お兄さまといっしょ

 実は唐煜瓔と宣格は、小、中学校が同じだ。もちろん唐煜瓔の方が2歳年上で先輩にあたるが、それでも2人は特別な関係だった。
 2人が在籍していた私立学校は、イギリスの教育機関のハウスシステムを採用していた。いわゆる全寮制であり、中でも特長的なのが「ハウス・シブリングス」制度だった。
 煜瓔の2歳年下の宣格は、入学したと同時に唐煜瓔を学内の兄とすることになったのだ。
 一方の唐煜瓔にとっても、宣格は自分が初めて持つ「弟」だったが、煜瓔自身はそれよりも自身の「兄」の羽牧に夢中で、「弟」の宣格は、最低限の世話しかしてもらえなかった。

「何がティーンエイジャーですか。ローティーンどころか、出会った頃はまだ、お互いに10歳にもなっていなかったんですよ」

 そう言いながら、上海より随分と暖かいとはいえ、12月の香港を舐めるなとでも言いたそうに、宣格は軽いダウンのジャケットを差し出した。

 小学部に入学したばかりの6歳の宣格と8歳の唐煜瓔は、兄弟として同じ寮の部屋で2年間過ごした。もちろんまだまだ幼い8歳の少年に、さらに幼い6歳の子供の面倒など見られるはずもない。
 出来ることと言えば、一緒に行事に参加することで、ドレスコードやマナーを教えたり、苛められたりしないよう見守ったり、夜中にホームシックで泣いているのを慰めたり、という程度なのだが、それはどの「シブリング(兄弟姉妹)」たちも同じで、そうやって友情を育み、学園生活に慣れて行くのだった。
 けれど、上海の名門で大富豪の後継者である唐煜瓔は、物心つく頃から帝王学を身に着けるよう教育を受け、特別な存在として学園内でも一目置かれていた。
 そんな唐煜瓔は幼くとも気難しく、始めは宣格も近寄りがたいと感じていたのだが、煜瓔の「兄」である羽牧の取り成しが上手いこともあり、いつしか「弟」としてのポジションを固めていったのだ。

「さて夕食は、香港名物の美味しい海老ワンタン麺を奢ってあげよう、小宣」

 幼い頃に両親から離され、心細さに肩を寄せ合うようにしていた「兄弟」に戻ったように、唐煜瓔は微笑んだ。

(煜瓔哥哥…)

 唐煜瓔を兄と慕っていた無邪気な頃を思い出し、宣格もまた頬を緩めた。

「上海有数の大富豪の割に、随分とケチなんですね」
「何を言ってる。それだけお前とは気心が知れてるってことだ」
「よく言いますよ」

 2人はそのまま軽口を叩きながら、ペニンシュラホテルのスイートルームを後にした。

 とても上海有数の名家で大富豪の当主には見えないカジュアルな服装と態度で、唐煜瓔は誰よりも信頼を置く秘書と共に、お気に入りのスターフェリーに乗り、フラフラと歩いてヒルサイド・エスカレーターに向かった。
 その気品のある美貌はともかくとして、一見すれば気さくな友人の男性2人が、楽しそうに街を散策しているようにしか見えない。それだけ唐煜瓔もリラックスしているということだ。

「裏町の薄汚い店だが、何時来てもこの店の海老ワンタン麺は絶品だな」
「気に入ってわざわざ来る店に、薄汚いとかよく言えますよね」

 確かに店構えは至って庶民的だが、その味の良さで知られる店だけに少し並ぶことになった唐煜瓔と宣格は気楽な会話を交わしながら順番が来るのを待った。
 そのほとんどが、一杯の海老ワンタン麺を目的に来る店内の回転は早く、並んでいた煜瓔と宣格もすぐに仲良く店内へ入った。







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