氷の告白

「お久しぶり…」

 相変らず、物静かな淑女といった様子で、范青䒾は文維の前に現れた。

「お久しぶりです、マダム・ガルニエ」

 クライアントの心を開く、優秀なカウンセラーの笑みを浮かべて、包文維は范青䒾をその趣味の良い診察室で迎えた。
 互いに穏やかな笑顔を交わしながら、文維は座り心地のよいカウチソファを勧め、范青䒾は優雅に腰を下ろした。

「お変わりなく?」

 美しく、悩ましい顔と声で范青䒾は囁いた。文維には、かつて奔放だった頃の彼女に比べて、少し痩せて見える。

「あなたこそ、相変わらずお美しいですね。コーヒーでも?」
「ありがとう。コーヒーは結構よ。それより、大切な話があるから…」

 范青䒾はそう言って、意味ありげに口元を歪めた。

「では、お話を伺いましょう」

 カウンセラーとしての立場で、文維は范青䒾に向かい合った。

「…もう、違うの…」
「え?」
「…私、…もう…、『マダム・ガルニエ』じゃないの…」

 文維は、旧友の范青䒾が、裕福な貿易商であるフランス人のピエール・ガルニエと離婚したのだと察した。そのことで精神的に不安定になり、このクリニックに来たのだろうか。

「…彼に、捨てられたわ…」

 自嘲するように笑って、彼女は文維を見詰めた。

「その理由は、私にあるの」

 すっと彼女の視線が冷ややかになった。多くの「恋人」たちに囲まれ、華やかで、晴れやかな時間を過ごしながら、時折こんな冷たい表情をすることがあった、と文維は思い出した。
 張り付いたような笑みを浮かべ、疲れ切ったように范青䒾は言った。

「そのことで、あなたに言っておかなければならないことがあるわ」

 文維は、彼女の言い方に少し引っ掛かった。
 上流階級に身を置く彼女は聡明で、言葉遣いも正確だったはずだ。カウンセラーに「聞いて欲しい」「話したい」ということならともかく、「言っておかなければならない」とは、非常に含みのある言い方だ、と文維は思った。

「そうなんですね。続けましょう」

文維が彼女に促すと、范青䒾は急に老け込んだような陰鬱な、それでも冴え冴えとした美貌で口を開いた。

「実は、私…」

彼女の告白を受け止めるように、沈着冷静に耳を傾けていた文維だったが、その思いもよらない内容に、顔色を変え、言葉を失った。







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