第2章 事件勃発
「What's wrong, Vivienne!(どうしたんだ、ヴィヴィアン)」
マネージャーのベネットが舞台の上に駆け上がって、苦悶の表情で意識を失っているヴィヴィを抱き上げた。
「何なんだ~?一体、これは…」
まだ酩酊状態の趙局長に気付いたのは、王淑芬だった。
「胡双、まずは局長の暗示を解いて!」
「あ、ああ…」
愕然として動けずにいたDr.Hooこと胡双だったが、急に大きな声で王淑芬に呼ばれて、我に返った。
急いで趙局長の腕を掴んで椅子に座らせようとした胡双に、王淑芬は続けて厳しい声で指示を出した。
「舞台袖でやりなさい!」
恐らくは、今ここで趙局長が正気に戻った時、目の前の状況にどんな反応をするのかを、王淑芬は怖れたのだろう。上海のあらゆる興業に対する力を持つ趙局長の機嫌を損ねることを、海外からのショーを持ち込むプロモーターとしては避けたいところだ。
「ホテルドクターをお連れしました」
足をもつれさせるようにして駆け込んできたのは、支配人の孫浩然で、その後ろからは白衣を着た眠そうな老医師がゆるゆると付いてくる。
「舞台で倒れたって?貧血じゃあるまいね」
それは、たいした症状でも無いのに呼ばれるのは迷惑だといった態度だった。
「シャンパンを飲むなり、急に倒れたんです!」
真っ青になりながら一番近くにいたジョニーが震えながら言うと、老医師はバカにしたように笑った。
「急性アルコール中毒か」
老医師は、まったく患者を診ることなくそう言うが、周囲の沈痛な視線に気付き、ステージの板の上で倒れている美女に目をやった。
「どれどれ…」
さすがに何かを察したらしく、老医師は動かなくなったヴィヴィの横に膝をつき、手首を取って脈を見ようとした。だが、その前にハッとして顔色を変えた。ヴィヴィの状態が思っていたほど簡単な症状ではないと気付いたのだ。
脈だけでなく、呼吸や瞳孔の確認までするが、老医師の顔つきは厳しくなる一方だった。
「救急車が到着しました!」
今度は救急隊員を先導して孫浩然が戻って来た。劇場支配人として何かせずにはおられないのだ。
「遅かったな…」
老医師の言葉に、3名の救急隊員はムッとした様子で互いに顔を見合わせ、次に患者の方を見た。
「もう、救う命はない」
老医師の言葉に、ハッとした救急隊員の1人がヴィヴィと老医師の間に割り込むようにして、その生体反応を確認する。
「な、何かの発作では?」
怯えながら、そうであって欲しいという望みを込めて、孫支配人が声を掛ける。
「警察を呼ぶべきだろうな」
ポツリと呟き、老医師は立ち上がった。
そして淡々と死亡宣告をすると、苦々しい表情で舞台から降りていったのだった。
「何があった?」
舞台の袖で、Dr.Hooに催眠術の暗示を解かれた趙局長が入れ違いに現れた。後ろには怪訝そうな表情の妻の金瑶が続く。
趙局長の硬い声に、若いジョニーがハッと我に返った。
「わ~っ!ヴィヴィ!ヴィヴィ~っ!」
正体を失ったようにジョニーは大声を出し、もう動くことの無いヴィヴィに取りすがろうとした。
それを慌てて救急隊員が抱き止めた。
「やめなさい!警察が来るまで、誰も触れちゃいけない」
「うわ~、放せ~!ヴィヴィ~」
まるで駄々をこねるように、ジョニーは声を上げ、暴れた。
「Be quiet, Johnny!(黙りなさい、ジョニー)」
苛立ちながら、マネージャーのベネットが厳しい声で叫んだ。
その迫力に身を竦ませたジョニーは、糸が切れたように力を無くし、そのままヘナヘナと舞台の板の上に座り込んだ。かと思うと、子供のように大きな声で泣き出した。
そんなジョニーを哀れに思ったのか、ベネットは彼の肩を叩き、腕を掴んで立ち上がらせた。
「Sophie, I'll leave the rest to you.(ソフィー、あとは頼む)」
ベネットは王淑芬を英語名で呼びかけそう言うと、泣きじゃくるジョニーを抱え、舞台袖で立ち尽くす胡双のもとに向かった。3人は、互いを励ますようにしっかりとハグをして、その場から動けずにいた。
「警察に連絡しました」
救急隊員の1人が、遠慮がちにそう言って、ヴィヴィへの弔意を表すように頭を下げた。
「け、警察だなんて!困ります!今日はこの劇場の初日なんですよ。こんな…、こんな女のために、せっかくの杮落し公演を台無しにされてたまるか!」
動転した孫支配人が喚き散らすが、誰も相手にしない。
「いい加減にして!」
パン!と、乾いた音がして、孫支配人が静かになった。それは、冷静な王淑芬が孫支配人の頬を平手打ちした音だった。
「彼女の…『これ』は、病気や事故ではありませんの?」
仮面のような無表情で、王淑芬が救急隊員に確認をする。
「ドクターが警察を呼べとおっしゃるのは、そういう意味だと…」
