おかあさまといっしょ

 小さな両の掌を窓ガラスに押し付け、大きな宝石のような黒い瞳を潤ませているのは、3歳児の姿とはいえ、文維の最愛の人だった。

「文維おに~ちゃま~。煜瑾は、ここにいましゅ~。あ~ん、あ~ん」

 なんとか歌うことで孤独に耐えていた煜瑾も、愛しい人の姿に緊張感が緩んで大きな声で泣き出してしまう。

「たしゅけて~、文維おに~ちゃま~」

 あどけない煜瑾の救いを求める声に、文維も焦りを募らせる。

「煜瑾!待っていて下さい!今、助けに行きます!」

 そう叫んだ文維だったが、ドアも窓も、どこも厳重に施錠されている。

「…っく!」

 追い詰められた文維は、思い切った決断をする。

「文維おに~ちゃま!」

 ガラスの割れる音に、煜瑾は驚いて怯えてしまう。泣くことも忘れ、文維のことが心配で幼い体を固くしている。
 文維はジャケットを脱いで手に巻き付け、その手で窓ガラスを割ったのだった。

「くそ!」

 だが、ガラスは割れたものの、内側の装飾された防犯用の格子に邪魔され、文維の侵入は許されなかった。

「煜瑾!煜瑾!私はここです」

 必死になって文維は建物の外から声を掛けるが、煜瑾は階下に降りてこようとはしない。恐らく、2階の部屋に閉じ込められているのだろう。

「文維おに~ちゃま~」

 確かに煜瑾の声は聞こえるが、ドアの向こうかららしく、声がこもって聞こえる。
 何もできない自分がもどかしく、文維はその端整な美貌を歪める。

「お前は誰だ!」

 室内からの声に、文維はハッとした。そこには見知らぬ少年がいる。

「君こそ誰だ?君も煜瑾同様に捕らわれているのか?」

 文維の言葉に、少年は顔色を変えた。

「俺の煜瑾を奪いに来たんだな」

 その一言に、文維もこの少年こそが、煜瑾をさらった犯人だと気付く。

「煜瑾を解放しろ!煜瑾に手を出すことは許さんぞ!」

 優美な曲線を描く格子を掴み、文維は大声で脅かすが、少年は聞く耳を持たず、身を翻した。

「待て!行くな!」

 少年は階段を目指し、そのまま駆け上がっていく。

「行くな!煜瑾に近付くな!」

 文維の言葉も虚しく、少年は2階へと姿を消した。





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