第3章 第2の事件

 元気いっぱいで自己紹介をした方萌巡査を、楊偉捜査官も羽小敏も好意的に受け止めていた。

「それ、今人気のグミだよね?」

 方萌の手の中のパッケージを覗き込むようにして、小敏が話しかけると、方萌は嬉しそうに反応した。

「そうです!知ってました?」
「うん。一度だけ食べたことあるんだ~」

 ちょっと羨ましそうに言う小敏に、方萌はすぐに気が付いて、気前よく袋を差し出した。

「食べます?」
「いいの?嬉しいな~」

 和気あいあいとお菓子を分け合い始めた方萌と小敏をよそに、素知らぬ顔をしながらも、警戒心を内に秘めた「刑事」の眼差しで、顧警部は楊偉を見据えた。

「で、こちらさんは何者で?」

 顧警部が低い声で言うと、楊偉は一瞬、探るように警部を見ると、すぐに姿勢を正して敬意を表し、丁寧な口調で名乗った。

「初めまして、私は国家安全局より、アメリカ大使館の委任を受けて参りました、楊偉捜査官です」
「軍人さんでっか?」

 ちょっとからかうような口調で、警部は口元を歪めた。

「はい。今回の被害者に何が起きたのかを、アメリカ大使館に報告するのが私の仕事です。警部の捜査のお邪魔をするつもりはありません」

 楊偉捜査官の真摯な態度に、少し態度を軟化させた顧警部は、楊偉が差し出した手をしばらく見つめてから握り返した。

「よろしくお願いします」

 楊偉はさらに、丁重に頭を下げ、警部からの信頼を勝ち得ようとしていた。

「で、あんたさんは捜査官やとして…。そっちの坊やは、なんやねん?」

 すでに、グミを食べながら、すっかり仲良しという雰囲気で話し込んでいる方萌と小敏を、顎で指し示しながら、顧警部は楊偉捜査官に訊ねた。

「彼は、羽小敏。貴重な証言をしてくれる証人です」
「証人?」

 その一言に、顧警部は顔色を変えて椅子から立ち上がった。

「そうなの?」
「そうなんだよ」

 そんな中でも、方萌と小敏は、あっけらかんと笑いながらグミを噛んでいた。

「小敏さん。顧警部にご挨拶を」
「あ、失礼!」

 楊偉に促され、小敏も慌てて顧警部の前に進み出て、手を差し出した。

「初めまして、ボク、羽小敏と言います。昨日は、2階の『梅香室』にいました」

 テキパキと答える小敏に、顧警部は少し眉をひそめた。

「随分、場慣れした『証人』さんですな」
「へ?」

 顧警部の皮肉に、小敏はキョトンとして楊偉の顔を振り仰いだ。

「彼は、その…、何というか、無邪気なんです」

 楊偉は困ったように笑いながら言い訳するが、顧警部は自分が「証人」をでっち上げたと思っているのだと分かっていた。

「彼の身元は確かですし、『梅香室』に一緒に居たのも、上海経済界の大物です」

 楊偉が悠然と答えると、顧警部はわずかに眉を上げた。

「誰と一緒だったんですか?」

 臆することを知らない方萌が、顧警部の背後から小敏を覗き込むように訊ねた。それは、捜査のためと言うよりも、好奇心としか見えない。

「あ、唐煜瓔さんだよ。ボク、唐煜瓔さんの弟の唐煜瑾と元同級生で親友なんだ」
「何ですって!『あの』唐煜瑾とお知り合いなの!」
「声が大きい…」

 方萌が顧警部の耳元で大声を出したせいで、顧警部は迷惑そうに顔を歪めた。

「あ、ごめんなさい!でも、顧警部、唐煜瑾さんと言えば、『唐家の至宝』と呼ばれてて、類稀な美貌や才能の持ち主なのに、めったにマスコミや社交界に出ないから、『幻の王子さま』とも言われているんですよ!」
「で?」

 人気のアイドルの話をするかのように興奮気味の方萌に、あきれ果てた顧警部は冷ややかだった。

「本当だよ!煜瑾はとっても美人で、賢くて優しくて、芸術の才能があって…とにかく、本当に『王子さま』なんだ」

 思わぬところで親友の「大ファン」に出会い、小敏も嬉しそうだ。

「小敏さん」

 優しい笑顔と口調で楊偉に窘められ、小敏は慌てて顧警部の方を見てペコリと頭を下げた。

「あの、ここにステージのワゴンの上にあったものって、置いてありますか?」
「ワゴン?」

 意表を突かれた顧警部は、反射的に広い楽屋内を見渡した。

「あ、あれじゃないですか?シャンパンの瓶がありますよ!」

 目敏く方萌が指摘すると、全員の視線がそこに集まった。
 昨夜のステージで使用されたものと同じシャンパンとエビアンの瓶が、鏡台の前に並んでいた。

「これは違うよ。どっちも封がしてある」

 確かに、どちらも未開封の新品の瓶だった。
 ステージ上で開封された瓶は、全て内容物を調べるために警察に回収されたのだ。そして、その中に毒物は無かったと確認されている。

「瓶じゃなくて、それが入っていたバケツを探しているんだ」

 小敏の言葉に、顧警部の顔に緊張が走った。






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