氷の告白

「お帰りなさい、文維!」

 2人で暮らす:嘉里公寓(ケリー・マンション)のステキな部屋の玄関で、文維は天使に出迎えられた。
 輝くばかりに美しく、清純で、高貴で、一途に文維を慕う天使のような唐煜瑾の笑顔に、見慣れているはずの文維も心を奪われ、そのまま動けなくなった。

「?」

 最愛の恋人の態度を不思議に思い、煜瑾は文維の端整な顔を覗き込んだ。

「どうかしましたか?」
「あ、…いえ、あまりに煜瑾が美しいので見惚れてしまいました」

 正直に答えた文維に、煜瑾は可憐に:微笑(ほほえ)んだ。

「もう、文維ったら、またそんな冗談ばかり言うんですね」

 無垢でキレイな心しか持たない煜瑾は、自分がどれほど人の気持ちを揺さぶる美貌と存在感があるのか全く自覚が無く、いつも謙虚で、慎み深い。

「今夜はレトルトのカレーですけれど…。冷凍のチーズナンもあって、本格的なのです」

 ウキウキとした様子の煜瑾が愛らしく、眩しく思えて、文維は微笑みながら煜瑾の手を取り、引き寄せ、強く抱きしめた。

「ありがとう、煜瑾。君と一緒に、温かい食事を摂れるだけでも、今の私は幸せです」
「…文維?」

 逞しい恋人の腕の中で、いつもならこれ以上ないほどの安心感を得る煜瑾だが、今夜の文維は何かが違った。それが煜瑾を不安にさせる。

「文維?…お疲れなのですか?」

 上海で一番予約が取れないと評判の高い文維のクリニックだが、その分、文維は多忙なだけではなく、難しいクライアントの問題も受け止めなければならないストレスにさらされている。
 その重責たるや、名門「唐家の至宝」として大切に育てられた煜瑾には想像もつかない。

「いえ…。…ああ、そうです。今日は少し疲れました…」

 一度煜瑾の言葉を否定しようとした文維だったが、すぐに言い直した。心優しい天使を必要以上に心配させたくなかったのだ。
 思い直したように、文維は腕の中の煜瑾を開放すると、本当に疲れ切った笑いを浮かべた。






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