第3章 第2の事件
浦東第3分署に、死体が発見されたと連絡があったのは、昼直前のことだった。殺人課のほとんどの人間は昼食に出ており、たまたまそこに居た刑事は、若手の徐凱だけだった。雑用を引き受ける警官や事務官はいたが、捜査に関われるのは、徐凱しかいない。
「先に行って、事故か殺人か確認してくる。殺人だとなったら連絡するから、応援を寄こしてくれ」
そう言って、徐凱は暇そうな若手の巡査と2人で、「金塔套房 」に向かった。
「金塔套房」は、浦東新区でも古い方に当たるホテルだ。開発が始まってすぐに、ランドマークのように黄金に輝く高層建築として目を引いたが、今ではより多くの超高層ビル群に見下ろされるようになった。
それでも、全室スイートルームを売りにしており、上海の名物となった超高層ビルが並ぶ壮観な夜景を近くで見られるという立地の良さで、海外からの観光客や、ビジネスで訪れる長期滞在客には人気だった。
刑事になって2年目の徐凱は、まだまだ先輩たちに良いように使われるばかりだ。だが、子供の頃から真面目しか取り柄が無いと言われてきた徐凱には、与えられた任務をコツコツとこなすこの仕事に不満はなかった。
部下に当たる巡査の運転で、現場であるホテルに向かうが、今日の当番の巡査は部下とは言え、自分よりいくつか年上だ。
真面目でコツコツこなすタイプの徐凱は、暗記テストも得意で、警察学校時代を含めても昇進試験に落ちたことが無いのだった。
なんとなく年上の部下には気を使ってしまい、気さくな世間話なども出来ず、徐凱は黙っていた。
「徐凱刑事は、なんで警察に?」
「え?」
むしろ巡査の方が気を使ったのか、遠慮なく話しかけてきた。
「あ、ああ。父も、祖父も警官だったから…です」
「なるほど。警官一家というわけですね」
「はあ…」
困ったような顔をした徐凱を、少し年上の巡査は薄く笑った。
「自分も、です。親が警官で、言われるままに警察学校に入り、警官をしていますが、今が気楽で、昇進試験を受ける気になりません」
「そうなんですね…」
徐凱は返す言葉に詰まった。没個性で、優柔不断で、ただ生真面目なだけだと自覚する徐凱は、親に言われたまま警察学校に入学し、親に言われたまま昇進試験を受けてきた。そのため、この巡査のように、今の仕事になんの愛着も無く、気楽だと思えるほど馴染んでもいなかった。
「この若さで殺人課の刑事だなんて、楽しいでしょう」
「は?」
「重大な事件を追うわけですから、やりがいがあって、毎日楽しいはずだ」
警官の決めつけに、徐凱はますます黙り込んでしまった。
「あ、別に僻んでるわけじゃないです。まあ、多少、羨ましいとは思いますけど…」
「昇進試験、受けないのですか?」
羨ましがられて、徐凱は思わずそう言った。
「いや~確かに、殺人課の刑事の仕事には憧れますが…、婚約者がいるんですよ」
「え?」
唐突な巡査の一言に、徐凱は意味が分からずにハンドルを握る彼の顔を見た。
「殺人課は危険な仕事ですからね。婚約者に心配を掛けられませんよ」
「はあ…」
そう言って笑った巡査に、自分の仕事はそれほどに危険だと思われているのかと、人ごとのように思った徐凱だった。
そして、現場であるホテルに到着した。
周囲には地元の交番から数人の巡査が駆け付け、ホテルのガードマンと共に、野次馬の出入りを捌いていた。
若い巡査が駆け付け、徐凱たちを出迎えた。
「現場は、こちらです。ホテルの副支配人の丁さんが案内します」
徐凱は何も言わずに、厳しい表情で頷いた。
高層ホテルの41階に案内された。そこは意外なほどひっそりしたフロアだった。
「この階は、ビジネス利用される長期滞在のお客様が多く、昼間は皆さま外出されています」
「そうですか」
徐凱が感じた印象に気付いたのか、副支配人が添えるように説明した。
該当すると思われる部屋の前に立つホテルのガードマンに合図をし、丁副支配人はカードキーでドアを開いた。
「こちらです」
ドアを支える丁副支配人の前を通り過ぎ、徐凱は室内に入った。左手にドアの無いスペースがあり、覗き込むと、バスルーム、シャワー室、洗面台とトイレがそれぞれスペースの左右にゆったりと配置されている。ここには人の気配はない。
そのまま廊下を真っ直ぐに進むと、そこには2人掛けのソファーセットと、テレビ、そして窓際にこちらも2人掛けのダイニングテーブルがある。壁にはテレビモニターが掛けられ、反対側の壁にはライティングデスクとホテル貸し出しのパソコンが置いてあった。
