第1章 華麗なるマジックショー

 観客席にひっそりと流れていた明るいBGMがフェードアウトしていくと、同調するように客席の照明も暗くなる。

「いよいよだね」

 小敏が小さく呟いた。

 一瞬会場が真っ暗になり、ドキリとした煜瑾は思わず隣に座る文維の手を握った。

 次の瞬間、ステージが全開で明るくなり、観客たちは目が眩んだ。そこへ同時に、賑やかでポップな音楽が鳴り響く。観客たちの誰もが、童心を取り戻したように目を輝かせている。

 楽しい音楽の中、スモークのカーテンの中に人影が映った。
 人々は期待に息を飲む。

 音楽が大きくなり、人々の注目が最大限になった時、現れたのは、なんとDr.Hooではなく、その美人アシスタントのヴィヴィだ。
 真っ白いセクシーなビスチェに、バレリーナのチュチュを思わせるような、真っ赤なフリルのミニスカートという、目を引くチャーミングなカクテルドレスだ。

「まあ~」「おお~」「ほ~」

 その官能的でありながら可憐な雰囲気も合わせ持つヴィヴィに、観客たちは魅了される。彼女はそんな観客たちに謝意を示すように、舞うように舞台を端から端まで移動し、笑顔を振りまいた。

 舞台中央に戻ったヴィヴィは、自分の赤いスカートに手を掛け、クルリとその場で1回転する。すると、彼女の手には大きなシーツのような白と赤の布があり、彼女の衣装はゴールドに光り輝くタイトなロングのイブニングドレスに代わっていた。

「は~!」

 その見事な手際と、美しさに観客たちは言葉を失い、彼女から目を離せなくなる。そして、気が付くと彼女の持つ大きなシーツのような布は、カナダの国旗だった。
 Dr.Hooの出身国であるカナダの国旗で、彼の紹介も兼ねているのだろう。観客たちがそう思った頃合いに、モデル並にスラリとした長身のヴィヴィが、カナダ国旗を両手で大きく掲げると、彼女の全身が隠された。次にカナダ国旗がヒラヒラと床に落ちると、そこには妖艶な美女のヴィヴィの姿はなく、新進気鋭の天才マジシャン、Dr.Hooこと胡双が満を持して登場した。

「わ~」「きゃー」

 甘いマスクのスターマジシャンの登場に、会場が一斉に沸いた。

「え?え?いつ入れ替わったのか、全然分かりませんでした!」

 無邪気な煜瑾は、子供のように興奮して舞台と文維の両方を見比べている。
 その天使の笑顔がたまらなく清らかで、文維は目が眩む思いだった。

 観客たちのどよめきを抑えるように、Dr.Hooが両手を上げ、次に感謝するように深く頭を下げたかと思うと、そのまま床に落ちたカナダ国旗を拾い上げ、大きく降ると、それは一枚布ではなく、筒状になっているのが分かった。

「どうなるの?どうしてあの国旗は袋になっているの?」

 大きな目をクリクリとさせて、恭安楽も夢中になっている。愛妻の喜びように、包教授も満足そうにしている。

「確か、ラスベガスのショーではアメリカ国旗を使ったと思うが…。国家間の微妙な関係を配慮しているのかな」

 上海経済界の大物でもある唐煜瓔は、国際情勢にも詳しいらしく、誰に言うことなくポツリと言った。

「クレバーな男だ」

 唐煜瓔の呟きに、隣にいた小敏はなるほどと感心した。
 文化面はともかく、確かに政治的には国と国にはまだまだ摩擦が多い。今日のショーの招待客の中には市政府の役人などもいるため、アメリカの星条旗を避けたということなのだろう。

 舞台では、筒状の国旗を高く捧げ持ったDr.Hooが、パッと手を離すと、布の中からは今度は華やかな水色の、ロココ調の大きな釣り鐘スカートのドレスを着たヴィヴィが登場した。

「あんなタイトなドレスから、どうやってあんな豪華なドレスが?」

 先ほどの体にピタリと密着したゴールドのイブニングドレスの印象が強かったのか、恭安楽は悲鳴のような声を上げた。

 Dr.Hooとヴィヴィは手を取り合い、観客にアピールした。そのタイミングで、大きな拍手が起きる。
 2人は再び筒状になった布を持ち上げた。するとそれは赤い中国国旗に代わっていて、Dr.Hooとヴィヴィは満面の笑顔でその筒の中に潜り込んだ。
 そして、その赤い布が消えた瞬間…。

「おお!」

 会場にどよめきが広がった。
 あれほど大きな国旗がどこにも無く、そこから現れたのは、艶やかで妖艶な、体にピッタリとした真紅のチャイナドレスを着たヴィヴィと、先ほどまでの平凡な黒いタキシードからシルバーの上下に、真紅のベストを着た姿に変わったDr.Hooだった。

 惜しみない喝采が舞台上の2人に与えられる。
 スポットライトを浴びて、Dr.Hooの「サイコロジカルイリュージョン」が上海セレブに受け入れられた瞬間だった。



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