第3章 第2の事件
果たして、寝室の床に倒れていた男性は、自殺なのか、他殺なのか。
浦東第3分署、2年目の徐凱刑事は、考え込んでいた。
ルームキーパーが掃除に入る前まで、この部屋は施錠されていた。ただ、今やどのホテルでも同じだが、この部屋のドアもまたオートロックで、誰かが出て行ったとしても、密室が残される。
鑑識と一緒に来た検死医によると、死因は服毒。ベッドサイドのグラスから反応が出たらしい。
殺人事件となれば、所属する殺人課に連絡し、捜査を始めなければならない。
しかし、自殺であれば、連絡先は別になる。
これまでは、先輩刑事に指示を仰ぐだけで良かった。今回の「事件」の判断は自分1人でしなければならない。
すでにご遺体は運びだされていた。ハワイから来たという中国系アメリカ人が倒れていた場所を、徐凱はしばらく見つめていた。
この「捜査チーム」を動かす、という重大な判断を下すことに、徐凱は緊張したが、もう迷いはなかった。
「鑑識、終わりました。殺人事件です。チームの臨場お願いします」
徐凱刑事は、異国の地で命を奪われるという不条理に、同情以上の感情が湧いた。人生とは、こんな風に終えてはいけないのだ、と怒りと悔しさの入り乱れた正義感が、彼を刑事として奮い立たせた瞬間だった。
***
「遅効性の毒だったら、ステージに上がる前とか、それよりもっと前に毒を飲まされたんじゃないの?ボクらはステージ上のヴィヴィしか知らないんだよ」
蒸した白身魚の身をつつきながら、どこか楊偉に対して挑戦的に小敏が言った。
だが、楊偉は何も言わず、薄く笑って、煜瑾の方を見た。
あまりにも整った顔立ちと魅惑的な琥珀色の瞳で見つめられ、煜瑾はドキドキしてしまい、困ったように俯いたが、その瞬間、ハッと何かを思い出した。
「あ、あの…」
おずおずと口を開き、一度、文維の方を見て、それから楊偉に視線を戻した。
「ショーが始まる前に、ロビーでウェルカムドリンクが振る舞われました…。その時、彼女もロビーに居ました」
その一言を待っていたように、楊偉が誰しもを魅了する完璧な笑顔を浮かべた。
「ほら、こういうことです。みなさんから、こういう『ちょっとしたこと』を伺えるのではないかと思っていました」
清純過ぎる煜瑾は、自分の一言が楊偉の役に立ったのかもしれないと、嬉しそうに文維を振り返った。しかし、文維の表情は厳しいものだった。
「確かに、ロビーではDr.Hooの紹介を兼ねて、ちょっとしたマジックを見せて貰った。その時、近くにアシスタントである彼女がいたとは、うっすら記憶しているが、彼女が何を口にしたかなど、我々には知りようもない」
大切な煜瑾をいいように利用されたような気がして、兄の唐煜瓔は不愉快そうにそう言った。
「それより、楽屋は調べたの?彼女の私物の中に、そういう物がまぎれていたりしたんじゃないこと?」
思わず、恭安楽までが口を出してきた。
「もちろん、その可能性はあります。ですが、そこは警察が担当しますので」
あくまでも、自分は警察組織とは別の捜査をしていると、楊偉が強調しているように、小敏は思った。
「じゃあ、あなたは警察の見落としを探してる、ってこと?なんだか、陰険だね」
意地悪く言う小敏だが、その顔は楊偉を見て笑っている。わざと挑発をして、楊偉の反応を見ているのだ。そうして、父の元部下だと名乗った楊偉が、本当に信用できるのか、試しているようだった。
「小敏さん。私は、信用に足りませんか」
機嫌を損ねた風でもなく、むしろ面白がるように楊偉は言った。
「そりゃ、そうだよ。パパの元・部下なんでしょう?」
からかうような口調だが、小敏の目は真剣だった。
「小敏…。失礼ではありませんか?楊偉さんは、アメリカ大使館から依頼を受けて捜査なさっておられるのでしょう?」
純粋無垢な煜瑾は、反抗的な小敏の態度が心配になり、思わず声を掛けた。
「さすが、『唐家の至宝』とされる、『天使』のお言葉ですね」
皮肉ではなく、いたって紳士的に楊偉は言った。
「おっしゃる通り、私は以前、羽厳将軍の下で働いており、今はアメリカ大使館に委任されて捜査を行なっています。それは間違いありませんが、真犯人を突き止め、真実を見つけたいという気持ちには嘘はありません」
楊偉の掘りの深い端整な顔立ちは、まるで仮面のように見えなくもなかったが、この時の琥珀の瞳の奥にある「正義」を小敏も確かに感じ取った。
「じゃあ、ボクが、あなたが欲しがっている証言をしてあげる」
そう言って小敏は、嫣然としながらも、どこが少し悪魔的な笑みを浮かべた。
