第2章 事件勃発
「け、警部!」
いきなりの顧警部の突拍子もない指摘に、方萌巡査は大いに動揺して、ポカンと大きく口を開けた。そしてすぐに落ち着きを取り戻すと、今度は勢いよく振り返った。
「そ、そうなんですか?犯人は、この2人?」
驚きの余り、方萌巡査は、胡双とジョニーを露骨に指さして、悲鳴を上げそうになった。
「あはははっ!」
だが、当の本人の胡双は、爽やかに笑い飛ばした。
「警部のユーモアのセンスは素晴らしいですね。そんな風におっしゃるのは、私たちが犯人では無いと確信をお持ちだからでしょう?疑いが晴れて良かったです」
「いや、まだ何とも…」
とぼけて見せる顧警部だが、その目は笑っている。
「被害者は舞台の上で酒を飲み干し、苦しみだした…。普通に考えたら、舞台の上にいた人間が近くに居たんやから怪しいとなるやろな。けど、酒の瓶の中には毒は入ってなかったはずや。そうやなかったら、同じ瓶の酒を飲んだ、胡双さん、あんたも今頃『被害者』や」
「確かに~!さすが、顧警部です!」
理性を取り戻し、いつもの明るく元気な方萌巡査は、納得して、またもや顧警部への尊敬を深めた。
「誰でも分かる事やけどな」
呆れた様子の顧警部は、ムスッとそう言った。そんな程度では、めげることを知らない方萌巡査は、真剣な顔になり、警部に迫った。
「じゃあ、真犯人は誰ですか?」
「アホか。そう簡単に分かるはずないやろ!」
「な~んだ…」
劇的な展開を期待していた方萌巡査は、残念そうに肩を竦めた。
「お前なあ~」
その時、いい加減きっちりと注意をしようとした顧警部の、警察支給のスマホが鳴った。
「あ、…ああ。ちょっと待っとけ。すんませんな…」
警部はスマホを取り出して、居心地の良いソファーから立ち上がり、窓の近くに急いだ。
窓の外には上海の街の夜景が広がっている。この灯りの1つ1つを守るのが自分の仕事だと、顧警部は思っていた。
「なんや~?今、胡双さんらから話を聞いてるとこや~。ああ、ふん、ふん…。やっぱり、そうか。ふん、ふん。分かった。明日の朝8時やな。よう分かった。ほな、おおきに」
どんな内容の電話なのか、悟らせることもなく、飄々とした調子で警部は電話を切り、ソファーへと戻った。
「なんですか、警部?事件のことですか?」
期待に前のめりになって、方萌巡査が訊ねるが、それを無視するようにして、警部は胡双の目をじっと見つめ、次にニヤリと笑った。
「やっぱり、酒瓶の中には毒は入って無かったらしいですわ。命拾いされましたな」
「そうでしたか…」
胡双はにこやかにそう言って、ハワード・ベネットに英語で伝えた。ベネットも、ホッとしたように笑顔になり、顧警部に握手を求めた。
「あ、いや、ま、その…」
体躯の良い白人に愛想良く手を握られ、さしもの名警部も目を白黒させていた。
***
「じゃあ、煜瑾ちゃん。今夜はゆっくり休んで。明日も無理しないでね」
劇場から包夫妻とタクシーの相乗りをした文維と煜瑾は。自宅である嘉里公寓の前で降ろされた。
「おとうさまも、おかあさまも、お気をつけて」
疲れ切った煜瑾はそれ以上何も言えず、ただ笑顔で手を振った。
「今夜は夕食も食べ損ねましたね。何か、簡単なものでも作りましょう」
高級レジデンスの一室に戻った文維は、煜瑾をお気に入りのソファーに座らせ、自分は立ち上がってキッチンに向かった。
煜瑾はぐったりとして、ソファーに身を横たえようとした。その時、ふと思い出して、スマホを取り出し、電源を入れた。
「あ…、小敏も、お兄さまも無事にお帰りになったのですね」
小敏から、秘書が迎えに来た唐煜瓔の車で、送ってもらった、とのメッセージが入っていた。
「どうしました?」
そこへ文維が昼食の残り物を適当に温めて運んで来た。
「小敏からメッセージが来ていました。小敏も、お兄さまも家に戻られたようです」
「それは良かった。さあ、お昼のパスタが残っていましたから。温めて来ましたよ。朝のクロワッサンも温めたので、一緒に食べましょう。サラダは体を冷やすので、果物を少し持ってきました」
文維に勧められて、煜瑾はパスタを数本食べ始めたのだが、すぐにフォークを置いてしまった。すぐにそれに気付いた文維は、自分も手を止め、俯いた煜瑾の顔を覗き込んだ。
「気分が悪い?食べられない?」
「ごめんなさい…なんだか…」
顔色の悪い煜瑾が心配になり、文維は煜瑾の隣に座り直し、そっと肩を抱いた。
「ホットミルクでも…」
言いかけて文維はハッとした。
急いで掌を煜瑾の額に当て、頬に触れ、首筋に触れると、ギュッと抱き締めた。
「いつの間に、こんな熱を…」
「文維…」
先ほどまで青ざめていた煜瑾の美貌が、ほんのりと紅潮している。煜瑾は精神的な過労による発熱を起こしてしまっていた。
