第3章 第2の事件

 鑑識が来るまでの間、徐凱はルームキーパーの若い女性から話を聞いていた。隣に丁副支配人が付き添っているのは、彼女が余計なことを言わないよう、監視しているのだとは感じたが、徐凱はひとまずそれを黙認した。

「それで…、11時頃に客室の掃除に来るのは、通常のことなんですね」

 怯えたように、掃除係の劉小梅は黙って首を縦に振った。

「客が倒れているのを見つけて、あなたは何をしましたか?」
「え?」

 意外そうに、劉小梅は徐凱に聞き返した。

「つまり、客は留守だと思っていた。しかし、ベッドの横に倒れているのを発見した。その次に、あなたは何をしましたか?」

 感情のこもらない落ち着きのある声で訊かれて、かえって劉小梅も冷静になり、ゆっくりと自分の行動を思い出しながら、とつとつと答え始めた。

「お客様が、倒れていて、病気か何か、かと思って、最初はお声を掛けました。それでも、お客様は動かないので、そっと近づいてみたのですが、なんだか様子が変なので、…あの…その…」

 劉小梅はまだ10代かもしれない。若く、未経験な彼女にとって、何か1つでもミスをすれば、隣にいる丁副支配人にすぐさま解雇されるのではないかと恐れている。

「構いませんよ。相手は死体です」

 何かを察したように、徐凱はちらりと丁副支配人に視線を送り、口を挟まないよう合図した。

「あの…。恐くて、あたし…」

 だんだん自分のしたことが怖くなったのか、急に劉小梅は大きな声で頭を下げた。

「ゴメンなさい!あたし、お客様の足を蹴ってしまいました!悪気はなかったんです!ただ、お客様が動かないし、声を掛けても反応しないし、怖くて…」
「それで、足先でちょっと確かめただけですね」

 怯える少女を救うように、徐凱は言葉を続けた。

「刑事さん。彼女はまだ子供で判断が出来ないのです。怯えたあまりに、お客様に無礼を働いただけで、それ以上のことは何もしません!」

 丁副支配人も、急いで自分の下で働く末端のスタッフを庇った。

「では、念のために確認します。あなたは足先で、客が生きているかどうかを確認した。彼には、手を触れていないのですね」

 真面目な顔で、自分を見つめる若い刑事に、劉小梅は激しく頷きながら自分の無実を訴えた。

「あたし、あたし、決してお客様や、お客様の持ち物に触れたりしていません!あたし、蹴ってもお客様が起きないから、怖くなって、チーフに連絡しようと、すぐに外にとびだしたんです」
「チーフ?」

 徐凱刑事が聞き返すと、副支配人が代わりに答えた。

「ルームキーパーチームのチーフです。彼も、スタッフルームで待たせています」

 さすがに五つ星ホテルの副支配人だけのことはある。徐凱が必要とするものはなんでも用意が出来る、コンシェルジュの仕事もこなせるらしい。

「では、そのチーフもここへ呼んで下さい」
「あの…、あたしは?」

 不安そうに劉小梅が口を開くと、丁副支配人に口出しされる前に、徐凱が言い放った。

「鑑識が来るまで残って下さい。恐らく指紋の採取があるでしょう」
「指紋!…副支配人、あたし…あたし、悪いことなんてやってません!」

 劉小梅は、泣きそうな顔で訴えかけるが、同じホテルで働くとは言え、所詮、今日が初対面の小娘の言うことに、丁副支配人は同情さえ感じていなかった。

「君はともかく、この刑事さんの言う通りにしていなさい」

 上司の上の、さらにその上の…と雲の上ほどの上位にいる副支配人に言われ、言い返すことも出来ず、劉小梅は必死に泣くまいと我慢し、目を潤ませ、悔しそうに唇を噛みながら、俯いて我慢をしていた。

 その様子に、ふと徐凱は、過去にもこれと似たような事があったな、と思った。
 それは、まだ高校生の頃だった。同じように気丈にも泣くまいとして、唇を噛み締めながら、図書館で机にかじりつくように勉強をしていた女子学生がいた。その姿があまりにも一途で、あまりにも健気に思えた徐凱は、思わず声を掛けたのだった。
 あの後輩は、今頃どうしているだろう、と徐凱の頭をよぎったが、いまはそれどころでは無いと、すぐに気持ちを切り替え、目の前の事件に専念した。

「では、私はルームキーパーのチーフを呼んで来ます。私はそのまま少し席を外しますが、構いませんか?」

 丁副支配人に言われ、断る理由もない徐凱は、頷いたものの、すぐに付け加えることを忘れなかった。

「また後程お話を伺うことになるかもしれませんので、ホテルからは出ないでください」
「承知しました」

 そう言われることを覚悟していたのだろう、丁副支配人は、不愉快な顔一つ見せず、その場を立ち去った。




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