第2章 事件勃発
「ちょうどいいことに、皆さんお揃いで。しかも昨夜はみなさんそれぞれ違う角度でステージをご覧になっていた。そうですね?」
穏やかな口調で楊偉が質問をすると、唐兄弟、恭安楽、羽小敏は黙って頷いた。4人が協力的になったことを確かめ、楊偉は小さく頷き、話を続けようとした。
「よろしかったら、こちらにおかけになって。小敏も、落ち着いて私の隣に座りなさい」
状況をよく見て、恭安楽はそれぞれに声を掛け、的確な位置に座らせた。意外にも従順な様子で、恭安楽が示したソファーセットの1人掛けの椅子へ、楊偉が腰を下ろした。
唐兄弟は仲良く3人掛けのソファーに座っていて、その隣に恭安楽が座ると、真ん中にいる煜瑾が、手を伸ばしてきた。大丈夫だという代わりに、お母さまもその手をしっかりと握り返した。
小敏は、楊偉の隣の1人掛けの椅子に座り、どこか挑戦的な目で楊偉を観察していた。
「ああ、茅執事さん、申し訳ないのだけれど、お茶をお願いできるかしら」
恭安楽が「太太(奥様)」の貫禄で茅執事に申し付けると、不満の欠片も無い、むしろ恭しい態度で、唐家自慢の有能な執事はキッチンに下がろうとした。が、その時、ふと気が付いて振り返った。
「お客様は、お飲み物に、お好みはございますか?コーヒー、紅茶、中国茶、ジュースもいくつかございますが」
どれも、唐家が精選した物ばかりで、わざわざ煜瑾のために執事が持参した物だった。
「お気遣い無く。私も、皆さんと同じもので構いません」
そう答えた楊偉は、謙虚というよりは、口にする物に対して無頓着、といった印象だった。それを執事は軍人らしいと感じ、不自然だとは思わなかった。
「それで、何からお答えすればいいの?」
先ほどまでの張りつめた空気が少し和んだのか、恭安楽が開き直ったように口を開いた。それはこの事態を楽しんでいるかのように明るい。
「私の、昨夜の印象と言えば、シャンパンが美味しかったことね」
「叔母さまってば」
彼女のユーモアを誰よりも理解する小敏が笑った。それをきっかけに、この場の雰囲気が柔らかくなり、煜瑾の緊張も緩んできた。
「お兄さま、もう大丈夫です」
笑顔でそう言って、煜瑾は兄の腕の中から抜け出した。
それを見た楊偉も、納得したように薄く微笑んで頷いた。唐煜瓔だけは少し心残りがあるような表情をしている。
「まず、座っていた席の確認ですが、ここに劇場の客席表があります。どこに座っていたのか、教えてもらえますか?」
楊偉はいつの間にか取り出したタブレットをソファーセットの中央にあるローテーブルの上に置いた。一同が、それを覗き込む。
「ボクと煜瓔お兄さまは、この2階の梅香室に居たよ。叔父さまと叔母さまは、ここのテーブル席。煜瑾と文維は、もっと前の…あ、この席だね」
先ほどの言葉通り、小敏が代表して答え、他の3人は、その通りだと大きく頷いた。
「ありがとうございます。次に…」
「お待たせいたしました」
その時、茅執事がキッチンから香りの良い飲物を運んで来た。
一同は、しばらくは何も言わず、清代景徳鎮の白磁の茶器に注がれる清冽な香りを楽しんだ。一滴残さず茅執事は鮮やかな緑の液体を、真っ白な茶碗の中に入れた。それを、まずは唐兄弟、次に恭安楽と羽小敏、最後にお客である楊偉の前に置いた。
「どうぞ」
「ああ、さすがに唐家は一流の物を好まれますね。杭州龍井茶の今年の最高級新茶ですか。市井の物とは香りが違いますね」
楊偉の一言に、茅執事は珍しく「おや?」という表情をして見せた。有能で知られる執事が、自分の感情を顔に出すとは珍しい事だ。
「さすがにパパの部下だっただけのことはあるね」
意味ありげに小敏が言うと、楊偉は皮肉な目をして笑った。
「まあまあ、武骨な軍人さんかと思ったけれど、ご趣味がいいのね」
一瞬ピリッとした楊偉と小敏の間に、陽気な声で恭安楽が分け入った。
「本当に爽やかで上品ないい香りね~。これを飲んだら、体の内側から浄化されるんじゃないかと思うわね」
この雰囲気を壊さないよう、やんわりと遠回しに、恭安楽が小敏に注意すると、小敏もそれ以上は何も言わずに茶碗に手を伸ばした。
「毎年、お兄さまがこの時期に最上の物をお取り寄せになるのですよ。私も大好きなのです」
清らかな心の煜瑾が嬉しそうに言うと、兄の唐煜瓔も満足そうに頷いた。
「ん~、香りは爽やかで馥郁として、味は甘味も感じさせ、ほんのりした苦味がのど越しをスッキリさせる…。まさに極上の龍井茶だね」