浦東第3分署、2年目の徐凱刑事は、考え込んでいた。
ルームキーパーが掃除に入る前まで、この部屋は施錠されていた。ただ、今やどのホテルでも同じだが、この部屋のドアもまたオートロックで、誰かが出て行ったとしても、密室が残される。
鑑識と一緒に来た検死医によると、死因は服毒。ベッドサイドのグラスから反応が出たらしい。
殺人事件となれば、所属する殺人課に連絡し、捜査を始めなければならない。
しかし、自殺であれば、連絡先は別になる。
これまでは、先輩刑事に指示を仰ぐだけで良かった。今回の「事件」の判断は自分1人でしなければならない。
すでにご遺体は運びだされていた。ハワイから来たという中国系アメリカ人が倒れていた場所を、徐凱はしばらく見つめていた。
この「捜査チーム」を動かす、という重大な判断を下すことに、徐凱は緊張したが、もう迷いはなかった。
「鑑識、終わりました。殺人事件です。チームの臨場お願いします」
徐凱刑事は、異国の地で命を奪われるという不条理に、同情以上の感情が湧いた。人生とは、こんな風に終えてはいけないのだ、と怒りと悔しさの入り乱れた正義感が、彼を刑事として奮い立たせた瞬間だった。
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「遅効性の毒だったら、ステージに上がる前とか、それよりもっと前に毒を飲まされたんじゃないの?ボクらはステージ上のヴィヴィしか知らないんだよ」
蒸した白身魚の身をつつきながら、どこか楊偉に対して挑戦的に小敏が言った。
だが、楊偉は何も言わず、薄く笑って、煜瑾の方を見た。
あまりにも整った顔立ちと魅惑的な琥珀色の瞳で見つめられ、煜瑾はドキドキしてしまい、困ったように俯いたが、その瞬間、ハッと何かを思い出した。
「あ、あの…」
おずおずと口を開き、一度、文維の方を見て、それから楊偉に視線を戻した。
「ショーが始まる前に、ロビーでウェルカムドリンクが振る舞われました…。その時、彼女もロビーに居ました」
その一言を待っていたように、楊偉が誰しもを魅了する完璧な笑顔を浮かべた。
「ほら、こういうことです。みなさんから、こういう『ちょっとしたこと』を伺えるのではないかと思っていました」
清純過ぎる煜瑾は、自分の一言が楊偉の役に立ったのかもしれないと、嬉しそうに文維を振り返った。しかし、文維の表情は厳しいものだった。
「確かに、ロビーではDr.Hooの紹介を兼ねて、ちょっとしたマジックを見せて貰った。その時、近くにアシスタントである彼女がいたとは、うっすら記憶しているが、彼女が何を口にしたかなど、我々には知りようもない」
大切な煜瑾をいいように利用されたような気がして、兄の唐煜瓔は不愉快そうにそう言った。
「それより、楽屋は調べたの?彼女の私物の中に、そういう物がまぎれていたりしたんじゃないこと?」
思わず、恭安楽までが口を出してきた。
「もちろん、その可能性はあります。ですが、そこは警察が担当しますので」
あくまでも、自分は警察組織とは別の捜査をしていると、楊偉が強調しているように、小敏は思った。
「じゃあ、あなたは警察の見落としを探してる、ってこと?なんだか、陰険だね」
意地悪く言う小敏だが、その顔は楊偉を見て笑っている。わざと挑発をして、楊偉の反応を見ているのだ。そうして、父の元部下だと名乗った楊偉が、本当に信用できるのか、試しているようだった。
「小敏さん。私は、信用に足りませんか」
機嫌を損ねた風でもなく、むしろ面白がるように楊偉は言った。
「そりゃ、そうだよ。パパの元・部下なんでしょう?」
からかうような口調だが、小敏の目は真剣だった。
「小敏…。失礼ではありませんか?楊偉さんは、アメリカ大使館から依頼を受けて捜査なさっておられるのでしょう?」
純粋無垢な煜瑾は、反抗的な小敏の態度が心配になり、思わず声を掛けた。
「さすが、『唐家の至宝』とされる、『天使』のお言葉ですね」
皮肉ではなく、いたって紳士的に楊偉は言った。
「おっしゃる通り、私は以前、羽厳将軍の下で働いており、今はアメリカ大使館に委任されて捜査を行なっています。それは間違いありませんが、真犯人を突き止め、真実を見つけたいという気持ちには嘘はありません」
楊偉の掘りの深い端整な顔立ちは、まるで仮面のように見えなくもなかったが、この時の琥珀の瞳の奥にある「正義」を小敏も確かに感じ取った。
「じゃあ、ボクが、あなたが欲しがっている証言をしてあげる」
そう言って小敏は、嫣然としながらも、どこが少し悪魔的な笑みを浮かべた。