いきなりの顧警部の突拍子もない指摘に、方萌巡査は大いに動揺して、ポカンと大きく口を開けた。そしてすぐに落ち着きを取り戻すと、今度は勢いよく振り返った。
「そ、そうなんですか?犯人は、この2人?」
驚きの余り、方萌巡査は、胡双とジョニーを露骨に指さして、悲鳴を上げそうになった。
「あはははっ!」
だが、当の本人の胡双は、爽やかに笑い飛ばした。
「警部のユーモアのセンスは素晴らしいですね。そんな風におっしゃるのは、私たちが犯人では無いと確信をお持ちだからでしょう?疑いが晴れて良かったです」
「いや、まだ何とも…」
とぼけて見せる顧警部だが、その目は笑っている。
「被害者は舞台の上で酒を飲み干し、苦しみだした…。普通に考えたら、舞台の上にいた人間が近くに居たんやから怪しいとなるやろな。けど、酒の瓶の中には毒は入ってなかったはずや。そうやなかったら、同じ瓶の酒を飲んだ、胡双さん、あんたも今頃『被害者』や」
「確かに~!さすが、顧警部です!」
理性を取り戻し、いつもの明るく元気な方萌巡査は、納得して、またもや顧警部への尊敬を深めた。
「誰でも分かる事やけどな」
呆れた様子の顧警部は、ムスッとそう言った。そんな程度では、めげることを知らない方萌巡査は、真剣な顔になり、警部に迫った。
「じゃあ、真犯人は誰ですか?」
「アホか。そう簡単に分かるはずないやろ!」
「な~んだ…」
劇的な展開を期待していた方萌巡査は、残念そうに肩を竦めた。
「お前なあ~」
その時、いい加減きっちりと注意をしようとした顧警部の、警察支給のスマホが鳴った。
「あ、…ああ。ちょっと待っとけ。すんませんな…」
警部はスマホを取り出して、居心地の良いソファーから立ち上がり、窓の近くに急いだ。
窓の外には上海の街の夜景が広がっている。この灯りの1つ1つを守るのが自分の仕事だと、顧警部は思っていた。
「なんや~?今、胡双さんらから話を聞いてるとこや~。ああ、ふん、ふん…。やっぱり、そうか。ふん、ふん。分かった。明日の朝8時やな。よう分かった。ほな、おおきに」
どんな内容の電話なのか、悟らせることもなく、飄々とした調子で警部は電話を切り、ソファーへと戻った。
「なんですか、警部?事件のことですか?」
期待に前のめりになって、方萌巡査が訊ねるが、それを無視するようにして、警部は胡双の目をじっと見つめ、次にニヤリと笑った。
「やっぱり、酒瓶の中には毒は入って無かったらしいですわ。命拾いされましたな」
「そうでしたか…」
胡双はにこやかにそう言って、ハワード・ベネットに英語で伝えた。ベネットも、ホッとしたように笑顔になり、顧警部に握手を求めた。
「あ、いや、ま、その…」
体躯の良い白人に愛想良く手を握られ、さしもの名警部も目を白黒させていた。
***
「じゃあ、煜瑾ちゃん。今夜はゆっくり休んで。明日も無理しないでね」
劇場から包夫妻とタクシーの相乗りをした文維と煜瑾は。自宅である嘉里公寓の前で降ろされた。
「おとうさまも、おかあさまも、お気をつけて」
疲れ切った煜瑾はそれ以上何も言えず、ただ笑顔で手を振った。
「今夜は夕食も食べ損ねましたね。何か、簡単なものでも作りましょう」
高級レジデンスの一室に戻った文維は、煜瑾をお気に入りのソファーに座らせ、自分は立ち上がってキッチンに向かった。
煜瑾はぐったりとして、ソファーに身を横たえようとした。その時、ふと思い出して、スマホを取り出し、電源を入れた。
「あ…、小敏も、お兄さまも無事にお帰りになったのですね」
小敏から、秘書が迎えに来た唐煜瓔の車で、送ってもらった、とのメッセージが入っていた。
「どうしました?」
そこへ文維が昼食の残り物を適当に温めて運んで来た。
「小敏からメッセージが来ていました。小敏も、お兄さまも家に戻られたようです」
「それは良かった。さあ、お昼のパスタが残っていましたから。温めて来ましたよ。朝のクロワッサンも温めたので、一緒に食べましょう。サラダは体を冷やすので、果物を少し持ってきました」
文維に勧められて、煜瑾はパスタを数本食べ始めたのだが、すぐにフォークを置いてしまった。すぐにそれに気付いた文維は、自分も手を止め、俯いた煜瑾の顔を覗き込んだ。
「気分が悪い?食べられない?」
「ごめんなさい…なんだか…」
顔色の悪い煜瑾が心配になり、文維は煜瑾の隣に座り直し、そっと肩を抱いた。
「ホットミルクでも…」
言いかけて文維はハッとした。
急いで掌を煜瑾の額に当て、頬に触れ、首筋に触れると、ギュッと抱き締めた。
「いつの間に、こんな熱を…」
「文維…」
先ほどまで青ざめていた煜瑾の美貌が、ほんのりと紅潮している。煜瑾は精神的な過労による発熱を起こしてしまっていた。
