おとうさまといっしょ

「煜瑾が文維のことを想って、嬉しくなったり、悲しくなったりする気持ちは、決して病気などではないよ。心配はしなくていい」

 聡明なお父さまに、病気ではないと言われて、煜瑾はホッとした。安心はしたものの、お父さまのお話をもっと聞きたいと思った煜瑾は、お行儀よくお箸とお碗をキチンとテーブルに戻して、お父さまの知的で柔和な眼差しをジッと見返した。

 穢れなく、賢そうな煜瑾の黒い瞳を見返した包伯言は、相手が幼い子供とは言え、決して嘘を吐いたり、誤魔化したりしてはいけないと思った。

「煜瑾の不安定な気持ちは、私にもよく分かるよ」
「おとうしゃま?」
「私も、そんな風に安楽のことを想って、何度も涙がこぼれそうになったことがあるんだ」

 30年以上前のことを思い出し、包伯言は自分の若さと、それ以上に若すぎた恭安楽を懐かしんだ。

「煜瑾のその気持ちは、私が安楽を想う気持ちと同じだからね」
「あんらく…?あ!おかあしゃまでしゅね!」

 煜瑾は、自分が包文維を心から愛するのと同じく、英明な包伯言が、優しい恭安楽を愛しているのだと理解することができた。包伯言の言葉が、声が、視線が、それを幼い煜瑾にも教えてくれていた。

「そうだよ。私はね、煜瑾が文維を想うのと同じ気持ちで、お母さまが大好きだからね」

 大好きなお父さまが、大好きなお母さまのことを、とっても大好きなのは、煜瑾もこの上なく嬉しい。

「煜瑾も、おかあしゃまが大しゅき!でも…文維おにいちゃまのことを大しゅきな気持ちとは、違うのでしゅ」
「そうだね。私が安楽を想う気持ちは、恋人の愛だ。文維や小敏や…そしてカワイイ煜瑾を想う気持ちは、家族の愛だからね」

 お父さまは優しくそう言って下さったものの、煜瑾にはその違いがよく分からなかった。

「コイビト?カゾク?」
「ははは、煜瑾にはまだ少し難しかったかな」

 稚く愛らしく小首を傾げる煜瑾に、包伯言は少し困ったように笑った。
 真面目に熱心に話を聞こうとする小さな煜瑾を見つめ返した包伯言は、急に妻への愛情を語る自分に照れてしまい、クスクスと笑い出してしまった。

「?…おとうしゃま?」
「さあ、煜瑾。せっかくの食事が冷めてしまう。食事をしながら、お話をしようか」

 そう言って包伯言は、上海蟹を使った蟹みそ豆腐をお碗に盛った。これは、包家の人間なら馴染みのある、伯言の一番の好物で、自慢の料理だ。

「わ~煜瑾は、お豆腐も大しゅき~」

 大喜びの幼子の笑顔に、今この瞬間の穏やかな時間を感じ、安寧な時代に感謝した包伯言だった。






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