第1章 華麗なるマジックショー
大興奮の観客たちを落ち着かせようと、Dr.Hooは両手を上げた。
彼のカリスマ性に誘導されるように、客席は静かになった。
すると照明が舞台全体を照らす明るいものへと切り替わり、ポップなリズム感のBGMも、静かなクラシックに変わった。
「ありがとう!みなさま、ありがとうございます」
Dr.Hooが第1声を放つと、見た目だけでなく、その声の良さにも会場にため息が溢れる。
「今宵は、私の『サイコロジカルイリュージョン』の世界へようこそ。科学と幻想の融合で、みなさまを混乱と動顛と心の解放へと導くことをお約束します」
ヘッドセットのマイクを通じて、Dr.Hooの安定した、穏やかな声が流れてくる。それがすでに、彼が得意とする催眠術のようで、会場はDr.Hooに完全に魅了されていた。
「続いては、この会場のゲストにもご協力願います」
そう言われて、会場がざわついた。自分が選ばれることになるかもしれないと、誰もがソワソワし始める。
「今回は、3組のカップルにご登壇いただきたい」
Dr.Hooがそう言うと、いつの間にかヴィヴィと、さらに若い少年とが客席にいた。
「ただいまより、私のアシスタントであるヴィヴィとジョニーが、お手伝いいただく方々を舞台の上へご案内いたします」
その言葉と同時に、真っ赤なチャイナドレスのヴィヴィは、その濃艶さを打ち消すような無邪気な笑顔で、会場の後方にあるテーブル席から有名な都市銀行の頭取夫妻に立ち上がるように促した。
「あれは…」
思わず声に出してしまい、文維は慌てて口をつぐんだ。煜瑾は一瞬、文維の顔を覗き込んだが、その先を続けようとしない文維に、何らかの意図があると察して、ただそっと視線を舞台に戻した。
ヴィヴィに誘導され舞台に向かう鄭銘銀行頭取と、姚静宜夫人が、ちらりと文維に視線を向け、軽く会釈をした。
煜瑾はニヤッと笑った夫人の顔にハッとする。
煜瑾がまだ文維のクライアントとしてクリニックに通っていた頃、予約時間を間違えて来た姚夫人と、待合室で彼女と顔を合わせていたのだ。
姚夫人が自分のクライアントだと気付いたために、文維が先ほど反応したのだと煜瑾は思った。
「まあ、私たち?」
聞き覚えのある声に煜瑾が振り返ると、今度もテーブル席から、なんと包教授夫妻が立ち上がった。
「おかあさま!」
煜瑾は大きな目をさらに大きく見開き、文維と包教授夫妻をキョトキョトと見比べてしまう。
包教授夫妻は、ヴィヴィよりもさらに若い、中国系美少年と言った風情のアシスタントが誘導する。
(煜瑾ちゃ~ん!文維~)
舞台に向かって近くを通る時に、恭安楽は声を出さずに息子たちの名前を呼んで、小さく手を振った。隣で包教授も分かっているという様子で頷く。
そんな2人を文維は面白そうに、煜瑾は嬉しくてたまらないという表情で見送った。
「最後の1組です」
Dr.HOOはそう言うと、自らステージを降り、文維と煜瑾の斜め前に座った主賓とも言える位置に近付いた。
マジシャンが自ら迎えに行ったのは、上海市政府の文化局長夫妻だった。今夜の招待客の中で、もっとも高位のお役人と言える。
市政府からこのショーに変な目をつけられないためにも、役人の顔を立てるという配慮は、おそらく国内イベントの手配に慣れた王淑芬の考えだろう。そう察した唐煜瓔は、口元だけをかすかに歪めた。
(本当に、クレバーなショーだな)
「ん?煜瓔お兄さま、何かありましたか?」
サンドイッチを食べ終え、フルーツの盛り合わせもほとんど食べ尽くした小敏は、煜瓔の様子に気付いて声を掛けた。
「いや。メニューには寿司もあるが、さすがに…」
「あ、いただきます!」
空になった小敏のお皿を目にした煜瓔は、あくまでも社交辞令のつもりで声を掛けたのだが、まさか小敏がまだ食べるとは、またも驚かされる。
「それは構わないが…。もう一度確認するが、このショーの後の食事会には来るんだよね?」
「もちろんです!」
屈託ない明るい笑顔に、うっかり丸め込まれた唐煜瓔は引きつった笑いを浮かべながら、廊下に控えていたウェイターに、寿司の盛り合わせと、自分のためのウィスキーソーダを注文した。
