氷の告白
「ここへ来たというのですか!」
「?はい…。いけませんでしたか?」
思いがけないことに身の竦む文維の様子に、煜瑾の純然な心が揺らぐ。
「あの…。文維の、お知り合いの方なのでしょう?」
煜瑾も急に心配になり、両手を胸の前で重ねた。気持ちが落ち着かない証拠だ。
不安に駆られながらも、文維は煜瑾を思いやり、冷静な声で訊いた。
「その…『知り合い』というのは、名前を名乗りましたか?」
「?はい、もちろん」
煜瑾には、文維の険しい表情の意味が分からず、ドキドキしながら恋しい人の様子を窺うしかできない。
「その人の名前は?」
震えそうになる声を、なんとか抑えて、文維は煜瑾に優しく囁いた。
「はい。江芳さんとおっしゃるお姉さまでした」
「!江芳?」
素直に煜瑾が堪えると、その名前が信じられず、文維は顔面蒼白になる。
なぜ、蘇州の豪邸に引きこもり、上海での面談にも来られないという彼女が、いきなり煜瑾の前に姿を現したのか。
「毎日、文維のことを見守って下さっているそうですね。物静かな感じの、とってもお優しくて、お綺麗なお姉さまでした」
「……」
柔らかな物言いの煜瑾をよそに、文維は放心したように遠くを見た。
「文維?」
心配そうな煜瑾の声に、ボンヤリとしたまま文維は口を開いた。
「江芳…さんは、毎日見守っている、と?」
「…はい。文維のことはよく知っている、と。文維のことは毎日見守っていて、私のこともよく知っているとおっしゃいました。文維ったら、お姉さまには私のことも何でもお話されるのですね。少し…恥ずかしかったです」
無垢な煜瑾の告白に、文維はどうしたらいいのか分からず混乱していた。
「……」
「そう言えば…。江芳お姉さまって、優しくて、誠実な感じの方なのに、とっても面白いことをおっしゃいました」
煜瑾の言葉を測りかねたように、文維は改めて煜瑾の黒く、大きな、澄んだ瞳を見る。そこには、何の屈託もない。
「彼女は、何と?」
「江芳お姉さまは、最後にこう言われたのです」
文維の不穏な気持ちに気付くことなく、煜瑾は高貴な天使の笑みを浮かべて言った。
「お姉さまは、最後にこう言われたのです。私は『千里眼』なのよって。何でも見えるんですって。変な冗談ですよね」
その瞬間、彼女の視線を感じた文維は、急いで煜瑾の手を取り、2人が住まう高級レジデンスを飛び出したのだった。
〈おしまい〉
「?はい…。いけませんでしたか?」
思いがけないことに身の竦む文維の様子に、煜瑾の純然な心が揺らぐ。
「あの…。文維の、お知り合いの方なのでしょう?」
煜瑾も急に心配になり、両手を胸の前で重ねた。気持ちが落ち着かない証拠だ。
不安に駆られながらも、文維は煜瑾を思いやり、冷静な声で訊いた。
「その…『知り合い』というのは、名前を名乗りましたか?」
「?はい、もちろん」
煜瑾には、文維の険しい表情の意味が分からず、ドキドキしながら恋しい人の様子を窺うしかできない。
「その人の名前は?」
震えそうになる声を、なんとか抑えて、文維は煜瑾に優しく囁いた。
「はい。江芳さんとおっしゃるお姉さまでした」
「!江芳?」
素直に煜瑾が堪えると、その名前が信じられず、文維は顔面蒼白になる。
なぜ、蘇州の豪邸に引きこもり、上海での面談にも来られないという彼女が、いきなり煜瑾の前に姿を現したのか。
「毎日、文維のことを見守って下さっているそうですね。物静かな感じの、とってもお優しくて、お綺麗なお姉さまでした」
「……」
柔らかな物言いの煜瑾をよそに、文維は放心したように遠くを見た。
「文維?」
心配そうな煜瑾の声に、ボンヤリとしたまま文維は口を開いた。
「江芳…さんは、毎日見守っている、と?」
「…はい。文維のことはよく知っている、と。文維のことは毎日見守っていて、私のこともよく知っているとおっしゃいました。文維ったら、お姉さまには私のことも何でもお話されるのですね。少し…恥ずかしかったです」
無垢な煜瑾の告白に、文維はどうしたらいいのか分からず混乱していた。
「……」
「そう言えば…。江芳お姉さまって、優しくて、誠実な感じの方なのに、とっても面白いことをおっしゃいました」
煜瑾の言葉を測りかねたように、文維は改めて煜瑾の黒く、大きな、澄んだ瞳を見る。そこには、何の屈託もない。
「彼女は、何と?」
「江芳お姉さまは、最後にこう言われたのです」
文維の不穏な気持ちに気付くことなく、煜瑾は高貴な天使の笑みを浮かべて言った。
「お姉さまは、最後にこう言われたのです。私は『千里眼』なのよって。何でも見えるんですって。変な冗談ですよね」
その瞬間、彼女の視線を感じた文維は、急いで煜瑾の手を取り、2人が住まう高級レジデンスを飛び出したのだった。
〈おしまい〉
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