おかあさまといっしょ

「文維おに~ちゃま~」

 何も出来ずにいる自分が情けなく、落ち込んでいた文維だったが、遠くから煜瑾の声が聞こえたことで我に返った。

「煜瑾!」

 素直で、清純で、天使のような小さい煜瑾が困っているのが分かっているのに、どうしたらいいのか、文維は混乱していた。

「煜瑾…」

 絶望した文維は、そんな自分に近付く気配に気が付かなかった。

「あれ~?こんな所で何をしてるのさ、文維」
「!」

 声を掛けられ、驚いて振り返ると、そこにいたのは色白で人好きのする愛想の良い美青年と、呆れた顔をした姉といっても通じるほど若々しい自分の生母だった。

「やだ、文維。てっきりもう煜瑾ちゃんを救い出したのだと思ってたわ」

 母の恭安楽は、ガッカリしたように言った。
 その隣で、従弟の羽小敏までが眉をひそめて文維を見ている。

「私は…」

 青い顔をして言い訳をしようとした文維だったが、それを恭安楽が先んじて止めた。

「あなたの言い訳を聞いている場合じゃないわ。すぐに煜瑾ちゃんを悪者から助けに行かなくちゃ」

 的確な母の指摘に、従弟の羽小敏は大きく頷き、文維は呆気にとられたようにボンヤリしていた。

「ああ、文維はダメね。即物的すぎて、物語の柔軟性を理解できないもの」
「は?」

 ちょっと大げさに肩を竦めて、恭安楽が言うと、文維は母の意図するところが分からずにキョトンとなる。それがどこか可愛らしくて、小敏はクスクス笑う。

「何を言っているのか、分からない…」

 力なく文維がそう言って、母と従弟の顔を、交互に見比べた。

「ホント、文維って朴念仁ね。つまらない子だわ」

 心から残念そうに言って、恭安楽は小敏に視線を送った。

「さあ、悪者退治に行くわよ、小敏!」
「はい、叔母さま!」

 意気揚々と玄関に向かう母と従弟に、現実的な文維が声を掛けた。

「無駄ですよ。どこも鍵が掛かっています」

 それを浅はかだと嘲笑するように、恭安楽が文維を振り返った。

「ここは煜瑾ちゃんの夢の中で、私たちは煜瑾ちゃんを悪者から救いに来たのよ?天のご加護があるに決まっているじゃないの」
「お、お母さま?」

 屈託の無い恭安楽の宣言に、目を輝かせているのは小敏だけで、文維は母の論拠の無い自信に戸惑っていた。





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