第1章 華麗なるマジックショー

 笑顔でありながらも冷めた眼差しで、Dr.Hooは趙局長と握手をし、慎重に観察をした。

「よろしいですか、趙局長」
「ああ、何でも聞いてくれたまえよ」

 威厳たっぷりに趙局長は応えるが、無礼な質問は決して許さないと、その目が雄弁に語っている。

「私の目を見て、次の言葉を繰り返して下さい。『緑は幸運』、『赤は愛情』、『青は慈愛』…。さあ、どうぞ」

 Dr.Hooの真意が分からず、一瞬眉をひそめた趙徳輝だったが、すぐにそれを気取られまいとして、陽気な道化の振りに戻った。

「え~、何々?『緑は幸運』、『赤は…、愛情』…それと…ああ、『青は慈愛』だったかな?」

 おどけた様子で答えると、Dr.Hooはニヤっと口元を歪めた。

「今回の3組の中で、一番難しいのは、ウチの両親かもしれませんね」
「え?」

 これらのやり取りを真剣な様子で見守っていた煜瑾だったが、文維の思わぬ言葉に、煜瑾は驚いて、長い睫毛に縁どられた大きな黒い瞳を見開いた。

「どうしてですか?どうして、おとうさまとおかあさまが?」

 「難しい」と文維が指摘したことが、良くないことのような気がして、煜瑾は心配そうに訊ねる。

「Dr.Hooは、嘘を探しているんです。人は嘘を吐くと、表情や態度に変化が出る。だがうちの両親は嘘をつかない。それだけ変化が見つけにくい。恐らくは、頭取夫妻、そして局長夫妻の秘密を見つけてからの、消去法でウチの両親の隠したものを見つけるでしょう」
「嘘…ですか…」

 キョトンとした煜瑾だったが、すぐに優しい笑顔に戻った。

「おとうさまとおかあさまが、嘘をつかれるはずがないですものね。良かったです」

 安心した煜瑾は、再び舞台に集中した。

「申し訳ございません、趙局長。もう一度、お願いできますか?」
「おお、いいとも。『緑は幸運』、『赤は愛情』、『青は慈愛』だったな」
「はい。間違いありません」

 互いに探り合うように、言葉と笑顔を交わしていたが、次の瞬間、Dr.Hooの表情が真剣なものになった。

「ヨーロッパ」
「は?」

 唐突なDr.Hooの言葉に、趙局長も呆気にとられるが、すぐに意を解してニンマリと笑った。

「箱のことですな。これも、言葉を繰り返せと?」

 どこか挑戦的にも思える口調で趙徳輝が聞き返すと、Dr.Hooは何も言わずに、ただ首を横に振った。

「私の言葉を、聞いて下さるだけでいい」

 決して目をそらさず、独特の柔らかく、深みのある、心に入り込むような声で、Dr.Hooは囁いた。

「ヨーロッパ…」

 平然とした顔で趙局長は笑っている。

「フランス…、ドイツ…、イタリア…」

 趙局長に変化は見られない。

「分かりました。次は、日本…」

 Dr.Hooが、黒い漆塗りの箱に言及しようとすると、趙局長はおどけたように肩を竦めて見せた。

「最後に、上海、白兎牛乳糖、東方明珠塔…」
「素晴らしき、我が故郷、ですな」

 観客たちにアピールするように言う趙局長に、Dr.Hooは口元を歪めてアルカイックな笑みを浮かべた。

「ご協力を、心から感謝いたします」

 そう言って、Dr.Hooはもう一度、趙局長としっかりと握手を交わし、期待でいっぱいの観客たちの方へと改めて向き直った。

「私は、人の心を読み、人の心を操り、人を掌握し、支配する力を持っています」

 彼の持つカリスマ性と相まって、Dr.Hooの言葉は一瞬、羊のように大人しい観客たちをゾッとさせた。
 清純過ぎる煜瑾もまた、「支配」するなどと言われて、怯えてしまい、思わず隣の文維の腕をギュッと掴んだ。

「大丈夫。ただのショーを盛り上げるためのセリフに過ぎませんよ」

 煜瑾の不安をよく理解する文維は、優しく微笑んで大切な恋人を抱き寄せた。

「では、私が何もかも知っているということを、今、皆さまの目の前で証明しましょう!」

 自信たっぷりの笑顔で、Dr.Hooは、両手を拡げて威厳を示し、スッと宝石が入っている3つの容器を指さした。

「『愛情』のルビーを選んだのは、姚静宜夫人。『慈愛』のサファイアを選んだのは恭安楽夫人。『幸運』のエメラルドを選んだのは、金瑶夫人!」

 あまりにもスピーディーに、ズバズバと当てるDr.Hooに、観客たちは呆気にとられたようだった。

「では、その宝石は、どこに…。鄭頭取が選んだのは、ヨーロッパの宝石箱。つまりその中には姚夫人が選んだ赤いルビーが入っています」

 意外なほどあっさりと当てたDr.Hooに、観客たちはキョトンとするばかりで、歓声も上がらない。

「包教授は、漆塗りの箱。中には恭夫人が選んだ青いサファイアが。そして、趙局長が選んだキャンディーの缶には、金瑶夫人が選んだ緑のエメラルドが入っています!」

 易々と見抜き、素早く断言するDr.Hooに、会場は一度静まり返り、次の瞬間にはドッと大きく沸いた。

「ブラボー」

 どこかから声が上がり、それに合わせたように会場を揺るがせるような大きな拍手が響き渡った。



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