第2章 事件勃発
「やはりな。ここからでも、彼女がシャンパンを飲んだとたんに苦しみだしたのは良く見えた」
ヴィヴィが毒を飲んだという呉警部の言葉に納得したように、ゆっくりと視線を移した唐煜瓔だったが、それに対して小敏は不思議な笑いを口元に浮かべ、すぐにそれを消した。
「あ~、皆さまそうおっしゃっていましたよ。間違いないですね。いや、これではっきりしました。ありがとうございます。証言が取れたということで、これでお帰りいただいて結構です」
「じゃあ、ボクも帰っていい?」
呉警部が何とか気概を見せようとしていた時に、割り込むように小敏が口を挟んだ。
「ええっと、こちらは?」
唐家には、その美貌と才能を知られた「王子」と呼ばれる次男がいると聞くが、これがそうなのか、と呉警部は媚びるような笑顔で訊ねた。
「あ、ボクはただのオマケ。煜瓔お兄さまの愛人とかじゃないから」
「羽小敏、こんな時に冗談はやめなさい」
やんわりと悪戯好きの小敏を注意しながらも、唐煜瓔は笑っていた。
「弟の友人だ。このショーが観たいというので連れてきただけだ。ここで私と同じものを同じように見ていたのだから、同じ証言しか取れないだろう。一緒に帰らせてもらう」
一方的に唐煜瓔はそう言い放った。
「もちろん、結構ですわ。羽小敏さまは有名な作家さんですし、お父さまも北京に常駐されているほどの軍の幹部でいらっしゃるんですもの。お引止めする理由などございませんわよね、呉警部」
小敏は、スラスラと自分のことを紹介する王淑芬に、内心大いに驚いたのだが、何も言わずに笑って頷いた。
有名人で、父親が有力な軍人だと聞かされ、呉警部の小敏への不審感は一気に払拭された。
「そう言うことでしたら、どうぞお帰りいただいて構いませんよ」
決して唐煜瓔に押し切られたのではなく、自分の決定であるとの態度で呉警部は2人の帰宅を許した。
文維と煜瑾がロビーに出ると、そこに包夫妻が待っていた。
「まあ、煜瑾ちゃん!すっかり顔色が悪いわ。恐かったものね」
心配した恭安楽は、慌てて煜瑾の手を取っていた。
「劇場を出て、ホテル正面から出るのは無理らしいわ。警察とマスコミと野次馬で、ごった返しているんですって」
呆れたように恭安楽が言うと、包教授が落ち着いた様子で付け加えた。
「ホテルの人が、劇場地下の裏口にタクシーを呼んでくれると言っている。お前たちも、近くとは言え、途中まで乗って行きなさい」
父の配慮に文維は感謝した。煜瑾と2人で暮らす嘉里公寓はここから近いとは言うものの、弱り切った煜瑾を歩かせるのは忍びないと思っていたからだ。
「さあ、煜瑾ちゃん、おかあさまと一緒に行きましょうね」
グッタリした煜瑾を、まるで子供のように扱い、恭安楽は文維に支えられた煜瑾と手を繋ぎ、包伯言の後について、劇場の地下にある出口へと向かった。
***
「ふわ~」
リニューアルしたばかりの「上海華茂麗都大酒店」の最上階にある、スイートルームに一歩足を踏み入れるなり、若い方萌巡査は、奇妙な声をあげた。想像以上の豪華さと洗練された内装に圧倒されたようだ。
「どうぞ、こちらへ」
そんな方萌巡査にも蔑むような態度は取らず、あくまでもスマートで紳士的な胡双だった。その胡双の案内で、顧警部もどこか恐る恐るという気配を感じさせながら入室する。
「ほ~。こりゃまた、外国みたいに立派やな~」
さすがの顧警部も素直に感嘆する。
「おかけください。…Johnny, prepare some tea for them.(ジョニー、お茶の用意を)」
穏やかな声の胡双に、力を落としていたジョニーも黙って頷き、ヨロヨロと隣のミニキッチンへ向かう。
「あ、彼にも話を聞くので、お茶は結構です!」
ジョニーが席を外そうとしたので、方巡査が慌てて引き留めた。
それを、チラリと彼女に視線を送っただけで顧警部は何も言わなかった。
「そうですか…。ジョニー、お茶はいいから、こちらに来て座りなさい」
胡双は、ゆったりとしたソファーセットの向かい側に警部と巡査に座るよう勧め、マネージャーのハワード・ベネットと自分の間にジョニーを座らせた。
「正直、5年も一緒にやって来たチームの1人であるヴィヴィがこんなことになるなんて、本当にショックです」
胡双の言葉を、小さな声でジョニーがベネットに通訳する。
「そうやろね~。同情はしますわ~。けど、 コトがコトやさかい、イヤなことも聞かせてもらいまっせ」
顧警部の上海語に、ジョニーはとまどってしまう。それに気付いた方巡査が、ジョニーに素早く申し出た。
「I'll do the interpreting!(通訳は、私が!)」
