第1章 華麗なるマジックショー
「お名前と、簡単な自己紹介をお願いします」
Dr.Hooがそう言って、ヴィヴィに合図をする。
よく承知しているヴィヴィは、ワイヤレスのハンドマイクを持って、最初に銀行頭取夫妻に近付いた。
「上海都市銀行頭取の、鄭銘と、妻の姚静宜です」
ビジネスマンらしい濃紺のスーツを着た鄭頭取は痩せて神経質そうだ。その隣で楚々と微笑むふくよかな姚夫人は、夫と同系の紺のワンピースにオフホワイトのジャケットを着ていた。
いかにも富裕層の幸せそうな夫婦に見えるが、片や若い愛人を囲い家庭を顧みず、片やそのことに心を痛めてメンタルクリニックに通い詰めている。そのどちらの事情も知る文維は、少し悲しそうな眼をした。
「どうぞ、リラックスしてください、鄭頭取、姚夫人」
優しいDr.Hooの言葉に、夫人は優雅に微笑み、円満な夫婦関係をアピールするように、そっとクールな夫に寄り添った。
「さて、お次は…」
張り付いたような笑顔のヴィヴィが、マイクを持って次の夫婦の前に移動する。
「こんばんは、包伯言です」
そう言って、包教授は穏やかな眼差しで隣の愛妻を振り返る。それを受けて、恭安楽が上品で高雅な笑みを浮かべて口を開いた。
「こんばんは、妻の恭安楽です」
それぞれに自己紹介をすると、包教授と恭安楽は互いに顔を見合わせてくすぐったそうに笑った。
その、ウソ偽りのない睦まじい様子に、会場からもほのぼのとした笑いが沸き起こる。
「おとうさまと、おかあさま、ステキですね」
煜瑾が、うっとりとステージを見つめながら、文維に囁いた。
「ええ」
言葉少なく答える文維だったが、その瞳の奥には煜瑾と両親への慈愛の光が見える。
「ステキなご夫婦ですね」
Dr.Hooも思わずそう言って微笑み、好意的な会釈をすると、最後に、大物である市政府の文化局長に、敬意を表しながら近付いた。
文化部長らしい趣味の良いところを見せようとしてか、今夜の趙局長は、白と黒の大きめの格子のカクテルジャケットに、黒のスラックス、赤い蝶ネクタイだが、小太りの彼にはオシャレというより、コメディアンに見えなくもない。
「私は趙徳輝です。こちらは、私のような気の小さい生き物の調教師です」
誰もが自分のことを知っているだろうと思い込んでいる様子で、趙局長は自身の肩書を敢えて名乗らず、ふざけた態度で妻を紹介した。ますますコメディアンの様相を呈してくる。
「まあ、イヤだわ、あなたったら。…皆さま、ごきげんよう!ワタクシ、金瑶です」
趙夫人がユーモアたっぷりに自己紹介をすると、会場が大きく沸いた。
彼女は、趙夫人となる前は、誰もがその名を知る、国民的に愛された歌手だったのだ。いかにもステージ慣れした、人に見られるということをよく理解している美人である。表舞台から離れて数年以上経つが、決して衰えを知らない、良く通る声も印象的だった。白いブラウスにサーモンピンクのスーツが若々しく、彼女を実際よりも若々しく見せている、いわゆる美魔女である。
役人としての本性はともかく、少なくとも見た目はユーモラスで温厚な好々爺を演じている趙局長とその夫人に、会場は惜しみなく拍手を送った。
「では、次のチャレンジには、こちらの3組のご夫婦にお手伝いをしていただきます」
Dr.Hooは、自身の演目のことを「チャレンジ」と呼んでいた。
気付くと、赤いロングのチャイナドレスだったヴィヴィは、一度ステージ脇に下がり、次の「チャレンジ」に必要なものをワゴンに乗せて運んで来た。
「次のチャレンジに必要なものは、コチラです」
そう言ってDr.Hooが、ヴィヴィが運んで来たワゴンから掌に乗る程度の大きさの小箱を、1つ1つ取り上げて観客たちに見せた。中身は何かと多くの視線が集まる。
「5月の誕生石は、エメラルド」
1つ目の小箱の中には、光り輝く緑色の石が収まっていた。その大きさ、美しさに会場からため息が聞こえた。
「7月の誕生石は、ルビー」
次に現れたのは、深く澄んだ赤い石だった。またも会場から声にならない声が上がる。
「そして、9月の誕生石はサファイア」
最後の青い石の素晴らしさに、ついに客席から歓声が上がった。
「どれも、アメリカのティファニー宝石店で購入した、本物の宝石です」
Dr.Hooが、堂々とした口調でそう言うと、会場のあちこちがざわついた。
それを、満足そうに微笑みながら頷き、Dr.Hooは宝石の入った箱を、一度ワゴンに戻した。
