お兄さまといっしょ

 上海有数の富豪で、遠く清朝の満州貴族の血を引き、冒しがたい気品を持ち、誰もが認める美貌と才知を持つ、現代を代表する青年エリートである唐煜瓔は、今日の仕事を終え、出張先のホテルに戻ると、これから僅かなプライベートタイムを楽しむつもりでいた。
 明日は、香港での5日間の貿易会議中、たった1日だけの休日だ。

「まずは、ペニンシュラ・アーケードだな。あとは…、ディズニーランドも悪くない…」

 浮かれたようにブツブツ言いながら、最高級のビジネススーツから、趣味の良いカジュアルなウールのセーターに着替えた。

「唐社長…」
「ヨーロッパのハイブランドばかりではなく、何かもっと、伝統工芸的なものも悪くないな…」
「…唐、社長…」
「そうだ、美術館や博物館、画廊も立ち寄ろう」
「…唐煜瓔社長!」

 何度も声を掛け続けた、第一秘書の宣格が、声を大きくした。

「?何かね、宣格?」

 すっかりその存在を忘れていた唐煜瓔だったが、秘書の珍しい大声に気付き、おっとりと振り返った。

「唐社長。確かに明日は今回の会議で唯一の休日ですが、ホープ貿易のリー社長からゴルフのお誘いが来ております…」

 アメリカの中堅貿易会社の社長は、無類のゴルフ好きらしく、昨日と今日の会議でも隙あらばゴルフの話ばかりで、周囲を辟易させていた。

「あの男の話し方が気に食わない」

 本家があるイギリスの、正統なキングスイングリッシュを叩きこまれ、一時的ではあるもののイギリスの名門校に留学した経験もある唐煜瓔にとって、南部訛の強いアフリカ系アメリカ人であるリー社長のアメリカ英語は耳障りに感じられるのだ。

「またそんなワガママを…」

 聡明で、高貴で、近寄りがたいほどの麗容を持ち、「上海最後の独身貴族」として人々から尊敬と憧憬を集める唐煜瓔だが、心を許す第一秘書には本音を漏らすことが多い。

「だが、それを差し引いても、だ。明日は、他の誰のためにも使わない」

 美しい顔を、頼もしい秘書にグッと近づけると、稀代の貴公子は毅然として言った。

「いいか。明日は煜瑾へのクリスマスプレゼントを買いに行く!これは最優先事項で、誰も邪魔することは許さない!」

 どれほどの圧力で迫られようとも、宣格秘書はビクともしない。
 上司である唐煜瓔が、決して自分に危害を加えないと確信しているし、彼自身、アメリカの大学でMBAを取得し、FBIの特別トレーニングにも参加経験があり、自分に自信があるため怯む理由など全くないのだ。

「煜瑾くんも、もう高校生ですよ。そんなにベタベタされては迷惑ですよ」

 呆れ果てた様子で宣格秘書がそう苦言すると、唐煜瓔はムッとした態度を隠さずに言い返す。

「ベタベタとはなんだ、ベタベタとは。煜瑾は、私の大切な、大切な唯一の家族というだけではない。賢くて、美しく、心清らかな『唐家の至宝』なのだぞ。私の大事な宝物であるのはもちろん、すでにこの世の宝なのだ」
「何を言ってるんですか。あなたが単なる弟大好きなブラコンってだけじゃないですか」

 気難しい上司に対して、なかなかの毒舌ぶりだが、それも仕方がない。

「小宣、お前も昔はもうちょっと可愛げがあったのにな」
「いつの話をしているんです」
「花のティーンエイジャーの頃だよ」

 当時を思い出したのか、煜瓔は楽しそうにそう言った。






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