舞台上には3組の夫婦が並んだ。
彼のカリスマ性に誘導されるように、客席は静かになった。
すると照明が舞台全体を照らす明るいものへと切り替わり、ポップなリズム感のBGMも、静かなクラシックに変わった。
「ありがとう!みなさま、ありがとうございます」
Dr.Hooが第1声を放つと、見た目だけでなく、その声の良さにも会場にため息が溢れる。
「今宵は、私の『サイコロジカルイリュージョン』の世界へようこそ。科学と幻想の融合で、みなさまを混乱と動顛と心の解放へと導くことをお約束します」
ヘッドセットのマイクを通じて、Dr.Hooの安定した、穏やかな声が流れてくる。それがすでに、彼が得意とする催眠術のようで、会場はDr.Hooに完全に魅了されていた。
「続いては、この会場のゲストにもご協力願います」
そう言われて、会場がざわついた。自分が選ばれることになるかもしれないと、誰もがソワソワし始める。
「今回は、3組のカップルにご登壇いただきたい」
Dr.Hooがそう言うと、いつの間にかヴィヴィと、さらに若い少年とが客席にいた。
「ただいまより、私のアシスタントであるヴィヴィとジョニーが、お手伝いいただく方々を舞台の上へご案内いたします」
その言葉と同時に、真っ赤なチャイナドレスのヴィヴィは、その濃艶さを打ち消すような無邪気な笑顔で、会場の後方にあるテーブル席から有名な都市銀行の頭取夫妻に立ち上がるように促した。
「あれは…」
思わず声に出してしまい、文維は慌てて口をつぐんだ。煜瑾は一瞬、文維の顔を覗き込んだが、その先を続けようとしない文維に、何らかの意図があると察して、ただそっと視線を舞台に戻した。
ヴィヴィに誘導され舞台に向かう鄭銘銀行頭取と、姚静宜夫人が、ちらりと文維に視線を向け、軽く会釈をした。
煜瑾はニヤッと笑った夫人の顔にハッとする。
煜瑾がまだ文維のクライアントとしてクリニックに通っていた頃、予約時間を間違えて来た姚夫人と、待合室で彼女と顔を合わせていたのだ。
姚夫人が自分のクライアントだと気付いたために、文維が先ほど反応したのだと煜瑾は思った。
「まあ、私たち?」
聞き覚えのある声に煜瑾が振り返ると、今度もテーブル席から、なんと包教授夫妻が立ち上がった。
「おかあさま!」
煜瑾は大きな目をさらに大きく見開き、文維と包教授夫妻をキョトキョトと見比べてしまう。
包教授夫妻は、ヴィヴィよりもさらに若い、中国系美少年と言った風情のアシスタントが誘導する。
(煜瑾ちゃ~ん!文維~)
舞台に向かって近くを通る時に、恭安楽は声を出さずに息子たちの名前を呼んで、小さく手を振った。隣で包教授も分かっているという様子で頷く。
そんな2人を文維は面白そうに、煜瑾は嬉しくてたまらないという表情で見送った。
「最後の1組です」
Dr.HOOはそう言うと、自らステージを降り、文維と煜瑾の斜め前に座った主賓とも言える位置に近付いた。
マジシャンが自ら迎えに行ったのは、上海市政府の文化局長夫妻だった。今夜の招待客の中で、もっとも高位のお役人と言える。
市政府からこのショーに変な目をつけられないためにも、役人の顔を立てるという配慮は、おそらく国内イベントの手配に慣れた王淑芬の考えだろう。そう察した唐煜瓔は、口元だけをかすかに歪めた。
(本当に、クレバーなショーだな)
「ん?煜瓔お兄さま、何かありましたか?」
サンドイッチを食べ終え、フルーツの盛り合わせもほとんど食べ尽くした小敏は、煜瓔の様子に気付いて声を掛けた。
「いや。メニューには寿司もあるが、さすがに…」
「あ、いただきます!」
空になった小敏のお皿を目にした煜瓔は、あくまでも社交辞令のつもりで声を掛けたのだが、まさか小敏がまだ食べるとは、またも驚かされる。
「それは構わないが…。もう一度確認するが、このショーの後の食事会には来るんだよね?」
「もちろんです!」
屈託ない明るい笑顔に、うっかり丸め込まれた唐煜瓔は引きつった笑いを浮かべながら、廊下に控えていたウェイターに、寿司の盛り合わせと、自分のためのウィスキーソーダを注文した。
舞台上には3組の夫婦が並んだ。
