おかあさまといっしょ

 恭安楽が玄関のドアノブに手を掛けたが、文維が指摘した通り、やはりそこは鍵が掛かっていた。

「あら、鍵が掛かっているわ」

 驚いたように言った無邪気な母に、文維は何を言っても無駄だというように軽く頭を振った。

「ボクたちは、煜瑾を助けに来たんだよ。中に入れて欲しいな」

 誰に向かって言っているのか、小敏が愛想よくドアに声を掛けた。

「そんなことで開くわけが…」

 呆れたというよりも苛立ちを見せて文維はそう言いかけたが、次の瞬間、そのままあんぐりと口を開いた。

「さすが、夢の世界は違うね」

 ドアがまるで意思があるかのように、静かに開くのを目の当たりにした文維は愕然とした。

「やっぱり児童書の翻訳者だけのことはあるわね。ファンタジーは小敏に任せておけば安心だわ」

 恭安楽が褒めそやすと、小敏は思い切りチャーミングな笑顔で応えた。

「んな、バカな…」

 思わず文維は呟くが、小敏も恭安楽もご機嫌な様子で、煜瑾が待つゲストハウスに意気揚々と足を踏み入れた。

「煜瑾ちゃ~ん!お母さまですよ~!お迎えに来ましたよ~」

 邸内に入るなり、真面目な顔になって煜瑾を探し始めた。

***

「や~ん!」

 とうとう煜瑾の腕を、少年が掴んだ。
 逃げられなくなった煜瑾は怖くなり、身がすくんで動けなくなってしまった。

「煜瑾、俺のことを思い出せ!思い出して、俺と一緒に来るんだ!」
「イヤでしゅ~。あ~ん、あ~ん。文維おにいちゃま~、おかあしゃま~」

 幼い煜瑾が絶望したその時だった。

「煜瑾ちゃ~ん!お母さまですよ~!お迎えに来ましたよ~」
「!」

 素直で賢い煜瑾が、大好きなお母さまの声を聞き違えるはずがなかった。

「おか~しゃま~!煜瑾は、ここにいましゅ~」

***

 恭安楽と羽小敏は、ハッとして顔を見合わせた。
 聞こえた煜瑾の声が、追い詰められて、怯えて、悲しそうに聞こえたのだ。

「煜瑾ちゃん!」

 とっさに反応した恭安楽が、声のした方へ駆け出した。

「お母さま!」「叔母さま!」

 出遅れた文維と小敏は、その先にどんな危険が待つのか心配になり、慌てて恭安楽を追いかける。
 無力な煜瑾が心配な3人は、急いで薄暗い階段を駆け上がった。

***

 少年もまた、気配に気付いた。せっかく手に入れた天使のような煜瑾を奪われまいと、少年は焦った様子で周囲を見渡した。

「おか~しゃま~」

 お母さまの声に励まされて、煜瑾は必死に抵抗し、少年の腕を振り払おうとした。

「煜瑾!」
「文維おに~ちゃま~!」

 大好きな文維の傍に行きたい煜瑾は、無我夢中で少年の腕を払い、猫のように爪を立てた。

「痛い!」

 少年が怯んだ隙に、煜瑾はスルリと身を翻した。

「おかあしゃま!文維おにいちゃま!」

 煜瑾は急いでクラシックな木製の扉に駆け寄り、内側から激しく叩いた。

「おか~しゃま~、文維おに~ちゃま~!煜瑾はここでしゅ~」




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