第2章 事件勃発
「あ、ゴメン。ここは友達の家だけど、許可は得てるから、どうぞ」
と、小敏は楊偉を招き入れた。
小敏に先導され入って来た見知らぬ訪問者に、煜瑾は目を見張るほど驚いた。
(なんて綺麗な人なんだろう…)
容姿端麗と歌われた兄の唐煜瓔や、老若男女を問わずに魅了する包文維など、いわゆるハンサム、イケメンは見飽きるほど目にしている煜瑾でさえ、息をのむほどの美貌の楊偉だった。
西洋の血が入っているのかと思わせるような、掘りの深い、まさに黄金比と呼ぶような端正な目鼻立ち。抜けるような白い肌に、煜瑾のような深い黒瞳では無く、少し色の薄い、琥珀色の瞳だった。
(西洋のおとぎ話の王子さまのようですね)
どこか冷ややかな雰囲気を漂わせる楊偉が、まるでこの世のものではないような気がして、煜瑾はウットリと彼を見つめた。芸術的な才能に恵まれた煜瑾には、彼がギリシャ神話をモチーフにした作品の一部であるかのように思えた。
しかし、煜瑾のような世間知らずでは無く、海外でも活躍する唐煜瓔はそんな麗容に惑わされるようなことは無い。
「羽小敏のお知り合いで、軍の方となれば、羽将軍からのお言伝でも?」
平然として、唐煜瓔は楊偉を見据えて問いかけた。
「初めまして、唐煜瓔さん。そして、そちらが弟の唐煜瑾さんですね。噂に違わぬ才色兼備のご兄弟ですね」
上手く話を逸らすように、楊偉は唐兄弟に挨拶をして、振り返った。
「そして、こちらは包伯言教授の夫人、恭安楽さん」
キッチンの入口に立っていたお母さまは、自分のことを知られていて驚きを隠せない。
「ええ、そうですけれど…」
怪訝そうに恭安楽は、リビングの、唐兄弟が座るソファーへと移動した。
「羽小敏さまと大切なお話がおありでしたら、あちらのゲストルームをお使い下さい」
痺れを切らしたように、茅執事が口を出した。
「みんなに聞かれちゃ困る話なの?」
小敏も、不審そうな顔つきで楊偉に聞いた。
「いえ、急に押しかけて、皆さんが警戒されるのも当然ですね。初めまして、楊偉と申します」
楊偉はそう言って、孤高を感じさせる冷ややかな美貌を緩め、一同の緊張を解いた。
「私は、確かに軍の国家安全局の国際部に所属している軍人ですが、その名の通り国際関係の交渉役なのです。実は昨夜の劇場の事件で、被害者や関係者がアメリカ国籍ということで、アメリカ大使館の代わりに捜査を依頼されました」
スラスラと答える楊偉に、小敏は腑に落ちない顔をした。
「国安局の国際部?ウチのパパとは関係無いよね?」
念を押すように小敏が言うと、分かっているというように楊偉は頷いた。
「私は以前、羽将軍の下で働いていました。羽将軍があなたに会うために上海に来られる時に、同行させていただいたこともあります」
その時に小敏と会ったのだと言いたいのだろうが、小敏には全く覚えが無かった。
「実は、昨日の事件について、警察から話を聞く前に、実際に目撃された皆さまの、忌憚のないご意見を伺えたら、と思って、羽小敏さんを頼って来たのです」
と、甘い声で、匂い立つような魅惑的な笑顔で、楊偉は言った。
「事件の…」
煜瑾は少し暗い顔をしたが、すぐに兄が気付いて抱き寄せた。
「確かに、昨夜、我々は劇場に居て、全てを見ていた。しかし、そのことについては、すでに警察に話したし、他にも多くの目撃者がいたはずだが?」
ようやく熱が治まったばかりの煜瑾に、昨夜の恐ろしい出来事を思い出させたくない一心で、唐煜瓔は楊偉を拒むように言った。
「そうですね。ただ、私には私なりの捜査方法があり、警察とは少し違うことを聞くかもしれませんので…」
どこかつかみどころのない、ミステリアスな笑みを浮かべて、楊偉は言った。
煜瑾はドキリとしたが、それは彼に魅了されたからでは無く、楊偉の底知れない冷たさに悪魔的なものを感じたからだった。
(とっても綺麗で…とっても怖い…)
兄に、しっかりと肩を抱かれて守られながらも、煜瑾は一刻も早く文維に帰って来て欲しいと望んでいた。
「まあ、聞かれたことには答えるよ。でも、ボクが代表して答えるから、煜瑾や叔母さまを質問攻めにするようなことは許さない」
人タラシの愛想のよいキャラを演じている羽小敏だが、実は正義感が強く、気が短いところもあるのだ。親友や家族を守るためなら、たとえ相手が軍人であろうとも、諍い事も辞さないような迫力で小敏は楊偉に言い放った。
「そんなケンカ腰の話ではありませんよ」
そう言って、もう一度、楊偉は口元に笑みを浮かべるが、目が笑っていないことに、小敏は気付いていた。