救急隊員はそれ以上は何も言わず、警察が来るまでの現場保全を担当した。
マネージャーのベネットが舞台の上に駆け上がって、苦悶の表情で意識を失っているヴィヴィを抱き上げた。
「何なんだ~?一体、これは…」
まだ酩酊状態の趙局長に気付いたのは、王淑芬だった。
「胡双、まずは局長の暗示を解いて!」
「あ、ああ…」
愕然として動けずにいたDr.Hooこと胡双だったが、急に大きな声で王淑芬に呼ばれて、我に返った。
急いで趙局長の腕を掴んで椅子に座らせようとした胡双に、王淑芬は続けて厳しい声で指示を出した。
「舞台袖でやりなさい!」
恐らくは、今ここで趙局長が正気に戻った時、目の前の状況にどんな反応をするのかを、王淑芬は怖れたのだろう。上海のあらゆる興業に対する力を持つ趙局長の機嫌を損ねることを、海外からのショーを持ち込むプロモーターとしては避けたいところだ。
「ホテルドクターをお連れしました」
足をもつれさせるようにして駆け込んできたのは、支配人の孫浩然で、その後ろからは白衣を着た眠そうな老医師がゆるゆると付いてくる。
「舞台で倒れたって?貧血じゃあるまいね」
それは、たいした症状でも無いのに呼ばれるのは迷惑だといった態度だった。
「シャンパンを飲むなり、急に倒れたんです!」
真っ青になりながら一番近くにいたジョニーが震えながら言うと、老医師はバカにしたように笑った。
「急性アルコール中毒か」
老医師は、まったく患者を診ることなくそう言うが、周囲の沈痛な視線に気付き、ステージの板の上で倒れている美女に目をやった。
「どれどれ…」
さすがに何かを察したらしく、老医師は動かなくなったヴィヴィの横に膝をつき、手首を取って脈を見ようとした。だが、その前にハッとして顔色を変えた。ヴィヴィの状態が思っていたほど簡単な症状ではないと気付いたのだ。
脈だけでなく、呼吸や瞳孔の確認までするが、老医師の顔つきは厳しくなる一方だった。
「救急車が到着しました!」
今度は救急隊員を先導して孫浩然が戻って来た。劇場支配人として何かせずにはおられないのだ。
「遅かったな…」
老医師の言葉に、3名の救急隊員はムッとした様子で互いに顔を見合わせ、次に患者の方を見た。
「もう、救う命はない」
老医師の言葉に、ハッとした救急隊員の1人がヴィヴィと老医師の間に割り込むようにして、その生体反応を確認する。
「な、何かの発作では?」
怯えながら、そうであって欲しいという望みを込めて、孫支配人が声を掛ける。
「警察を呼ぶべきだろうな」
ポツリと呟き、老医師は立ち上がった。
そして淡々と死亡宣告をすると、苦々しい表情で舞台から降りていったのだった。
「何があった?」
舞台の袖で、Dr.Hooに催眠術の暗示を解かれた趙局長が入れ違いに現れた。後ろには怪訝そうな表情の妻の金瑶が続く。
趙局長の硬い声に、若いジョニーがハッと我に返った。
「わ~っ!ヴィヴィ!ヴィヴィ~っ!」
正体を失ったようにジョニーは大声を出し、もう動くことの無いヴィヴィに取りすがろうとした。
それを慌てて救急隊員が抱き止めた。
「やめなさい!警察が来るまで、誰も触れちゃいけない」
「うわ~、放せ~!ヴィヴィ~」
まるで駄々をこねるように、ジョニーは声を上げ、暴れた。
「Be quiet, Johnny!(黙りなさい、ジョニー)」
苛立ちながら、マネージャーのベネットが厳しい声で叫んだ。
その迫力に身を竦ませたジョニーは、糸が切れたように力を無くし、そのままヘナヘナと舞台の板の上に座り込んだ。かと思うと、子供のように大きな声で泣き出した。
そんなジョニーを哀れに思ったのか、ベネットは彼の肩を叩き、腕を掴んで立ち上がらせた。
「Sophie, I'll leave the rest to you.(ソフィー、あとは頼む)」
ベネットは王淑芬を英語名で呼びかけそう言うと、泣きじゃくるジョニーを抱え、舞台袖で立ち尽くす胡双のもとに向かった。3人は、互いを励ますようにしっかりとハグをして、その場から動けずにいた。
「警察に連絡しました」
救急隊員の1人が、遠慮がちにそう言って、ヴィヴィへの弔意を表すように頭を下げた。
「け、警察だなんて!困ります!今日はこの劇場の初日なんですよ。こんな…、こんな女のために、せっかくの杮落し公演を台無しにされてたまるか!」
動転した孫支配人が喚き散らすが、誰も相手にしない。
「いい加減にして!」
パン!と、乾いた音がして、孫支配人が静かになった。それは、冷静な王淑芬が孫支配人の頬を平手打ちした音だった。
「彼女の…『これ』は、病気や事故ではありませんの?」
仮面のような無表情で、王淑芬が救急隊員に確認をする。
「ドクターが警察を呼べとおっしゃるのは、そういう意味だと…」
救急隊員はそれ以上は何も言わず、警察が来るまでの現場保全を担当した。
