第2章 事件勃発
舞台の上で苦悶していたヴィヴィだったが、ふいにガクリと力を失ったように動かなくなった。
まるでそれがステージの終わりのように、タイミングよく幕が引かれた。
「文維…」
怯える煜瑾は、文維に抱かれて席から動けなかった。
対して観客席は、ますます混乱を呈していた。
「ここから出せ!」「出して~」「帰らせて~」「逃げろ~!」
人々の悲鳴や怒号に耐えられず、煜瑾は両手で耳を塞いだ。
「ヴィヴィ!ヴィヴィ!」
幕の向こうからも叫び声が聞こえる。この様子だと、ヴィヴィの反応が無いのだろう。
「医者だ!す、すぐに医者を呼べ!」
幕の内側から聞こえた言葉に、煜瑾がハッと反応した。
「行かないで下さい!」
と、言うと、文維と離れることを怖れた煜瑾は誰より信頼し、傍に居て欲しい恋人に縋った。
その意図を察している文維も、小鳥のように震える健気な恋人を優しく抱きすくめた。
「心配はいりませんよ。私は精神科医です。私では、『今の』彼女の役に立ちそうにない…」
そう言った文維は、何かを悟り、痛ましげな表情を浮かべた。
「座りなさい、安楽」
冷静な包教授の言葉に、我に返った恭安楽は夫の隣に座り直した。
「ねえ、彼女どうしたのかしら…」
恭安楽はよほどヴィヴィのことが気になるようだ。
「私たちも、帰った方がよくないかしら?」
心配そうな恭安楽は、煜瑾と文維がしっかりと抱き合い席に座っているのを確かめ、次に2階の桟敷席を見上げた。
「こんな時は、下手に動かない方がいい。私たちは静かになるまで待っていよう」
そう言って、包教授は珍しく満面の笑顔で妻の額に唇を寄せた。そんな、思いも寄らない仕草に、一瞬驚いた恭安楽だったが、すぐに気持ちが落ち着くのを感じた。夫と、この冷静沈着で聡明な包伯言と一緒にいれば間違いが無いのだと確信した。
「1階は大騒ぎですよ」
桟敷席の手すりに両腕を乗せて凭れながら、小敏は呆れたように見下ろしていた。
2階の貴賓用の桟敷席には、ホテルのサービス係が1人ずつ配置されており、イヤホンから指示を受けていた。その彼らが、桟敷席からは1人も出すなと言われたらしく、8つある桟敷席に留め置かれた上客たちは、未だ動けずにいた。
「しかし…何があったのか。私には、彼女がシャンパンを飲み干した途端に、苦しみだしたように見えたのだが?」
好奇心が強い分、観察能力も高いことを知っている唐煜瓔が、羽小敏を試すように言った。
「そうですね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない…」
唐煜瓔を振りむこうともせず、ジッと幕が下りたステージを見つめながら、小敏はぼんやりと答えた。
「取り敢えず、この状況を秘書に知らせておこうか」
そう呟き、唐煜瓔は電源を切っていたスマホを取り出した。
「開いた!ここから出られるぞ!」
先ほどシャンパンを配りに回った者たちが、観客を出さないよう指示を受け、全ての出入り口に立ちはだかっていたのだが、人の波にとうとう押し切られたようだ。
それを見た他の扉を支えていた者たちも、諦めたように群衆の勢いに道を譲る。
「押さないで!走らず、落ち着いて行動して下さい!」
ホテル側の警備員も駆け付け、込み合うロビーの人混みの整理が始まっていた。
「彼女は…、大丈夫でしょうか」
しっかりと文維にしがみ付きながら、煜瑾はすっかり怯え切りながらも、苦しんでいたヴィヴィの心配をしていた。
「今頃、ホテルの医師が来て、彼女を見ているでしょう」
それを聞いて少しは安心したのか、煜瑾はゆっくりと後ろを振り返った。あれほどギッシリと満員だった観客席が、ほとんど空席だった。その中にあっても、テーブル席の包夫妻は悠然と席に着き、2人で和やかに会話をしているようだった。
次に煜瑾は2階を見上げた。全ての桟敷席から、名だたる上海セレブが顔を覗かせていた。
「お兄さま…」
だが、その中に唐煜瓔の姿が無かった。そこでは、親友の小敏が手すりに頬杖をついて舞台の方を見ているだけだった。
「…文維」
煜瑾は、その美貌を曇らせ、愛しい人に問いかけた。
「本当に、一体何が起きたのですか?」
「分かりません。後で、何か説明があるでしょう」
気が付くと、前方に座っていた趙局長夫人である金瑶には迎えが来て、舞台の袖へと案内されていった。
「私には、彼女がどうして急にあんな…」
苦し気にもがいていたヴィヴィの表情を思い出し、煜瑾は青ざめた。
