小さい煜瑾は、窓の外に大好きな包文維の姿を見つけ、ホッとしたのも束の間だった。ガラスの割れる大きな音に驚いてしまい、動けなくなり、大切な文維がどうなったのかも分からず、心配で胸がドキドキしていた。

「文維…おにいちゃま…」

　先ほどまで文維の大きな声が聞こえていたのに、急に静かになり、煜瑾はますます不安になる。

「文維おにいちゃま？」

　その時、ドアが開く気配がして、煜瑾は期待をして振り返った。

「煜瑾、ランチにしよう」
「……」

　だが、そこにいたのは優しくて、賢くて、ハンサムな文維ではなかった。煜瑾はあからさまにガッカリした表情になって、俯いた。
　明るく笑いながらトレイを手に立っていたのは、例の14歳くらいの少年だった。

「イヤでしゅ！煜瑾は、おかあしゃまと、おにいちゃまと、いっしょじゃないと、イヤ！」

　少年が運んで来たランチは、トレイの上に並んだサンドイッチとオレンジジュースだった。

「ほら、ハムとチーズのサンドイッチに、タマゴのサンドイッチだ。キュウリやレタスのような緑の野菜は…」
「ダメ！」

　なんとか煜瑾のご機嫌を取ろうとする少年に、煜瑾は不快な表情も露わにして叫んだ。

「緑のおやしゃいは美味しいのでしゅ！」

　誰からも愛され、誠実で、清らかな世界で育てられた煜瑾は、「緑の野菜を食べるとお化けになる」と生まれて初めて嘘をつかれたことに、心から憤慨していた。
　だが少年は、薄く微笑んだ。自分の言ったことを煜瑾が信じてくれたことが嬉しかったのだ。
　少年の笑顔が、さらに幼い煜瑾を苛立たせる。

「煜瑾は、キュウリのサンドイッチを食べましゅ！」

　怒った煜瑾は、頬を膨らませ、プイと横を向いてしまった。そんな仕草が、むしろ子供らしく愛らしい。少年の笑顔がさらに輝いた。

「煜瑾は信じてくれたんだな。俺の言ったことを信じて…」

　少年は喜びの余り、サンドイッチとオレンジジュースが乗ったトレイを近くのテーブルに置き、煜瑾に近付いた。

「や～ん、来ないでくだしゃい～」

　煜瑾は怯えてしまい、急いで部屋の中を逃げ回ろうとする。

「逃げるな！いや、逃げないでくれ、煜瑾！」

　どうせこの部屋から逃げ出すことが出来ないことを知っているせいか、少年は薄笑いを浮かべながら煜瑾を追いかけた。

「イヤ！イヤでしゅ！」

　まるで鬼ごっこを楽しむような少年に対し、煜瑾は泣きそうになりながら走り回った。
　煜瑾は必死になって、救いを求めた。

「文維おに～ちゃま～、煜瑾をたしゅけてくだしゃい～」