第3章 第2の事件

 広々としたダイニングテーブルに、所狭しと並んだ料理に、さすがの小敏も声が無かった。

「うわ~」

 それだけを言うと、誰に言われることなく、スルリと席に着いた。早速どれからいただこうかと、端から端までチェックしている。

「さあ、皆さまも…」

 茅執事の一言で、それぞれが席に着いた。8人掛けのダイニングテーブルに、小敏と恭安楽が並び、その向かいに文維と煜瑾が並んで座った。
 楊偉は、しばらく様子を見ていたが、煜瑾の向かい、小敏の隣に腰を下ろした。
 自分の目の前に、芸術的な美しさの楊偉が座ったことで、煜瑾は少しドキドキした。そんな煜瑾の隣に、当然のように唐煜瓔が座った。

「数日分のお食事をお持ちしたのですが、ちょうどお客様の分もご用意出来て何よりでした」

 そう言いながら、茅執事は、旬のホワイトアスパラのポタージュスープを運んで来た。

「どうぞ、召し上がれ」

 この場の主のような貫禄で、唐煜瓔が勧めると、待ちかねたように小敏が大きなエビフライに手を伸ばした。
 文維と煜瑾はポタージュスープを味わいながら、美味しいね、と確かめ合うように目を合わせ、嬉しそうに笑った。
 それを微笑ましく見守りながら、じっくりと煮込まれた東坡肉に手を伸ばす恭安楽だ。

「さあ、ご遠慮なく」

 再度、唐煜瓔に声を掛けられ、ようやく楊偉も軽い会釈と共に、スプーンを手にした。

「それで、捜査の方は?」

 何気ない様子を演じながら唐煜瓔が訊ねると、楊偉はポタージュスープに伸ばした手を止めた。

「Dr.Hooのアシスタントは、我々の目の前で、自分でボトルからグラスにシャンパンを注いだ。それを飲んだ途端に苦しみだし、倒れた。…それ以上に、あなたは私たちから何を知りたいのですか」

 唐煜瓔は、至って穏やかな態度であるが、そこには楊偉ですら踏み込ませまいとする、厳然とした空気が感じられた。

「確かに。シャンパングラスに毒が入っていたとして、彼女が飲み干した途端に苦しみだした、という可能性もあるでしょう」

 含みのある楊偉の言い方に、一同は彼に注目する。

「可能性?」

 その言い方が気になり、思わず文維が口に出していた。
 それをチラリと視線の端で確かめ、楊偉は続けた。

「そうです。彼女が飲んだ毒が、即効性のものであれば」
「即効性!」

 今度は小敏が声を上げた。

「彼女が飲んだ毒は、なんだったの?」

 何かに気付いているかのように、小敏は楊偉の目をジッと見つめて詰問した。

「今はまだ、アルカロイド系の毒としか…。昨日が日曜だったので、分析が遅れているようです」
「警察って、日曜は休みなんだっけ?」

 小敏があからさまに当てこすりを言うが、誰も止めない。

「まあ、詳細な分析には時間がかかるのでしょう」

 楊偉は、ほんの少し侮蔑的な笑いを浮かべたが、それは幼稚な皮肉をぶつける小敏に対してではなく、自分が所属している軍であれば、このようなことは起きないという自負を含んだものだった。

「もし、彼女が事前に毒を飲み、華やかなステージの上で、脚光を浴びたいと願ったのならば、自殺でしょう。いかにも、ラスベガス的だ」

 そう言いながら、楊偉は茅執事が差し出したフィンガーサンドに手を伸ばした。
 けれど、唐煜瓔たちは、それが彼の本心だとは誰も思っていなかった。

「それより、事前に毒を飲まされて、それがちょうどステージの上で効果が出たって考える方が、自然じゃないの?」

 ポテトフライを気だるげに摘まみながら、小敏が言った。

「そうとも言えない。即効性、遅効性はあくまでも、その毒の単体での特性だ。合成すれば、なんとでも可能だよ」

 文維もまた、茅執事が勧めるフィンガーサンドの、煜瑾には好物のクリームチーズとサーモンを、自分にはローストビーフを取りながら、小敏をいさめるように言った。だが、それは、楊偉への牽制でもあった。

「そこで、あの場にいた皆さんに、もう一度よく思い出していただきたいのです。ヴィヴィアン・カンは、どのタイミングで、何を口にして、いつ苦しみだしたのか」

 素直な煜瑾は、忘れたいと思っていた昨日の惨劇が脳裏に蘇り、ゾッとして文維の方に身を寄せた。
 それを受け止めた文維は、力強く肩を抱き、繊細な煜瑾を励ました。

「質問には、ボクが答えるって言ったはずだけど」

 珍しく冷ややかな声で、小敏が言った。
 普段は人好きのする無邪気な笑顔を浮かべる彼だが、実は友情に厚く、正義感が強い、熱いキャラなのだ。楊偉の一言で、親友の煜瑾が怯えたことに、小敏は憤りを感じていた。






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