐凱刑事に向き直った。
「実は、こちらの事件の被害者もアメリカ国籍なので…」
言いかけた徐凱刑事に詰め寄ったのは、意外にもハワード・ベネットだった。それまで、胡双からただ1人英語で状況の説明を受けていたベネット氏だったが、徐凱刑事の管轄で起きた事件がアメリカ人だと聞いて動転した。
「Mr. Bennett! Please calm down!(ベネットさん、落ち着いて下さい)」
慌てて楊偉捜査官が引き留めるが、ベネット氏は冷静ではなくなっていた。初対面の徐凱刑事に掴みかかる勢いで、何かを大声で叫ぶ敏腕マネージャーの動揺は、その場の雰囲気を一気に不穏なものにした。
「それは、どこのホテルで、被害者の名前は?」
叫ぶベネット氏を、胡双と楊偉捜査官が抑えているが、そのパニックが伝染したように、王淑芬が青い顔をして質問した。
「方萌、張毅、ベネットさんを徐凱刑事と一緒に隣へ。聴取は、徐凱刑事と楊捜査官に任せよう」
その場のとっさの判断で顧警部が指示するが、呉警部はそれが気に入らなかった。間もなく署内の鑑識課が到着するのだ。彼らの前で、顧警部が主導権を握っていると思われるのが気に入らない。
「国をまたぐような事件は、軍に任せろということですか」
呉警部は、顧警部と楊偉捜査官にたっぷりの皮肉を込めてそう言うが、顧警部は慣れているのか素知らぬ顔をしている。
「所轄をないがしろにしての捜査とは、まるでFBIですな」
知識をひけらかすような口調の呉警部だが、誰一人反応はしない。
(なんか、無駄の多い人だなあ)
口にこそ出さないが、小敏も内心呆れて呉警部を観察していた。
「ご理解が早くて助かります。私は、交換研修でFBIのアカデミーのトレーニングも受けましたから」
決して自慢する風でもなく、穏やかな笑みさえ浮かべて、楊偉捜査官が淡々と言った。
(うわ~、めっちゃカッコイイじゃん)
そう思った小敏は、楊偉捜査官の方をチラリと見て、ニッと笑った。楊偉も一瞬小敏と視線が合うが、表情も変えない。
楊偉は、胡双とベネット氏にネイティブかと思うような英語で説明をし、鍵を受け取り、方萌に預けた。
「ええか、お前はこっちの事件のあらましを徐凱刑事に説明したら戻って来い。張毅は呉警部の指示に従え」
顧警部の一言を合図に全員が動き出した。
胡双とベネットは、方萌刑事と張毅刑事の後について、特別室を出て、徐凱と楊偉は軽く互いの事件に関する情報を交換した。
「あ、楊偉さん、ボクは?」
「坊やは、鑑識が来るまでここで待機や。王さんも、ここで待ってもらいまっせ」
顧警部の当たりは柔らかいのに、どこか逆らえない威圧感に、従うしかない小敏と王淑芬は、途方に暮れたように顔を見合わせた。
