第3章 第2の事件
捜査官の楊偉は、唐家の有能な茅執事に、水を1杯求めた。
それに合わせたように、煜瑾たちも喉の渇きを覚える。
「我々にも、飲み物を」
唐煜瓔の命で、茅執事は恭しい態度でキッチンに下がった。
重い空気に、誰しもが沈黙し、動きさえも止める中、羽小敏だけは、ポテトサラダや焼き小籠包を旺盛な食欲で片付けていた。
「お待たせしました」
茅執事が運んで来たのは、グラスに入った、冷えた自家製のレモネードと、空のグラスと瓶入りのミネラルウォーターだった。粛々と各自に配り終えると、茅執事は一礼した。
それを合図にしたように、楊偉は自分が頼んだ水ではなく、唐家のご自慢のレモネードを口にした。
「ふう、美味しいですね。さすが唐家のオリジナルだ」
それでひと心地ついたように、楊偉はホッと小さく息を吐いた。
それにつられたように、煜瑾たちもレモネードに手を付けた。新鮮なレモンを贅沢に使い、ニュージーランド産の高級ハチミツを使った、芳醇な味わいのレモネードだ。もちろん、煜瑾のお気に入りで、それを承知で茅執事が唐家専属のシェフに用意させたものだった。
「では…。これは私の推理、というより、まだ妄想の域を出ませんが、お聞きいただきましょう」
改めて楊偉が話始めると、せっかく和んだその場の雰囲気が緊張した。
「Dr.Hooこと、胡双のアシスタントのヴィヴィアン・カンは、何らかの方法で…おそらくは、サプリか何かだと言われて、降圧剤を服用させられていた。そこへ、夾竹桃の毒を含んだ氷を口にした。そのため遅効性のはずのオレアンドリンがその場で反応し、ヴィヴィアン・カンは死に至った…」
そこまでの説明に、誰しもが疑問を抱いた。
一体、誰が、何のために?
「これは、計画的に、ヴィヴィアンをステージ上で殺そうとした。…つまり、誰かがDr.Hooのステージを妨害しようとした、ということではないでしょうか」
楊偉はそこまで言って、もう一度レモネードのグラスを取り、残りを一息で飲み干した。
「ひどい…」
心優しい煜瑾が、悲壮な表情で呟いた。
「あんなに楽しいマジックショーを邪魔する人が居るなんて…。それだけの理由で、あんなに美しく、活き活きと輝いていた女性の命を奪うなんて…」
この世界の残酷さを思い知らされて、煜瑾は汚れを知らない大きな黒い瞳を潤ませた。
「唐家の『天使』は、本当に心清らかで、正直で、清純な心をお持ちなのですね」
皮肉ではなく、心から感心したように楊偉は言った。
「この天使のためにも、私はぜひ、犯人を捕えたいと思っています」
真摯な眼差しで楊偉捜査官はそう言って、立ち上がった。
「小敏さんの証言を足掛かりに、私は捜査に戻ります」
「ボクも!」
これまで食べることに集中していると思われた小敏が、楊偉を追うように腰を上げた。
「小敏!」
母代わりである恭安楽が、いつにない厳しい声を上げた。息子と同じく育てた大切な甥が、好奇心だけで危険なところに踏み込もうとすることを察して、先んじて止めようとしたのだ。
「叔母さま…」
一瞬、小敏も恭安楽の深い愛情を感じて、躊躇した。
「それでは、私はこれで失礼します。本当に、美味しいランチをありがとうございました」
楊偉は何事も無かったかのように、丁寧に礼をして去ろうとした。
「ボクも行くよ!ボクの証言が必要なんでしょう?」
それは、いつものような、いたずら好きな少年の顔ではなく、思慮深い知的な表情で小敏が言った。
「小敏…」
心配になった煜瑾が、小敏をじっと見つめるが、止めようとはしなかった。親友の正義感と勇気を、誰よりも信じているからだ。
「ボクは、ボクがすべきことをするだけだよ。危険なことはしない」
そう言って小敏は、定番とも言える人タラシの無邪気な笑顔を浮かべた。
「万が一のことがあっても、このイケメンの捜査官が守ってくれるよ」
楊偉の方を見て、そう言った小敏は、愛くるしいほどのウィンクを送った。それを受けて、楊偉は参った、というように苦笑した。
「分かりました。小敏さんには、証言の確認のために、現場検証にご同道いただきましょう」
そのまま、小敏を連れて楊偉が立ち去ろうとすると、おもむろに唐煜瓔も立ち上がる。
「私も、午後から仕事がある。これで失礼するよ」
「お兄さま、ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
煜瑾がそう言って、もう自分は大丈夫というように、明るい笑顔を見せると、唐煜瓔もまた、大切な弟を労わるように微笑みかけた。
「必要であれば、茅執事は置いて行くが?」
兄の言葉に、煜瓔は首を横に振った。煜瑾は、文維と暮らし始めてから、ずっと兄からの自立を目指して研鑽しているのだ。体調も戻った以上、唐家に頼るつもりはなかった。