怯えながらも、煜瑾は気になる様子で、まるで幕の向こうを見透かそうとするように見つめていた。
まるでそれがステージの終わりのように、タイミングよく幕が引かれた。
「文維…」
怯える煜瑾は、文維に抱かれて席から動けなかった。
対して観客席は、ますます混乱を呈していた。
「ここから出せ!」「出して~」「帰らせて~」「逃げろ~!」
人々の悲鳴や怒号に耐えられず、煜瑾は両手で耳を塞いだ。
「ヴィヴィ!ヴィヴィ!」
幕の向こうからも叫び声が聞こえる。この様子だと、ヴィヴィの反応が無いのだろう。
「医者だ!す、すぐに医者を呼べ!」
幕の内側から聞こえた言葉に、煜瑾がハッと反応した。
「行かないで下さい!」
と、言うと、文維と離れることを怖れた煜瑾は誰より信頼し、傍に居て欲しい恋人に縋った。
その意図を察している文維も、小鳥のように震える健気な恋人を優しく抱きすくめた。
「心配はいりませんよ。私は精神科医です。私では、『今の』彼女の役に立ちそうにない…」
そう言った文維は、何かを悟り、痛ましげな表情を浮かべた。
「座りなさい、安楽」
冷静な包教授の言葉に、我に返った恭安楽は夫の隣に座り直した。
「ねえ、彼女どうしたのかしら…」
恭安楽はよほどヴィヴィのことが気になるようだ。
「私たちも、帰った方がよくないかしら?」
心配そうな恭安楽は、煜瑾と文維がしっかりと抱き合い席に座っているのを確かめ、次に2階の桟敷席を見上げた。
「こんな時は、下手に動かない方がいい。私たちは静かになるまで待っていよう」
そう言って、包教授は珍しく満面の笑顔で妻の額に唇を寄せた。そんな、思いも寄らない仕草に、一瞬驚いた恭安楽だったが、すぐに気持ちが落ち着くのを感じた。夫と、この冷静沈着で聡明な包伯言と一緒にいれば間違いが無いのだと確信した。
「1階は大騒ぎですよ」
桟敷席の手すりに両腕を乗せて凭れながら、小敏は呆れたように見下ろしていた。
2階の貴賓用の桟敷席には、ホテルのサービス係が1人ずつ配置されており、イヤホンから指示を受けていた。その彼らが、桟敷席からは1人も出すなと言われたらしく、8つある桟敷席に留め置かれた上客たちは、未だ動けずにいた。
「しかし…何があったのか。私には、彼女がシャンパンを飲み干した途端に、苦しみだしたように見えたのだが?」
好奇心が強い分、観察能力も高いことを知っている唐煜瓔が、羽小敏を試すように言った。
「そうですね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない…」
唐煜瓔を振りむこうともせず、ジッと幕が下りたステージを見つめながら、小敏はぼんやりと答えた。
「取り敢えず、この状況を秘書に知らせておこうか」
そう呟き、唐煜瓔は電源を切っていたスマホを取り出した。
「開いた!ここから出られるぞ!」
先ほどシャンパンを配りに回った者たちが、観客を出さないよう指示を受け、全ての出入り口に立ちはだかっていたのだが、人の波にとうとう押し切られたようだ。
それを見た他の扉を支えていた者たちも、諦めたように群衆の勢いに道を譲る。
「押さないで!走らず、落ち着いて行動して下さい!」
ホテル側の警備員も駆け付け、込み合うロビーの人混みの整理が始まっていた。
「彼女は…、大丈夫でしょうか」
しっかりと文維にしがみ付きながら、煜瑾はすっかり怯え切りながらも、苦しんでいたヴィヴィの心配をしていた。
「今頃、ホテルの医師が来て、彼女を見ているでしょう」
それを聞いて少しは安心したのか、煜瑾はゆっくりと後ろを振り返った。あれほどギッシリと満員だった観客席が、ほとんど空席だった。その中にあっても、テーブル席の包夫妻は悠然と席に着き、2人で和やかに会話をしているようだった。
次に煜瑾は2階を見上げた。全ての桟敷席から、名だたる上海セレブが顔を覗かせていた。
「お兄さま…」
だが、その中に唐煜瓔の姿が無かった。そこでは、親友の小敏が手すりに頬杖をついて舞台の方を見ているだけだった。
「…文維」
煜瑾は、その美貌を曇らせ、愛しい人に問いかけた。
「本当に、一体何が起きたのですか?」
「分かりません。後で、何か説明があるでしょう」
気が付くと、前方に座っていた趙局長夫人である金瑶には迎えが来て、舞台の袖へと案内されていった。
「私には、彼女がどうして急にあんな…」
苦し気にもがいていたヴィヴィの表情を思い出し、煜瑾は青ざめた。
怯えながらも、煜瑾は気になる様子で、まるで幕の向こうを見透かそうとするように見つめていた。