と、小敏は楊偉を招き入れた。
小敏に先導され入って来た見知らぬ訪問者に、煜瑾は目を見張るほど驚いた。
(なんて綺麗な人なんだろう…)
容姿端麗と歌われた兄の唐煜瓔や、老若男女を問わずに魅了する包文維など、いわゆるハンサム、イケメンは見飽きるほど目にしている煜瑾でさえ、息をのむほどの美貌の楊偉だった。
西洋の血が入っているのかと思わせるような、掘りの深い、まさに黄金比と呼ぶような端正な目鼻立ち。抜けるような白い肌に、煜瑾のような深い黒瞳では無く、少し色の薄い、琥珀色の瞳だった。
(西洋のおとぎ話の王子さまのようですね)
どこか冷ややかな雰囲気を漂わせる楊偉が、まるでこの世のものではないような気がして、煜瑾はウットリと彼を見つめた。芸術的な才能に恵まれた煜瑾には、彼がギリシャ神話をモチーフにした作品の一部であるかのように思えた。
しかし、煜瑾のような世間知らずでは無く、海外でも活躍する唐煜瓔はそんな麗容に惑わされるようなことは無い。
「羽小敏のお知り合いで、軍の方となれば、羽将軍からのお言伝でも?」
平然として、唐煜瓔は楊偉を見据えて問いかけた。
「初めまして、唐煜瓔さん。そして、そちらが弟の唐煜瑾さんですね。噂に違わぬ才色兼備のご兄弟ですね」
上手く話を逸らすように、楊偉は唐兄弟に挨拶をして、振り返った。
「そして、こちらは包伯言教授の夫人、恭安楽さん」
キッチンの入口に立っていたお母さまは、自分のことを知られていて驚きを隠せない。
「ええ、そうですけれど…」
怪訝そうに恭安楽は、リビングの、唐兄弟が座るソファーへと移動した。
「羽小敏さまと大切なお話がおありでしたら、あちらのゲストルームをお使い下さい」
痺れを切らしたように、茅執事が口を出した。
「みんなに聞かれちゃ困る話なの?」
小敏も、不審そうな顔つきで楊偉に聞いた。
「いえ、急に押しかけて、皆さんが警戒されるのも当然ですね。初めまして、楊偉と申します」
楊偉はそう言って、孤高を感じさせる冷ややかな美貌を緩め、一同の緊張を解いた。
「私は、確かに軍の国家安全局の国際部に所属している軍人ですが、その名の通り国際関係の交渉役なのです。実は昨夜の劇場の事件で、被害者や関係者がアメリカ国籍ということで、アメリカ大使館の代わりに捜査を依頼されました」
スラスラと答える楊偉に、小敏は腑に落ちない顔をした。
「国安局の国際部?ウチのパパとは関係無いよね?」
念を押すように小敏が言うと、分かっているというように楊偉は頷いた。
「私は以前、羽将軍の下で働いていました。羽将軍があなたに会うために上海に来られる時に、同行させていただいたこともあります」
その時に小敏と会ったのだと言いたいのだろうが、小敏には全く覚えが無かった。
「実は、昨日の事件について、警察から話を聞く前に、実際に目撃された皆さまの、忌憚のないご意見を伺えたら、と思って、羽小敏さんを頼って来たのです」
と、甘い声で、匂い立つような魅惑的な笑顔で、楊偉は言った。
「事件の…」
煜瑾は少し暗い顔をしたが、すぐに兄が気付いて抱き寄せた。
「確かに、昨夜、我々は劇場に居て、全てを見ていた。しかし、そのことについては、すでに警察に話したし、他にも多くの目撃者がいたはずだが?」
ようやく熱が治まったばかりの煜瑾に、昨夜の恐ろしい出来事を思い出させたくない一心で、唐煜瓔は楊偉を拒むように言った。
「そうですね。ただ、私には私なりの捜査方法があり、警察とは少し違うことを聞くかもしれませんので…」
どこかつかみどころのない、ミステリアスな笑みを浮かべて、楊偉は言った。
煜瑾はドキリとしたが、それは彼に魅了されたからでは無く、楊偉の底知れない冷たさに悪魔的なものを感じたからだった。
(とっても綺麗で…とっても怖い…)
兄に、しっかりと肩を抱かれて守られながらも、煜瑾は一刻も早く文維に帰って来て欲しいと望んでいた。
「まあ、聞かれたことには答えるよ。でも、ボクが代表して答えるから、煜瑾や叔母さまを質問攻めにするようなことは許さない」
人タラシの愛想のよいキャラを演じている羽小敏だが、実は正義感が強く、気が短いところもあるのだ。親友や家族を守るためなら、たとえ相手が軍人であろうとも、諍い事も辞さないような迫力で小敏は楊偉に言い放った。
「そんなケンカ腰の話ではありませんよ」
そう言って、もう一度、楊偉は口元に笑みを浮かべるが、目が笑っていないことに、小敏は気付いていた。