それに合わせたように、煜瑾たちも喉の渇きを覚える。
「我々にも、飲み物を」
唐煜瓔の命で、茅執事は恭しい態度でキッチンに下がった。
重い空気に、誰しもが沈黙し、動きさえも止める中、羽小敏だけは、ポテトサラダや焼き小籠包を旺盛な食欲で片付けていた。
「お待たせしました」
茅執事が運んで来たのは、グラスに入った、冷えた自家製のレモネードと、空のグラスと瓶入りのミネラルウォーターだった。粛々と各自に配り終えると、茅執事は一礼した。
それを合図にしたように、楊偉は自分が頼んだ水ではなく、唐家のご自慢のレモネードを口にした。
「ふう、美味しいですね。さすが唐家のオリジナルだ」
それでひと心地ついたように、楊偉はホッと小さく息を吐いた。
それにつられたように、煜瑾たちもレモネードに手を付けた。新鮮なレモンを贅沢に使い、ニュージーランド産の高級ハチミツを使った、芳醇な味わいのレモネードだ。もちろん、煜瑾のお気に入りで、それを承知で茅執事が唐家専属のシェフに用意させたものだった。
「では…。これは私の推理、というより、まだ妄想の域を出ませんが、お聞きいただきましょう」
改めて楊偉が話始めると、せっかく和んだその場の雰囲気が緊張した。
「Dr.Hooこと、胡双のアシスタントのヴィヴィアン・カンは、何らかの方法で…おそらくは、サプリか何かだと言われて、降圧剤を服用させられていた。そこへ、夾竹桃の毒を含んだ氷を口にした。そのため遅効性のはずのオレアンドリンがその場で反応し、ヴィヴィアン・カンは死に至った…」
そこまでの説明に、誰しもが疑問を抱いた。
一体、誰が、何のために?
「これは、計画的に、ヴィヴィアンをステージ上で殺そうとした。…つまり、誰かがDr.Hooのステージを妨害しようとした、ということではないでしょうか」
楊偉はそこまで言って、もう一度レモネードのグラスを取り、残りを一息で飲み干した。
「ひどい…」
心優しい煜瑾が、悲壮な表情で呟いた。
「あんなに楽しいマジックショーを邪魔する人が居るなんて…。それだけの理由で、あんなに美しく、活き活きと輝いていた女性の命を奪うなんて…」
この世界の残酷さを思い知らされて、煜瑾は汚れを知らない大きな黒い瞳を潤ませた。
「唐家の『天使』は、本当に心清らかで、正直で、清純な心をお持ちなのですね」
皮肉ではなく、心から感心したように楊偉は言った。
「この天使のためにも、私はぜひ、犯人を捕えたいと思っています」
真摯な眼差しで楊偉捜査官はそう言って、立ち上がった。
「小敏さんの証言を足掛かりに、私は捜査に戻ります」
「ボクも!」
これまで食べることに集中していると思われた小敏が、楊偉を追うように腰を上げた。
「小敏!」
母代わりである恭安楽が、いつにない厳しい声を上げた。息子と同じく育てた大切な甥が、好奇心だけで危険なところに踏み込もうとすることを察して、先んじて止めようとしたのだ。
「叔母さま…」
一瞬、小敏も恭安楽の深い愛情を感じて、躊躇した。
「それでは、私はこれで失礼します。本当に、美味しいランチをありがとうございました」
楊偉は何事も無かったかのように、丁寧に礼をして去ろうとした。
「ボクも行くよ!ボクの証言が必要なんでしょう?」
それは、いつものような、いたずら好きな少年の顔ではなく、思慮深い知的な表情で小敏が言った。
「小敏…」
心配になった煜瑾が、小敏をじっと見つめるが、止めようとはしなかった。親友の正義感と勇気を、誰よりも信じているからだ。
「ボクは、ボクがすべきことをするだけだよ。危険なことはしない」
そう言って小敏は、定番とも言える人タラシの無邪気な笑顔を浮かべた。
「万が一のことがあっても、このイケメンの捜査官が守ってくれるよ」
楊偉の方を見て、そう言った小敏は、愛くるしいほどのウィンクを送った。それを受けて、楊偉は参った、というように苦笑した。
「分かりました。小敏さんには、証言の確認のために、現場検証にご同道いただきましょう」
そのまま、小敏を連れて楊偉が立ち去ろうとすると、おもむろに唐煜瓔も立ち上がる。
「私も、午後から仕事がある。これで失礼するよ」
「お兄さま、ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
煜瑾がそう言って、もう自分は大丈夫というように、明るい笑顔を見せると、唐煜瓔もまた、大切な弟を労わるように微笑みかけた。
「必要であれば、茅執事は置いて行くが?」
兄の言葉に、煜瓔は首を横に振った。煜瑾は、文維と暮らし始めてから、ずっと兄からの自立を目指して研鑽しているのだ。体調も戻った以上、唐家に頼るつもりはなかった。
