第3章 第2の事件

「チューリップの、花言葉、ですか?」

 方萌はチンプンカンプンという表情で、大きな目をクリクリさせて、小敏と敬愛する顧警部の顔を見比べていた。

「うん。ボク、前に『お花シリーズ』って日本の児童文学の翻訳をしたんだ。そこに花言葉がいっぱい出てくるんで、花言葉にはちょっと詳しいんだ。特に、チューリップは得意なんだよね~」

 そう言いながら小敏は頭の中で、自分が用意したチューリップがきっかけとなり結ばれた、従兄と親友の顔を思い浮かべていた。
 そんな、自慢げな小敏に、楊偉は目を細め、他の者は意味が分からずに、目が点になり言葉も失っていた。

「チューリップには『愛の告白』とか、可愛い花言葉が多いんだけど、黄色のチューリップはちょっとひと癖あるんだな」

 ここで小敏はニヤリとして一息ついた。

「黄色のチューリップには、胡双さんに相応しい『名声』って意味もあるんだけど、『報われぬ恋』ってちょっと切ない意味があるんだよ」
「『報われぬ恋』…?」

 小敏の言葉を理解できないハワードだけが、ポカンとしていたが、気付いた胡双が急いで通訳すると、大柄な白人はいかにもアメリカ人らしいボディーランゲージで、両手を上げて肩を竦めた。
 その様子に、顧警部が何かに気付いて、方萌に囁いた。黙ってその指示に頷くと、方萌は捜査用の手袋を取り出し、それをはめると素早く胡双に近寄った。

「胡双さん、その花束は犯人が持ち込んだものと考えられます。もちろん、ヴィヴィさんの事件の犯人とは限りませんが、それでも、今は少なくとも盗難事件の証拠品となりますので、こちらでお預かりします」

 方萌が警官らしい口調でそう言うと、胡双は黙って手にした花束を差し出した。

「盗難があった以上、これから鑑識が来ます。申し訳ありませんが、犯人から除外するために、後ほど皆さまの指紋を取らせていただきます」

 方萌はそう言って、静安署の鑑識課に連絡を入れるために、警部たちを残して、この楽屋から出て行った。

「『報われぬ恋』というのは…、誰かが、胡双に、ってことですの?」

 王淑芬が腑に落ちない様子でそう言うと、顧警部も顔を歪めた。

「しかも、チューリップには本数にも意味があってね」

 したり顔の小敏に、注目が集まる。

「それ、何本ある?」

 方萌が胡双から預かり、顧警部の前に置いた花束を、小敏は指さした。すぐに楊偉が反応して、花束を覗き込む。

「17本…ですね」

 楊偉の答えに、小敏は自分のスマホを取り出した。

「ちょっと待ってね。さすがにそこまでは覚えて無くて…」

 そう言って、お得意の人タラシのカワイイ笑顔で周囲を魅了し、小敏は手慣れた仕草で検索をした。

「う~ん、17本の黄色いチューリップか…」

 検索結果を見た小敏は、難しい顔になった。

「ほら、もったいぶらずに早よ言うてみ」

 焦らされた顧警部が、小敏を急かせた。

「あ、ごめんなさい。『17本の黄色いチューリップの花束』と言うのは、『報われぬ恋』と『絶望の愛』を意味するようですよ」
「報われぬ…絶望…」

 暗い顔をして胡双が呟いた。そのメッセージが、自身に向けられたものか、ヴィヴィに向けられたものか、未だ答えは出ないが、どちらにしろ、自分に何らかの関りがあると思うと気が沈む胡双だった。

***

 胡双の特別室を出てすぐの廊下で、方萌は鑑識課に電話で依頼をし、そのまま殺人課にも報告を入れた。顧警部がこういった連携が苦手なのは、事前に知らされていたからだ。
 すべきことを済ませ、再び警部たちがいる楽屋に戻ろうとした時だった。

「失礼ですが、静安署の方ですか?」

 廊下の向こうから声を掛けられ、慌てて方萌は振り返った。

「はい?」

 素直に答えた方萌だが、目の前の真面目そうな青年に見覚えがあるような気がして、不躾にジッと見つめてしまった。

「私は、浦東第3分署の徐凱と言います。実は…」
「徐凱先輩っ!」

 徐凱が名乗った途端、方萌が話も聞かずに大声を上げた。

「え?…先輩って…。もしかして、君、方萌?」
「そうです!同じ高校だった方萌です!」
「わ~、見違えたよ~。すっかりキレイな女性になったね」
「そんな…。先輩だって…」

 まさか、こんな所でこんな風に再会できるとは思っていなかった方萌は、胸がいっぱいでそれ以上何も言えなくなった。
 あれは方萌が高中1年の時。徐凱は3年で、決して目立つタイプではなかったが、真面目で成績が良く、いつも図書館で読書か勉強をしている、そんな優等生だった。

「君も警官に?」

 徐凱刑事の質問にも、大きく頷くだけで、懐かしそうに先輩を見つめる方萌だった。






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