さらにそこを抜け、左側の開け放たれたドアの向こうには整然としたダブルベッドがある。
そういえば、このホテルは全室がスイートルームであると、今さらながらに徐凱は思い出した。
「先に行って、事故か殺人か確認してくる。殺人だとなったら連絡するから、応援を寄こしてくれ」
そう言って、徐凱は暇そうな若手の巡査と2人で、「
「金塔套房」は、浦東新区でも古い方に当たるホテルだ。開発が始まってすぐに、ランドマークのように黄金に輝く高層建築として目を引いたが、今ではより多くの超高層ビル群に見下ろされるようになった。
それでも、全室スイートルームを売りにしており、上海の名物となった超高層ビルが並ぶ壮観な夜景を近くで見られるという立地の良さで、海外からの観光客や、ビジネスで訪れる長期滞在客には人気だった。
刑事になって2年目の徐凱は、まだまだ先輩たちに良いように使われるばかりだ。だが、子供の頃から真面目しか取り柄が無いと言われてきた徐凱には、与えられた任務をコツコツとこなすこの仕事に不満はなかった。
部下に当たる巡査の運転で、現場であるホテルに向かうが、今日の当番の巡査は部下とは言え、自分よりいくつか年上だ。
真面目でコツコツこなすタイプの徐凱は、暗記テストも得意で、警察学校時代を含めても昇進試験に落ちたことが無いのだった。
なんとなく年上の部下には気を使ってしまい、気さくな世間話なども出来ず、徐凱は黙っていた。
「徐凱刑事は、なんで警察に?」
「え?」
むしろ巡査の方が気を使ったのか、遠慮なく話しかけてきた。
「あ、ああ。父も、祖父も警官だったから…です」
「なるほど。警官一家というわけですね」
「はあ…」
困ったような顔をした徐凱を、少し年上の巡査は薄く笑った。
「自分も、です。親が警官で、言われるままに警察学校に入り、警官をしていますが、今が気楽で、昇進試験を受ける気になりません」
「そうなんですね…」
徐凱は返す言葉に詰まった。没個性で、優柔不断で、ただ生真面目なだけだと自覚する徐凱は、親に言われたまま警察学校に入学し、親に言われたまま昇進試験を受けてきた。そのため、この巡査のように、今の仕事になんの愛着も無く、気楽だと思えるほど馴染んでもいなかった。
「この若さで殺人課の刑事だなんて、楽しいでしょう」
「は?」
「重大な事件を追うわけですから、やりがいがあって、毎日楽しいはずだ」
警官の決めつけに、徐凱はますます黙り込んでしまった。
「あ、別に僻んでるわけじゃないです。まあ、多少、羨ましいとは思いますけど…」
「昇進試験、受けないのですか?」
羨ましがられて、徐凱は思わずそう言った。
「いや~確かに、殺人課の刑事の仕事には憧れますが…、婚約者がいるんですよ」
「え?」
唐突な巡査の一言に、徐凱は意味が分からずにハンドルを握る彼の顔を見た。
「殺人課は危険な仕事ですからね。婚約者に心配を掛けられませんよ」
「はあ…」
そう言って笑った巡査に、自分の仕事はそれほどに危険だと思われているのかと、人ごとのように思った徐凱だった。
そして、現場であるホテルに到着した。
周囲には地元の交番から数人の巡査が駆け付け、ホテルのガードマンと共に、野次馬の出入りを捌いていた。
若い巡査が駆け付け、徐凱たちを出迎えた。
「現場は、こちらです。ホテルの副支配人の丁さんが案内します」
徐凱は何も言わずに、厳しい表情で頷いた。
高層ホテルの41階に案内された。そこは意外なほどひっそりしたフロアだった。
「この階は、ビジネス利用される長期滞在のお客様が多く、昼間は皆さま外出されています」
「そうですか」
徐凱が感じた印象に気付いたのか、副支配人が添えるように説明した。
該当すると思われる部屋の前に立つホテルのガードマンに合図をし、丁副支配人はカードキーでドアを開いた。
「こちらです」
ドアを支える丁副支配人の前を通り過ぎ、徐凱は室内に入った。左手にドアの無いスペースがあり、覗き込むと、バスルーム、シャワー室、洗面台とトイレがそれぞれスペースの左右にゆったりと配置されている。ここには人の気配はない。
そのまま廊下を真っ直ぐに進むと、そこには2人掛けのソファーセットと、テレビ、そして窓際にこちらも2人掛けのダイニングテーブルがある。壁にはテレビモニターが掛けられ、反対側の壁にはライティングデスクとホテル貸し出しのパソコンが置いてあった。
さらにそこを抜け、左側の開け放たれたドアの向こうには整然としたダブルベッドがある。
そういえば、このホテルは全室がスイートルームであると、今さらながらに徐凱は思い出した。
