第2章 事件勃発
朝、目覚めた煜瑾は、寝入る前に何より安心できる恋人の腕の中にいたはずなのに、1人でいることに真っ先に気付いた。
(文維…)
急に心細くなり、ふと隣を見ると、そこにはこの上なく穏やかで誠実な瞳で煜瑾を見つめる文維が居た。
「おはよう、煜瑾。気分はどうですか?」
耳に柔らかく響く、朝には似つかわしくない濃艶な声で文維が囁いた。
「おはよう、文維」
そう言いながら頬を染め、視線を逸らす煜瑾が清純で美しく、文維もまた胸が躍る。
「もう大丈夫です」
そう言って起き上がろうとした煜瑾だったが、フラッと体が揺らぎ、文維に抱き止められた。
「まだ、疲れが残っているのでしょう」
心配そうにそう言って、文維は煜瑾を抱いたまま、自分も身を起こした。その姿はすでに出勤前のスーツ姿で、煜瑾の様子を見に来ただけのつもりが、あまりにも天使の寝顔が尊すぎて、そのまま見入ってしまっていた文維だった。
「朝食のお粥が作ってありますから、後で起きられるようなら食べて下さいね」
そう言いながら、文維はもう一度改めて煜瑾を触診する。
「少し熱は下がったかな。それでもまだ、くれぐれも無理をしないでくださいね」
心配そうな文維に、煜瑾は精一杯の笑顔で応える。
「昼休みには、様子を見に帰ってきますね。」
そんな落ち着かない文維に、天使の笑顔を浮かべた煜瑾は、再び枕に頭を戻した。
「行ってらっしゃい、文維。私のことは、心配いりません」
その言葉を信じきれない文維は、ベッドの中の煜瑾に心を残しながらも、今朝も予約でいっぱいの自身のクリニックへと向かった。
***
朝8時。
上海警察静安署では、昨夜の事件の捜査会議が開かれていた。
「被害者は、ヴィヴィアン・カン。国籍はアメリカ。アメリカ大使館に確認し、回答がありました。パスポートも確認済です。死因は、植物性の、いわゆるアルカロイド系の毒が使われたようです。その毒は、被害者が飲んだグラスに、ほんの僅か残っていた。と、これは分析官の話です」
最後の情報は、呉警部の「忠犬」である、張毅が親しい鑑識官から聞いてきたばかりの「最新情報」だった。
「しかも、被害者が飲んだとされる瓶の中のシャンパンには、毒は入っていなかった」
まるで自分が発見したかのように、呉警部が割って入った。
「つまり、シャンパンの瓶には毒は入っていなかった。毒はグラスの方に入っていたのです」
勝ち誇ったように呉警部は言い放ち、それをありがたそうに頷いて聞いているのは張毅だけだった。
「グラスの中の毒って、致死量になるほどだったのですか?」
怖いものなしの方萌巡査が、突然口を開いた。眠そうに遠くを見ていた顧警部は、その大胆な行動に驚いて、またしても彼女を二度見することになる。
「グラスの底に残っていた液体からは、毒が検出されたのですか?」
追及する、見慣れない女性巡査に、呉警部だけでなく、捜査課の全員が方萌巡査を注視した。だが、そんなことを気にするような方萌では無い。
「な、何なんだね、君は~っ!」
思わず声もひっくり返るほど、呉警部は大きな声で叫んだ。
「え?もうお忘れですか?昨夜、現場でご挨拶しましたけど…。自分は方萌巡査でありますっ!」
そこじゃないと、顧警部は頭を抱える。張毅はハキハキした方萌巡査を好意的に見守っていた。
「な、なぜ捜査課の会議に、君のような巡査が参加しているのかね」
なんとか自分を落ち着かせ、いつも通りのエリート風の体面を繕った呉警部は、誰もが思っている疑問を方萌巡査にぶつけた。
「それは…」
気丈な方萌が立ち上がって説明しようとした時だった、捜査課のドアが開き、署長である周威強が現れた。署長自らのお出ましに、捜査課内には急に緊張感が走る。
「あ~すまないね~。先に言っておけばよかったね~」
そう言って署長は方萌を見て、上機嫌で何度も頷いた。
「いや~上の方の方針でね~。もっと女性刑事を増やせとのことなんだが、なかなかね~。でもね~、彼女は昨夜の事情聴取でも活躍したらしいね~。彼女本人も、刑事志望なんだね~」
日和見主義で、間延びした口調の周署長だが、これでも中央政権との太いパイプがあるとかで、上海市政府内でも一目置かれた存在だ。
「だからね~、ベテランの顧警部に新人の指導をお願いしたいね~」
「は?俺、…あ、いや私ですか?」
驚いたのは顧警部だ。
呉警部はまるで日頃の鬱憤を晴らしたように、溜飲を下げた顔をして、顧警部と方萌を見ている。
「いいね~。顧警部のようなベテランが、将来の名女性刑事を育てるんだね~。美談だね~」
呑気な署長の言葉に、まさに開いた口が塞がらないといったように、顧警部はポカンと口を開き、方萌は希望に満ちた目をキラキラさせていた。
