第3章 第2の事件
「よければ、文維が帰るまで、私が残るわ」
心配そうな唐煜瓔のために、恭安楽が申し出ると、煜瑾も嬉しそうに振り返った。
「おかあさまがいて下さったら、私も嬉しいです」
素直な煜瑾に、唐煜瓔も安心したのか、弟を優しくハグをすると、恭安楽に礼を述べた。
「では、お義母さま。まだ煜瑾も万全ではないと思いますので、よろしくお願いします」
「任せておいて。せっかく唐家のアップルパイがあるんですもの。煜瑾ちゃんと一緒に美味しくいただかなくちゃ」
茶目っ気たっぷりで恭安楽が言うと、煜瑾も嬉しそうに目を輝かせた。
「では、私もそろそろクリニックに戻ります」
文維までがそう言い出し、煜瑾はちょっと心細い目をした。
「煜瑾。最後に念のため診察しておきましょう。ちょっと、寝室へ…」
文維はそう言って、煜瑾を寝室に連れて行こうとした。
「では、唐煜瑾さん、お大事に。文維先生も、貴重なご意見ありがとうございました」
楊偉は、先に2人に礼を述べ、小敏と共に、現場である金煌麗都劇場へと向かった。
唐煜瓔と茅執事も、時を同じくしてこの場から離れることになった。
「楊偉捜査官、小敏、気を付けて!お兄さま、茅執事もありがとう」
煜瑾は、それぞれが立ち去る前に、きちんと挨拶をして、文維の言う通り寝室に消えた。
***
寝室で2人きりになるなり、文維は突然に煜瑾を抱き締めた。
「文維…」
お互いに離れがたい愛情を感じて、煜瑾も腕を文維の背に回し、ギュッと抱き返す。
「私は、心配しているんです」
腕の中の煜瑾に、切ない声で文維が囁く。その声が濃艶で、煜瑾はドキドキしてしまう。それでも、愛する人に心配を掛けまいと、笑顔で応えた。
「私はもう、熱も下がりましたし、みんなの顔を見られて、元気になりましたよ」
無邪気な煜瑾に、いつもの穏やかで紳士的な文維の顔つきが、厳しいものに変わった。
「そうではありません…。煜瑾は先ほど、あの捜査官を見て、赤くなったでしょう?」
「私が?そ、そんなこと…」
確かに、一瞬とはいえ、あの楊偉のミステリアスで精緻な美貌に見惚れていた煜瑾は、ほんの少し文維に対して後ろめたい気持ちになったのは確かだった。
「君が、私以外の男に、心惹かれるなんて…。私には我慢できません」
「文維…そ、そんな…」
文維の露骨な嫉妬心に、純真な煜瑾は動揺してしまう。一方で、それほどに愛されているのだと感じられて、いたたまれない気持ちにもなる。
「いけない子、ですね、煜瑾は」
「いけない、子?」
甘すぎるほど甘く、艶めかしい声で、文維が煜瑾の耳元で囁いた。それに驚いて、煜瑾は澄み切った大きな黒い瞳で文維を見返した。
「そうですよ。私を、こんなに嫉妬させるなんて、悪い子だ」
にっこりと笑って文維はそう言い、そのまま煜瑾の柔らかな唇を奪ってしまった。
「文維…。イイ子で待っているので、今夜は早く帰って来て下さいね」
恥ずかしそうな煜瑾の、可愛いわがままを、文維は2度目のキスで約束した。
***
楊偉捜査官が運転する、地味な黒い国産車の助手席で、羽小敏はボンヤリ車窓を眺めていた。
「あのさ~」
「なんですか?」
唐突に口を開いた小敏に、驚いた様子もなく、静かに楊偉は聞き返した。
「ボク、うちのパパの仕事ってよく知らないんだけどさ~」
「諜報関係のお仕事ですからね。知らなくて、当然…というか、知らない方がいいんですよ」
そう言って、フッと笑った楊偉の横顔に、小敏は複雑な思いがよぎる。
「それは分かってるんだ。だから、あなたのこと、信頼できるのかなあ、って思うんだよね。」
父親の羽厳将軍が、最年少の情報将校で、加えてかなり有能で、誰も知らないところで権力を持っていることは、いくら隠されたこととは言え、家族である以上、小敏は薄々感じ取っている。
要するに、スパイ組織の首領だ、と小敏は思っている。人を騙し、人を裏切るスパイの仕事を取り仕切る父を、家族として愛する傍ら、どこか小敏は警戒しているのだ。
そんな父の部下だった男。つまりは、この男も人を欺くのが仕事なのだ、と小敏はイヤな気持ちになる。
「スパイだから、ですか?」
「せめて、『スパイだったから』って、過去形に出来ない?」
冗談めかして小敏が言うと、楊偉はハンドルを握りながら、チラリと小敏を見て笑った。
「今の私は、あなたのお父さまの配下ではなく、間違いなく国安局所属で、アメリカ大使館の代理として捜査しています」
真っ直ぐに前を見て話す楊偉に、誠意を見た小敏は、無邪気で人タラシらしい笑顔で言った。
「取り敢えず、今はあなたを信用するしかないか~。あなたは有能そうだし、きっちり事件を解決してくれそうだもんね」
「信頼に応えるよう、努力しますね」
