第1章 華麗なるマジックショー

「このチャレンジでは、このステージ上の3組の方々に、この宝石を隠していただき、それを私が『皆さまの心』を読んで、見つけ出します」

 紳士的な穏やかな口調でDr.Hooがそう言うと、期待に会場が湧く。

「この3つの美しい宝石を、それぞれ違う3つの宝石箱に入れていただきます」

 Dr.Hooの言葉に、ヴィヴィがその「宝石箱」をワゴンから取り上げた。

 1つ目は、ヨーロッパアンティークの美しい宝石箱だ。それを両手で捧げ持つようにして、ヴィヴィは観客たちに披露した。
 その美しさに、観客たちも目を見張る。洗練された金細工と飴色の寄木作りの美しさに、決して安い物では無いと誰もが確信した。

 次にヴィヴィが取り上げたのは、黒い漆塗りの桐箱だった。蓋には、日本の物らしい鶴が描かれていた。ツヤツヤとした蓋を開けると、中は目にも鮮やかな朱に塗られており、素人目にも美術品としての価値が高いと分かる逸品だ。

 最後にヴィヴィがそれを手に取ると、会場にお披露目する前に、すでに笑いが起きていた。

「あ!白兎キャンディーですよ!」

 煜瑾が無邪気に微笑んで文維を振り返った。
 それは、上海だけでなく全国的にも人気の、老舗のミルクキャンディーの缶だった。ただ、その缶は全国の主なデパートやスーパーで買えるものではなく、上海限定の缶だと一目でわかる。なぜならその缶の形は上海を象徴する東方明珠塔の形をしていて、観光客に人気の上海土産の一つだった。

「懐かしいですね」

 煜瑾の喜びように、文維も笑顔で応じた。高校時代、このような庶民的な駄菓子を口にしたことが無かった唐煜瑾が、初めて食べて、すぐに気に入ったお菓子だったのだ。このお菓子を、煜瑾、文維、そして小敏や年下の申玄紀らと共に分け合って食べた思い出は煜瑾の中の数少ない青春時代の輝くような思い出なのだ。

「さあ、これら3つの宝石を、それぞれ3つの宝石箱に1つずつ入れて下さい」

 そう言ったDr.Hooに、ステージ上の3組が顔を見合わせて戸惑いを見せる。

「ああ、申し訳ありません。私がこんな風に見ていては、意味がありませんね」

 ユーモアたっぷりのDr.Hooの口調に、また会場に穏やかな笑いが広がる。
 それを待っていたように、もう一人のアシスタントである若いジョニーが等身大以上の大きな箱を運んで来た。箱は中華風の朱塗りで、4面の壁には、4君子と呼ばれる4種の花が描かれていた。

「皆さまがご相談中は、私はこの箱の中に居ます。念のため、アイマスクとヘッドフォンで視覚と聴覚を遮断しますので、安心して下さい」

 そのタイミングで、ジョニーがDr.Hooにアイマスクとヘッドフォンを手渡した。
 それでも、まだ観客たちは納得していない様子だった。それに気付いたDr.Hooが、ニッコリと微笑んで言葉を続けた。

「この箱が怪しいと?確かに、箱の中で私がアイマスクとヘッドフォンを外して、隠し穴から覗いているかもしれせんよね」

 どっと会場が爆笑する。それを予測していたような笑みを浮かべて、Dr.Hooは、ステージ上の3組に向かって言った。

「どうぞこの箱をご確認ください。私が抜け出しそうな仕掛けや、覗き穴がないか、しっかり確認してくださいね」

 言われて、さっそく趙局長が前に出た。とても大物官僚とは思えない、お調子者を見事に演じている。

「さあ、客席の皆さまも納得して下さるように、しっかり確認してください」

 天才マジシャンの言葉を受けて、趙局長は箱の中に入って黒い内壁を遠慮なくドンドンと叩き始めた。
 鄭頭取はチラリと箱の中を覗くだけで、積極的な行動を取ろうとはしない。
 そして、聡明な包教授は愛妻と共に、箱を外側から丁寧に眺めては、何かコソコソと言葉を交わしている。
 趙局長夫人である金瑶と、鄭氏の姚夫人は、高価な宝石のほうが気になるようで、それらを熱心に観察していた。

「では、ご夫人方にそれぞれお好きな宝石をお選びいただきます。それを旦那様方にお選びいただいた宝石箱にしまっていただきます。箱の中の私にはそれらのやり取りは分かりません」

 煜瑾は期待に目を輝かせ、何一つ見逃すまいと真剣にステージを見守っていた。それを好ましく見つめ、文維もまたトリックを見破るべく、ステージ上の動きに集中した。

 世界中の優れたエンターテインメントを観たことがある、唐煜瓔でさえ、夢中になってステージから目を離さない。さすがの小敏も満足したのか食べるのをやめて、ジッとステージを見つめていた。

「では、私は箱の中へ入ります。あとは皆様にお任せしますね」

と、言うと、Dr.Hooは儀式的にも思える仕草でヘッドフォンを着け、アイマスクをする前に、チャーミングなウィンクを1つ飛ばして、観客たちを魅了した。そしてそのまま、箱の中へと消え、すぐさまヴィヴィがドアを閉め、ジョニーが錠前をかけ、その鍵を代表として趙局長に預けた。






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