(文維…)
急に心細くなり、ふと隣を見ると、そこにはこの上なく穏やかで誠実な瞳で煜瑾を見つめる文維が居た。
「おはよう、煜瑾。気分はどうですか?」
耳に柔らかく響く、朝には似つかわしくない濃艶な声で文維が囁いた。
「おはよう、文維」
そう言いながら頬を染め、視線を逸らす煜瑾が清純で美しく、文維もまた胸が躍る。
「もう大丈夫です」
そう言って起き上がろうとした煜瑾だったが、フラッと体が揺らぎ、文維に抱き止められた。
「まだ、疲れが残っているのでしょう」
心配そうにそう言って、文維は煜瑾を抱いたまま、自分も身を起こした。その姿はすでに出勤前のスーツ姿で、煜瑾の様子を見に来ただけのつもりが、あまりにも天使の寝顔が尊すぎて、そのまま見入ってしまっていた文維だった。
「朝食のお粥が作ってありますから、後で起きられるようなら食べて下さいね」
そう言いながら、文維はもう一度改めて煜瑾を触診する。
「少し熱は下がったかな。それでもまだ、くれぐれも無理をしないでくださいね」
心配そうな文維に、煜瑾は精一杯の笑顔で応える。
「昼休みには、様子を見に帰ってきますね。」
そんな落ち着かない文維に、天使の笑顔を浮かべた煜瑾は、再び枕に頭を戻した。
「行ってらっしゃい、文維。私のことは、心配いりません」
その言葉を信じきれない文維は、ベッドの中の煜瑾に心を残しながらも、今朝も予約でいっぱいの自身のクリニックへと向かった。
***
朝8時。
上海警察静安署では、昨夜の事件の捜査会議が開かれていた。
「被害者は、ヴィヴィアン・カン。国籍はアメリカ。アメリカ大使館に確認し、回答がありました。パスポートも確認済です。死因は、植物性の、いわゆるアルカロイド系の毒が使われたようです。その毒は、被害者が飲んだグラスに、ほんの僅か残っていた。と、これは分析官の話です」
最後の情報は、呉警部の「忠犬」である、張毅が親しい鑑識官から聞いてきたばかりの「最新情報」だった。
「しかも、被害者が飲んだとされる瓶の中のシャンパンには、毒は入っていなかった」
まるで自分が発見したかのように、呉警部が割って入った。
「つまり、シャンパンの瓶には毒は入っていなかった。毒はグラスの方に入っていたのです」
勝ち誇ったように呉警部は言い放ち、それをありがたそうに頷いて聞いているのは張毅だけだった。
「グラスの中の毒って、致死量になるほどだったのですか?」
怖いものなしの方萌巡査が、突然口を開いた。眠そうに遠くを見ていた顧警部は、その大胆な行動に驚いて、またしても彼女を二度見することになる。
「グラスの底に残っていた液体からは、毒が検出されたのですか?」
追及する、見慣れない女性巡査に、呉警部だけでなく、捜査課の全員が方萌巡査を注視した。だが、そんなことを気にするような方萌では無い。
「な、何なんだね、君は~っ!」
思わず声もひっくり返るほど、呉警部は大きな声で叫んだ。
「え?もうお忘れですか?昨夜、現場でご挨拶しましたけど…。自分は方萌巡査でありますっ!」
そこじゃないと、顧警部は頭を抱える。張毅はハキハキした方萌巡査を好意的に見守っていた。
「な、なぜ捜査課の会議に、君のような巡査が参加しているのかね」
なんとか自分を落ち着かせ、いつも通りのエリート風の体面を繕った呉警部は、誰もが思っている疑問を方萌巡査にぶつけた。
「それは…」
気丈な方萌が立ち上がって説明しようとした時だった、捜査課のドアが開き、署長である周威強が現れた。署長自らのお出ましに、捜査課内には急に緊張感が走る。
「あ~すまないね~。先に言っておけばよかったね~」
そう言って署長は方萌を見て、上機嫌で何度も頷いた。
「いや~上の方の方針でね~。もっと女性刑事を増やせとのことなんだが、なかなかね~。でもね~、彼女は昨夜の事情聴取でも活躍したらしいね~。彼女本人も、刑事志望なんだね~」
日和見主義で、間延びした口調の周署長だが、これでも中央政権との太いパイプがあるとかで、上海市政府内でも一目置かれた存在だ。
「だからね~、ベテランの顧警部に新人の指導をお願いしたいね~」
「は?俺、…あ、いや私ですか?」
驚いたのは顧警部だ。
呉警部はまるで日頃の鬱憤を晴らしたように、溜飲を下げた顔をして、顧警部と方萌を見ている。
「いいね~。顧警部のようなベテランが、将来の名女性刑事を育てるんだね~。美談だね~」
呑気な署長の言葉に、まさに開いた口が塞がらないといったように、顧警部はポカンと口を開き、方萌は希望に満ちた目をキラキラさせていた。
