お兄さまといっしょ

 上海でも有数の名門私立学校。
 ここでは早くからイギリスの名門校との提携もしており、イギリス式のハウスシステムを採用していた。そのため、将来はイギリスへの留学を考えている中国富裕層の子弟たちがこぞって入学を希望するのだ。その多くは6歳から小学部に入学し、初中、高中一貫の中学部へとエスカレーター式に進学し、その先はイギリスやカナダを中心にほとんどが海外の大学へと留学していくのだった。

 そこに席を置く12歳の唐煜瓔は、英文学の授業中であるにも関わらず、退屈そうに窓の外に目をやった。小学部の校舎は、中庭を囲むように北側一方だけが開いた「コ」の字型に建てられている。3階建ての西翼の2階の教室からは、今は誰もいない芝生が広がる中庭しか見えない。

「And as Shakespeare said, "The darkest darkness in the world is that of ignorance."(そして、シェークスピアはこうも言っています。「この世で最も暗いのは無知の暗闇だ」と。)」

 小学部とは言え、授業の1/3は英語での授業である。ついて行くのに必死の生徒もいるが、唐煜瓔は本家の英国唐家からの薫陶を受け、物心つく前からイギリス英語の家庭教師が付いていた。

(じゃあ、ソクラテスの「無知の知」はどうなるわけ?)

 聡明で早熟な唐煜瓔は、知的な連想をしながらも授業が一刻も早く終わることを願っていた。
 この授業が終われば、大好きなハウスシブリングスの「兄」である2歳年上の羽牧とのランチが待っているのだ。
 去年までは同じ小学部で、煜瓔と一緒にランチをすることも多かった羽牧だったが、中学部に進学してからは、すっかりそちらの同級の友人たちとの行動が増えてしまい、「弟」の煜瓔としては寂しい想いをしていた。
 だが今日は、今週末にある煜瓔の誕生日パーティーの打ち合わせのために、唐煜瓔と羽牧の「兄弟」は、小学部の生徒と中学部の生徒が一緒にランチが出来る学園内唯一のカフェで待ち合わせをしていた。

「Well, that's all for today.(では、今日はここまでとします。)」

 中国系イギリス人で、ネイティブなキングス・イングリッシュを話すウ―教師が授業終了を告げた瞬間に、唐煜瓔はもう立ち上がっていた。

「唐煜瓔くん。お急ぎかね?」

 決して意地悪ではなく、冷やかすようにウー教師に声を掛けられ、煜瓔は一瞬眉をひそめた。だがすぐに悠然とした態度で、ウー教師に応える。

「いえ、Thank you Professor Wu for the wonderful lesson today.(ウー先生、今日も素晴らしい授業をありがとうございました。)」

 いつも教師を満足させる見事な発音で話す唐煜瓔に、ウー教師は嬉しそうに微笑み、頷いた。

「では、失礼します」

 内心、イラっとして焦りながら、それでもバタバタと駆けだすような真似はせず、幼くても優雅な動作で唐煜瓔は教室を後にした。
 時間を無駄にしたことが惜しかった。

「煜瓔哥哥!」

 廊下に出た途端、唐煜瓔は声を掛けられた。相手はもう分かっている。聞こえなかったふりをして、煜瓔はカフェに急ごうとした。






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