急に叫んだ方萌巡査に、顧警部は怪訝そうに訊ねる。
「なんや?」
ヴィヴィが毒を飲んだという呉警部の言葉に納得したように、ゆっくりと視線を移した唐煜瓔だったが、それに対して小敏は不思議な笑いを口元に浮かべ、すぐにそれを消した。
「あ~、皆さまそうおっしゃっていましたよ。間違いないですね。いや、これではっきりしました。ありがとうございます。証言が取れたということで、これでお帰りいただいて結構です」
「じゃあ、ボクも帰っていい?」
呉警部が何とか気概を見せようとしていた時に、割り込むように小敏が口を挟んだ。
「ええっと、こちらは?」
唐家には、その美貌と才能を知られた「王子」と呼ばれる次男がいると聞くが、これがそうなのか、と呉警部は媚びるような笑顔で訊ねた。
「あ、ボクはただのオマケ。煜瓔お兄さまの愛人とかじゃないから」
「羽小敏、こんな時に冗談はやめなさい」
やんわりと悪戯好きの小敏を注意しながらも、唐煜瓔は笑っていた。
「弟の友人だ。このショーが観たいというので連れてきただけだ。ここで私と同じものを同じように見ていたのだから、同じ証言しか取れないだろう。一緒に帰らせてもらう」
一方的に唐煜瓔はそう言い放った。
「もちろん、結構ですわ。羽小敏さまは有名な作家さんですし、お父さまも北京に常駐されているほどの軍の幹部でいらっしゃるんですもの。お引止めする理由などございませんわよね、呉警部」
小敏は、スラスラと自分のことを紹介する王淑芬に、内心大いに驚いたのだが、何も言わずに笑って頷いた。
有名人で、父親が有力な軍人だと聞かされ、呉警部の小敏への不審感は一気に払拭された。
「そう言うことでしたら、どうぞお帰りいただいて構いませんよ」
決して唐煜瓔に押し切られたのではなく、自分の決定であるとの態度で呉警部は2人の帰宅を許した。
文維と煜瑾がロビーに出ると、そこに包夫妻が待っていた。
「まあ、煜瑾ちゃん!すっかり顔色が悪いわ。恐かったものね」
心配した恭安楽は、慌てて煜瑾の手を取っていた。
「劇場を出て、ホテル正面から出るのは無理らしいわ。警察とマスコミと野次馬で、ごった返しているんですって」
呆れたように恭安楽が言うと、包教授が落ち着いた様子で付け加えた。
「ホテルの人が、劇場地下の裏口にタクシーを呼んでくれると言っている。お前たちも、近くとは言え、途中まで乗って行きなさい」
父の配慮に文維は感謝した。煜瑾と2人で暮らす嘉里公寓はここから近いとは言うものの、弱り切った煜瑾を歩かせるのは忍びないと思っていたからだ。
「さあ、煜瑾ちゃん、おかあさまと一緒に行きましょうね」
グッタリした煜瑾を、まるで子供のように扱い、恭安楽は文維に支えられた煜瑾と手を繋ぎ、包伯言の後について、劇場の地下にある出口へと向かった。
***
「ふわ~」
リニューアルしたばかりの「上海華茂麗都大酒店」の最上階にある、スイートルームに一歩足を踏み入れるなり、若い方萌巡査は、奇妙な声をあげた。想像以上の豪華さと洗練された内装に圧倒されたようだ。
「どうぞ、こちらへ」
そんな方萌巡査にも蔑むような態度は取らず、あくまでもスマートで紳士的な胡双だった。その胡双の案内で、顧警部もどこか恐る恐るという気配を感じさせながら入室する。
「ほ~。こりゃまた、外国みたいに立派やな~」
さすがの顧警部も素直に感嘆する。
「おかけください。…Johnny, prepare some tea for them.(ジョニー、お茶の用意を)」
穏やかな声の胡双に、力を落としていたジョニーも黙って頷き、ヨロヨロと隣のミニキッチンへ向かう。
「あ、彼にも話を聞くので、お茶は結構です!」
ジョニーが席を外そうとしたので、方巡査が慌てて引き留めた。
それを、チラリと彼女に視線を送っただけで顧警部は何も言わなかった。
「そうですか…。ジョニー、お茶はいいから、こちらに来て座りなさい」
胡双は、ゆったりとしたソファーセットの向かい側に警部と巡査に座るよう勧め、マネージャーのハワード・ベネットと自分の間にジョニーを座らせた。
「正直、5年も一緒にやって来たチームの1人であるヴィヴィがこんなことになるなんて、本当にショックです」
胡双の言葉を、小さな声でジョニーがベネットに通訳する。
「そうやろね~。同情はしますわ~。けど、 コトがコトやさかい、イヤなことも聞かせてもらいまっせ」
顧警部の上海語に、ジョニーはとまどってしまう。それに気付いた方巡査が、ジョニーに素早く申し出た。
「I'll do the interpreting!(通訳は、私が!)」
急に叫んだ方萌巡査に、顧警部は怪訝そうに訊ねる。
「なんや?」