Dr.Hooがそう言って、ヴィヴィに合図をする。
よく承知しているヴィヴィは、ワイヤレスのハンドマイクを持って、最初に銀行頭取夫妻に近付いた。
「上海都市銀行頭取の、鄭銘と、妻の姚静宜です」
ビジネスマンらしい濃紺のスーツを着た鄭頭取は痩せて神経質そうだ。その隣で楚々と微笑むふくよかな姚夫人は、夫と同系の紺のワンピースにオフホワイトのジャケットを着ていた。
いかにも富裕層の幸せそうな夫婦に見えるが、片や若い愛人を囲い家庭を顧みず、片やそのことに心を痛めてメンタルクリニックに通い詰めている。そのどちらの事情も知る文維は、少し悲しそうな眼をした。
「どうぞ、リラックスしてください、鄭頭取、姚夫人」
優しいDr.Hooの言葉に、夫人は優雅に微笑み、円満な夫婦関係をアピールするように、そっとクールな夫に寄り添った。
「さて、お次は…」
張り付いたような笑顔のヴィヴィが、マイクを持って次の夫婦の前に移動する。
「こんばんは、包伯言です」
そう言って、包教授は穏やかな眼差しで隣の愛妻を振り返る。それを受けて、恭安楽が上品で高雅な笑みを浮かべて口を開いた。
「こんばんは、妻の恭安楽です」
それぞれに自己紹介をすると、包教授と恭安楽は互いに顔を見合わせてくすぐったそうに笑った。
その、ウソ偽りのない睦まじい様子に、会場からもほのぼのとした笑いが沸き起こる。
「おとうさまと、おかあさま、ステキですね」
煜瑾が、うっとりとステージを見つめながら、文維に囁いた。
「ええ」
言葉少なく答える文維だったが、その瞳の奥には煜瑾と両親への慈愛の光が見える。
「ステキなご夫婦ですね」
Dr.Hooも思わずそう言って微笑み、好意的な会釈をすると、最後に、大物である市政府の文化局長に、敬意を表しながら近付いた。
文化部長らしい趣味の良いところを見せようとしてか、今夜の趙局長は、白と黒の大きめの格子のカクテルジャケットに、黒のスラックス、赤い蝶ネクタイだが、小太りの彼にはオシャレというより、コメディアンに見えなくもない。
「私は趙徳輝です。こちらは、私のような気の小さい生き物の調教師です」
誰もが自分のことを知っているだろうと思い込んでいる様子で、趙局長は自身の肩書を敢えて名乗らず、ふざけた態度で妻を紹介した。ますますコメディアンの様相を呈してくる。
「まあ、イヤだわ、あなたったら。…皆さま、ごきげんよう!ワタクシ、金瑶です」
趙夫人がユーモアたっぷりに自己紹介をすると、会場が大きく沸いた。
彼女は、趙夫人となる前は、誰もがその名を知る、国民的に愛された歌手だったのだ。いかにもステージ慣れした、人に見られるということをよく理解している美人である。表舞台から離れて数年以上経つが、決して衰えを知らない、良く通る声も印象的だった。白いブラウスにサーモンピンクのスーツが若々しく、彼女を実際よりも若々しく見せている、いわゆる美魔女である。
役人としての本性はともかく、少なくとも見た目はユーモラスで温厚な好々爺を演じている趙局長とその夫人に、会場は惜しみなく拍手を送った。
「では、次のチャレンジには、こちらの3組のご夫婦にお手伝いをしていただきます」
Dr.Hooは、自身の演目のことを「チャレンジ」と呼んでいた。
気付くと、赤いロングのチャイナドレスだったヴィヴィは、一度ステージ脇に下がり、次の「チャレンジ」に必要なものをワゴンに乗せて運んで来た。
「次のチャレンジに必要なものは、コチラです」
そう言ってDr.Hooが、ヴィヴィが運んで来たワゴンから掌に乗る程度の大きさの小箱を、1つ1つ取り上げて観客たちに見せた。中身は何かと多くの視線が集まる。
「5月の誕生石は、エメラルド」
1つ目の小箱の中には、光り輝く緑色の石が収まっていた。その大きさ、美しさに会場からため息が聞こえた。
「7月の誕生石は、ルビー」
次に現れたのは、深く澄んだ赤い石だった。またも会場から声にならない声が上がる。
「そして、9月の誕生石はサファイア」
最後の青い石の素晴らしさに、ついに客席から歓声が上がった。
「どれも、アメリカのティファニー宝石店で購入した、本物の宝石です」
Dr.Hooが、堂々とした口調でそう言うと、会場のあちこちがざわついた。
それを、満足そうに微笑みながら頷き、Dr.Hooは宝石の入った箱を、一度ワゴンに戻した。
