第1章 華麗なるマジックショー
Dr.Hooのお披露目も終え、観客たちはいよいよ劇場内の客席に移動することになった。
劇場内にはロビーの食べ物を持ち込めないと耳にした小敏は、急いでロビーの隅に集められた片付ける前の軽食に向かった。
「ショーの後はお食事に行くんですから、あまり食べ過ぎないで下さいね、小敏」
文維に寄り添われた煜瑾が心配そうに声を掛けると、小敏は高貴な親友に向かって分かっていると伝えるように、ちょっとオーバーなウィンクを送った。
それをクスクスと笑いながら見て、上機嫌で文維と煜瑾は観客席の方に進んだ。
「ちょっと、食べさせてない子供みたいに恥ずかしい事はしないでちょうだいね」
いつまでも食べ盛りの小敏の食欲に、母親代わりの恭安楽が周囲を憚るように言うが、小敏は軽く頷くだけで、もりもりとそこにあるものを平らげていく。
その様子に、何を言っても無駄と思ったのか、包夫妻は呆れたような苦笑いを浮かべて、客席中央部に設置されたテーブル席を目指した。テーブル席では、飲み物だけはオーダーできるのだ。
「え~、もう無いの~?」
気に入っていた日本風の唐揚げが品切れと知って、少しガッカリした小敏だったが、その時ロビーの隅でちょっとしたアクシデントを見かける。
「まったく、通訳の手配くらいどうしてすぐに出来ないのよ!それでも劇場の支配人と言える?」
ひょろりと背の高い気の弱そうな中年男性に、ピシピシと厳しい口調で文句を言っているのは、アメリカからDr.Hooのショーをこの劇場のこけら落しにマッチングした凄腕の女性プロモーターだった。
(え~っと、王さんだったっけ?)
人の顔と名前の覚えが良い小敏は、先ほど上海セレブたちにあいさつ回りをしていた王淑芬をすぐに思い出した。
「仮にもホテルの中の劇場でしょう?ホテルなら通訳出来るレベルの英語が話せる人くらいいそうなものだわ!」
察しの良い小敏はすぐに、先ほどDr.Hooのマネージャーであるハワード・ベネット氏の同時通訳を務めたのは王淑芬の本来の役割では無かったのだと気付いた。
「所詮はコネでこの仕事を得た、雇われ支配人なんでしょ!もっと責任感を持ってよ!」
なかなか辛辣な王淑芬に、さすがに小敏も劇場支配人に同情した。
「も、申し訳ありません!」
それだけ言うと、支配人は自分で自分の頬を叩いた。
(おっと、イマドキそんなことする人、まだいたんだ!)
反省を表す中国独自のボディランゲージとして、自分で自分の頬を叩くというものがあるが、少なくとも上海では、今どきそんな大げさな動作は時代遅れと思われ、ドラマの中くらいしか見られなくなっていた。
「やめてよ、そんな安っぽいパフォーマンス」
やはり都会派の王淑芬には、古臭い謝罪の行為は受け入れられなかった。
「このショーが失敗したら、全てあなたの責任よ。これ以上間違いが起こらないよう、祈ってでもおくことね!」
憎々し気にそう言い放ち、王淑芬はどこかに立ち去り、劇場支配人の孫浩然は口惜し気に顔を歪め、怒りに肩を震わせていた。
(どの業界もいろいろあるよね…)
イヤなものを見たと思いつつも、最後に果物を取り皿に取れるだけ取って、小敏はその場から離れた。
「羽小敏!ここにいた…の、か?」
今日は同じ2階の桟敷席から鑑賞する唐煜瓔は、先ほどから小敏を探していたのだが、やっと見つけた小敏が手にした皿に山盛りのフルーツを見て言葉を失った。
「あ、煜瓔お兄さま、ちょっと待って下さい。これだけ食べちゃいますね」
ニッコリと愛くるしいほどの笑顔を浮かべ、小敏はそう言ってガツガツとせっかくの高級フルーツを口いっぱいに頬張った。
「桟敷席では、食事も可能なんだが…。果物と飲物程度なら席から注文すればいい」
人を逸らせない愛嬌のある、人タラシの小敏が、これほどの大食漢とは今日まで気が付かなかった唐煜瓔は、戸惑いながらも最愛の弟の親友と共に、劇場の2階へと案内されていった。
劇場はセレブの招待客の他にも、今夜の特別なチケットを高額で手に入れた一般客もいて、満員状態だった。
開演ブザーが鳴った。
「ドキドキして来ました」
「私が隣にいますから、安心して下さいね、煜瑾」
「伯言!あそこに文維と煜瑾が座ってるわ!あ、あんな高い所に小敏も!」
「安楽、もう始まりますよ。キョロキョロせずに前を見なさい」
「ボクね、サンドイッチとフルーツの盛り合わせ。あと、スパークリングワインのロゼで」
「羽小敏。このショーのあとの食事会には来ないのかね?」
「もちろん行きますよ、煜瓔お兄さま」
「……」