わざと生意気なことを言って、またも場を和ませる小敏だ。そんな器用なムードメーカーである親友に、憧れさえ抱いている煜瑾だった。
穏やかな口調で楊偉が質問をすると、唐兄弟、恭安楽、羽小敏は黙って頷いた。4人が協力的になったことを確かめ、楊偉は小さく頷き、話を続けようとした。
「よろしかったら、こちらにおかけになって。小敏も、落ち着いて私の隣に座りなさい」
状況をよく見て、恭安楽はそれぞれに声を掛け、的確な位置に座らせた。意外にも従順な様子で、恭安楽が示したソファーセットの1人掛けの椅子へ、楊偉が腰を下ろした。
唐兄弟は仲良く3人掛けのソファーに座っていて、その隣に恭安楽が座ると、真ん中にいる煜瑾が、手を伸ばしてきた。大丈夫だという代わりに、お母さまもその手をしっかりと握り返した。
小敏は、楊偉の隣の1人掛けの椅子に座り、どこか挑戦的な目で楊偉を観察していた。
「ああ、茅執事さん、申し訳ないのだけれど、お茶をお願いできるかしら」
恭安楽が「太太(奥様)」の貫禄で茅執事に申し付けると、不満の欠片も無い、むしろ恭しい態度で、唐家自慢の有能な執事はキッチンに下がろうとした。が、その時、ふと気が付いて振り返った。
「お客様は、お飲み物に、お好みはございますか?コーヒー、紅茶、中国茶、ジュースもいくつかございますが」
どれも、唐家が精選した物ばかりで、わざわざ煜瑾のために執事が持参した物だった。
「お気遣い無く。私も、皆さんと同じもので構いません」
そう答えた楊偉は、謙虚というよりは、口にする物に対して無頓着、といった印象だった。それを執事は軍人らしいと感じ、不自然だとは思わなかった。
「それで、何からお答えすればいいの?」
先ほどまでの張りつめた空気が少し和んだのか、恭安楽が開き直ったように口を開いた。それはこの事態を楽しんでいるかのように明るい。
「私の、昨夜の印象と言えば、シャンパンが美味しかったことね」
「叔母さまってば」
彼女のユーモアを誰よりも理解する小敏が笑った。それをきっかけに、この場の雰囲気が柔らかくなり、煜瑾の緊張も緩んできた。
「お兄さま、もう大丈夫です」
笑顔でそう言って、煜瑾は兄の腕の中から抜け出した。
それを見た楊偉も、納得したように薄く微笑んで頷いた。唐煜瓔だけは少し心残りがあるような表情をしている。
「まず、座っていた席の確認ですが、ここに劇場の客席表があります。どこに座っていたのか、教えてもらえますか?」
楊偉はいつの間にか取り出したタブレットをソファーセットの中央にあるローテーブルの上に置いた。一同が、それを覗き込む。
「ボクと煜瓔お兄さまは、この2階の梅香室に居たよ。叔父さまと叔母さまは、ここのテーブル席。煜瑾と文維は、もっと前の…あ、この席だね」
先ほどの言葉通り、小敏が代表して答え、他の3人は、その通りだと大きく頷いた。
「ありがとうございます。次に…」
「お待たせいたしました」
その時、茅執事がキッチンから香りの良い飲物を運んで来た。
一同は、しばらくは何も言わず、清代景徳鎮の白磁の茶器に注がれる清冽な香りを楽しんだ。一滴残さず茅執事は鮮やかな緑の液体を、真っ白な茶碗の中に入れた。それを、まずは唐兄弟、次に恭安楽と羽小敏、最後にお客である楊偉の前に置いた。
「どうぞ」
「ああ、さすがに唐家は一流の物を好まれますね。杭州龍井茶の今年の最高級新茶ですか。市井の物とは香りが違いますね」
楊偉の一言に、茅執事は珍しく「おや?」という表情をして見せた。有能で知られる執事が、自分の感情を顔に出すとは珍しい事だ。
「さすがにパパの部下だっただけのことはあるね」
意味ありげに小敏が言うと、楊偉は皮肉な目をして笑った。
「まあまあ、武骨な軍人さんかと思ったけれど、ご趣味がいいのね」
一瞬ピリッとした楊偉と小敏の間に、陽気な声で恭安楽が分け入った。
「本当に爽やかで上品ないい香りね~。これを飲んだら、体の内側から浄化されるんじゃないかと思うわね」
この雰囲気を壊さないよう、やんわりと遠回しに、恭安楽が小敏に注意すると、小敏もそれ以上は何も言わずに茶碗に手を伸ばした。
「毎年、お兄さまがこの時期に最上の物をお取り寄せになるのですよ。私も大好きなのです」
清らかな心の煜瑾が嬉しそうに言うと、兄の唐煜瓔も満足そうに頷いた。
「ん~、香りは爽やかで馥郁として、味は甘味も感じさせ、ほんのりした苦味がのど越しをスッキリさせる…。まさに極上の龍井茶だね」
わざと生意気なことを言って、またも場を和ませる小敏だ。そんな器用なムードメーカーである親友に、憧れさえ抱いている煜瑾だった。