2人は声を上げて笑いながら、金煌麗都劇場へと向かった。
心配そうな唐煜瓔のために、恭安楽が申し出ると、煜瑾も嬉しそうに振り返った。
「おかあさまがいて下さったら、私も嬉しいです」
素直な煜瑾に、唐煜瓔も安心したのか、弟を優しくハグをすると、恭安楽に礼を述べた。
「では、お義母さま。まだ煜瑾も万全ではないと思いますので、よろしくお願いします」
「任せておいて。せっかく唐家のアップルパイがあるんですもの。煜瑾ちゃんと一緒に美味しくいただかなくちゃ」
茶目っ気たっぷりで恭安楽が言うと、煜瑾も嬉しそうに目を輝かせた。
「では、私もそろそろクリニックに戻ります」
文維までがそう言い出し、煜瑾はちょっと心細い目をした。
「煜瑾。最後に念のため診察しておきましょう。ちょっと、寝室へ…」
文維はそう言って、煜瑾を寝室に連れて行こうとした。
「では、唐煜瑾さん、お大事に。文維先生も、貴重なご意見ありがとうございました」
楊偉は、先に2人に礼を述べ、小敏と共に、現場である金煌麗都劇場へと向かった。
唐煜瓔と茅執事も、時を同じくしてこの場から離れることになった。
「楊偉捜査官、小敏、気を付けて!お兄さま、茅執事もありがとう」
煜瑾は、それぞれが立ち去る前に、きちんと挨拶をして、文維の言う通り寝室に消えた。
***
寝室で2人きりになるなり、文維は突然に煜瑾を抱き締めた。
「文維…」
お互いに離れがたい愛情を感じて、煜瑾も腕を文維の背に回し、ギュッと抱き返す。
「私は、心配しているんです」
腕の中の煜瑾に、切ない声で文維が囁く。その声が濃艶で、煜瑾はドキドキしてしまう。それでも、愛する人に心配を掛けまいと、笑顔で応えた。
「私はもう、熱も下がりましたし、みんなの顔を見られて、元気になりましたよ」
無邪気な煜瑾に、いつもの穏やかで紳士的な文維の顔つきが、厳しいものに変わった。
「そうではありません…。煜瑾は先ほど、あの捜査官を見て、赤くなったでしょう?」
「私が?そ、そんなこと…」
確かに、一瞬とはいえ、あの楊偉のミステリアスで精緻な美貌に見惚れていた煜瑾は、ほんの少し文維に対して後ろめたい気持ちになったのは確かだった。
「君が、私以外の男に、心惹かれるなんて…。私には我慢できません」
「文維…そ、そんな…」
文維の露骨な嫉妬心に、純真な煜瑾は動揺してしまう。一方で、それほどに愛されているのだと感じられて、いたたまれない気持ちにもなる。
「いけない子、ですね、煜瑾は」
「いけない、子?」
甘すぎるほど甘く、艶めかしい声で、文維が煜瑾の耳元で囁いた。それに驚いて、煜瑾は澄み切った大きな黒い瞳で文維を見返した。
「そうですよ。私を、こんなに嫉妬させるなんて、悪い子だ」
にっこりと笑って文維はそう言い、そのまま煜瑾の柔らかな唇を奪ってしまった。
「文維…。イイ子で待っているので、今夜は早く帰って来て下さいね」
恥ずかしそうな煜瑾の、可愛いわがままを、文維は2度目のキスで約束した。
***
楊偉捜査官が運転する、地味な黒い国産車の助手席で、羽小敏はボンヤリ車窓を眺めていた。
「あのさ~」
「なんですか?」
唐突に口を開いた小敏に、驚いた様子もなく、静かに楊偉は聞き返した。
「ボク、うちのパパの仕事ってよく知らないんだけどさ~」
「諜報関係のお仕事ですからね。知らなくて、当然…というか、知らない方がいいんですよ」
そう言って、フッと笑った楊偉の横顔に、小敏は複雑な思いがよぎる。
「それは分かってるんだ。だから、あなたのこと、信頼できるのかなあ、って思うんだよね。」
父親の羽厳将軍が、最年少の情報将校で、加えてかなり有能で、誰も知らないところで権力を持っていることは、いくら隠されたこととは言え、家族である以上、小敏は薄々感じ取っている。
要するに、スパイ組織の首領だ、と小敏は思っている。人を騙し、人を裏切るスパイの仕事を取り仕切る父を、家族として愛する傍ら、どこか小敏は警戒しているのだ。
そんな父の部下だった男。つまりは、この男も人を欺くのが仕事なのだ、と小敏はイヤな気持ちになる。
「スパイだから、ですか?」
「せめて、『スパイだったから』って、過去形に出来ない?」
冗談めかして小敏が言うと、楊偉はハンドルを握りながら、チラリと小敏を見て笑った。
「今の私は、あなたのお父さまの配下ではなく、間違いなく国安局所属で、アメリカ大使館の代理として捜査しています」
真っ直ぐに前を見て話す楊偉に、誠意を見た小敏は、無邪気で人タラシらしい笑顔で言った。
「取り敢えず、今はあなたを信用するしかないか~。あなたは有能そうだし、きっちり事件を解決してくれそうだもんね」
「信頼に応えるよう、努力しますね」
2人は声を上げて笑いながら、金煌麗都劇場へと向かった。