いよいよ、Dr.Hooによる「サイコロジカルイリュージョン」が開幕する。
劇場内にはロビーの食べ物を持ち込めないと耳にした小敏は、急いでロビーの隅に集められた片付ける前の軽食に向かった。
「ショーの後はお食事に行くんですから、あまり食べ過ぎないで下さいね、小敏」
文維に寄り添われた煜瑾が心配そうに声を掛けると、小敏は高貴な親友に向かって分かっていると伝えるように、ちょっとオーバーなウィンクを送った。
それをクスクスと笑いながら見て、上機嫌で文維と煜瑾は観客席の方に進んだ。
「ちょっと、食べさせてない子供みたいに恥ずかしい事はしないでちょうだいね」
いつまでも食べ盛りの小敏の食欲に、母親代わりの恭安楽が周囲を憚るように言うが、小敏は軽く頷くだけで、もりもりとそこにあるものを平らげていく。
その様子に、何を言っても無駄と思ったのか、包夫妻は呆れたような苦笑いを浮かべて、客席中央部に設置されたテーブル席を目指した。テーブル席では、飲み物だけはオーダーできるのだ。
「え~、もう無いの~?」
気に入っていた日本風の唐揚げが品切れと知って、少しガッカリした小敏だったが、その時ロビーの隅でちょっとしたアクシデントを見かける。
「まったく、通訳の手配くらいどうしてすぐに出来ないのよ!それでも劇場の支配人と言える?」
ひょろりと背の高い気の弱そうな中年男性に、ピシピシと厳しい口調で文句を言っているのは、アメリカからDr.Hooのショーをこの劇場のこけら落しにマッチングした凄腕の女性プロモーターだった。
(え~っと、王さんだったっけ?)
人の顔と名前の覚えが良い小敏は、先ほど上海セレブたちにあいさつ回りをしていた王淑芬をすぐに思い出した。
「仮にもホテルの中の劇場でしょう?ホテルなら通訳出来るレベルの英語が話せる人くらいいそうなものだわ!」
察しの良い小敏はすぐに、先ほどDr.Hooのマネージャーであるハワード・ベネット氏の同時通訳を務めたのは王淑芬の本来の役割では無かったのだと気付いた。
「所詮はコネでこの仕事を得た、雇われ支配人なんでしょ!もっと責任感を持ってよ!」
なかなか辛辣な王淑芬に、さすがに小敏も劇場支配人に同情した。
「も、申し訳ありません!」
それだけ言うと、支配人は自分で自分の頬を叩いた。
(おっと、イマドキそんなことする人、まだいたんだ!)
反省を表す中国独自のボディランゲージとして、自分で自分の頬を叩くというものがあるが、少なくとも上海では、今どきそんな大げさな動作は時代遅れと思われ、ドラマの中くらいしか見られなくなっていた。
「やめてよ、そんな安っぽいパフォーマンス」
やはり都会派の王淑芬には、古臭い謝罪の行為は受け入れられなかった。
「このショーが失敗したら、全てあなたの責任よ。これ以上間違いが起こらないよう、祈ってでもおくことね!」
憎々し気にそう言い放ち、王淑芬はどこかに立ち去り、劇場支配人の孫浩然は口惜し気に顔を歪め、怒りに肩を震わせていた。
(どの業界もいろいろあるよね…)
イヤなものを見たと思いつつも、最後に果物を取り皿に取れるだけ取って、小敏はその場から離れた。
「羽小敏!ここにいた…の、か?」
今日は同じ2階の桟敷席から鑑賞する唐煜瓔は、先ほどから小敏を探していたのだが、やっと見つけた小敏が手にした皿に山盛りのフルーツを見て言葉を失った。
「あ、煜瓔お兄さま、ちょっと待って下さい。これだけ食べちゃいますね」
ニッコリと愛くるしいほどの笑顔を浮かべ、小敏はそう言ってガツガツとせっかくの高級フルーツを口いっぱいに頬張った。
「桟敷席では、食事も可能なんだが…。果物と飲物程度なら席から注文すればいい」
人を逸らせない愛嬌のある、人タラシの小敏が、これほどの大食漢とは今日まで気が付かなかった唐煜瓔は、戸惑いながらも最愛の弟の親友と共に、劇場の2階へと案内されていった。
劇場はセレブの招待客の他にも、今夜の特別なチケットを高額で手に入れた一般客もいて、満員状態だった。
開演ブザーが鳴った。
「ドキドキして来ました」
「私が隣にいますから、安心して下さいね、煜瑾」
「伯言!あそこに文維と煜瑾が座ってるわ!あ、あんな高い所に小敏も!」
「安楽、もう始まりますよ。キョロキョロせずに前を見なさい」
「ボクね、サンドイッチとフルーツの盛り合わせ。あと、スパークリングワインのロゼで」
「羽小敏。このショーのあとの食事会には来ないのかね?」
「もちろん行きますよ、煜瓔お兄さま」
「……」
いよいよ、Dr.Hooによる「サイコロジカルイリュージョン」が開幕する。
