おかあさまといっしょ
この日の煜瑾は、朝からとても幸せだった。
目を覚ますと、そこに大好きなお母さまがいらっしゃったし、身支度もお気に入りのねえやである胡娘が手伝ってくれたし、朝食は煜瓔お兄さまも一緒だった。
「あら煜瑾ちゃん、どうしても緑のお野菜はイヤなの?」
トマトやニンジンやパプリカなど、緑以外の野菜ならなんでも食べるお利口さんな煜瑾だったが、近頃は緑の食べ物は、野菜であれ、豆であれ、どうしてもイヤだと拒否してしまう。
それをなんとか直せないかと、恭安楽が優しく問いかけた。
「ミドリは、オバケの色なのでしゅ…。オバケを食べてしまうと、煜瑾もオバケになってしまうのでしゅ」
不安そうな顔になり、煜瑾は大好きなお母さまに手を伸ばした。
お化けの話が出たことで怖くなった煜瑾は、察した恭安楽に抱き締められ、ギュッとお母さまの服を掴んだ。
「お化けだって?誰がそんな話を?」
優しいお兄さまである唐煜瓔が、煜瑾の言い分を否定せずに声を掛けた。
「あのね、知らないお兄さんが煜瑾に教えてくれたのでしゅ」
「知らないお兄さん?」
唐家では、幼い煜瑾の安全には細心の注意を払っている。そんな大切な煜瑾に知らない人間など近寄れるはずがないのだ。
「カナダの伯父しゃまが、みんなでいらしたでしょう?」
「ああ、そんなこともあったね」
上海唐家の当主は、煜瑾の兄・煜瓔だが、そもそも唐家の本家はイギリスにある。
そこから、上海だけでなく、カナダ、オーストラリアなど旧大英帝国領や、一時はイギリス領であった香港、また台湾にもイギリス唐家の分家は散らばっている。
それぞれの分家が本家を中心に結束しているのは間違いないが、分家同士もまた、ことあるにつけ互いのビジネスのために交流を深めているのだ。
確かに、煜瑾が幼い頃、カナダ唐家の当主が一家揃って上海に遊びに来たことがあった。
彼らは中国政府公認の「五つ星ホテル」の最高スイートに宿泊していたが、子供たちが広大な庭を駆けまわったり、女性陣がお茶を飲みながらゆっくりお喋りしたりするために、いつでも好きな時に上海唐家を訪れてよいことになっていた。
唐家の最上の客間は解放され、庭園には簡易式の遊具が並べられた。
数多い従兄姉たちの中、煜瑾は最年少で、みんなから可愛がられ、一緒に楽しく遊んだりしていた。
大人たちはゴルフや観光、買い物になどに興じては、ホテルに戻ることもあれば、唐家で休憩するものもいた。
いつもにない多くの人の出入りだとしても、カナダ唐家の一族しか出入りは許されないはずだ。その中に煜瑾の知らない人間が居るとしたら、カナダ唐家の使用人だろうか。
「困ったね、そんなことを煜瑾に言うなんて」
唐煜瓔は、不服そうに呟いたが、恭安楽は笑っていた。
「本当に困ったことね。緑のお野菜を食べるとお化けになってしまうだなんて…。お母さまも、煜瓔お兄さまも、文維おにいさまも、本当に困るわ」
恭安楽は、少しわざとらしく眉を寄せ、煜瑾の顔を覗き込んだ。
「おかあしゃま?」
煜瑾は大好きなお母さまの困り顔が心配になってしまう。
「だって、お母さまも、お兄さまたちも、みんな緑のお野菜を毎日いただいているのよ?みんな、いつかはお化けになってしまうのかしら。お母さま、とっても困るわ」
「おかあしゃま!」
大好きなお母さまの言葉に、煜瑾は目を丸くした。そして、その意味を解するとすぐに黒く大きな瞳を潤ませてしまう。
「イヤでしゅ~。おかあしゃまや、お兄ちゃまが、オバケになっては、ダメでしゅ~」
稚 い煜瑾は、お母さまのお膝の上で、胸に縋りついて泣きだした。
目を覚ますと、そこに大好きなお母さまがいらっしゃったし、身支度もお気に入りのねえやである胡娘が手伝ってくれたし、朝食は煜瓔お兄さまも一緒だった。
「あら煜瑾ちゃん、どうしても緑のお野菜はイヤなの?」
トマトやニンジンやパプリカなど、緑以外の野菜ならなんでも食べるお利口さんな煜瑾だったが、近頃は緑の食べ物は、野菜であれ、豆であれ、どうしてもイヤだと拒否してしまう。
それをなんとか直せないかと、恭安楽が優しく問いかけた。
「ミドリは、オバケの色なのでしゅ…。オバケを食べてしまうと、煜瑾もオバケになってしまうのでしゅ」
不安そうな顔になり、煜瑾は大好きなお母さまに手を伸ばした。
お化けの話が出たことで怖くなった煜瑾は、察した恭安楽に抱き締められ、ギュッとお母さまの服を掴んだ。
「お化けだって?誰がそんな話を?」
優しいお兄さまである唐煜瓔が、煜瑾の言い分を否定せずに声を掛けた。
「あのね、知らないお兄さんが煜瑾に教えてくれたのでしゅ」
「知らないお兄さん?」
唐家では、幼い煜瑾の安全には細心の注意を払っている。そんな大切な煜瑾に知らない人間など近寄れるはずがないのだ。
「カナダの伯父しゃまが、みんなでいらしたでしょう?」
「ああ、そんなこともあったね」
上海唐家の当主は、煜瑾の兄・煜瓔だが、そもそも唐家の本家はイギリスにある。
そこから、上海だけでなく、カナダ、オーストラリアなど旧大英帝国領や、一時はイギリス領であった香港、また台湾にもイギリス唐家の分家は散らばっている。
それぞれの分家が本家を中心に結束しているのは間違いないが、分家同士もまた、ことあるにつけ互いのビジネスのために交流を深めているのだ。
確かに、煜瑾が幼い頃、カナダ唐家の当主が一家揃って上海に遊びに来たことがあった。
彼らは中国政府公認の「五つ星ホテル」の最高スイートに宿泊していたが、子供たちが広大な庭を駆けまわったり、女性陣がお茶を飲みながらゆっくりお喋りしたりするために、いつでも好きな時に上海唐家を訪れてよいことになっていた。
唐家の最上の客間は解放され、庭園には簡易式の遊具が並べられた。
数多い従兄姉たちの中、煜瑾は最年少で、みんなから可愛がられ、一緒に楽しく遊んだりしていた。
大人たちはゴルフや観光、買い物になどに興じては、ホテルに戻ることもあれば、唐家で休憩するものもいた。
いつもにない多くの人の出入りだとしても、カナダ唐家の一族しか出入りは許されないはずだ。その中に煜瑾の知らない人間が居るとしたら、カナダ唐家の使用人だろうか。
「困ったね、そんなことを煜瑾に言うなんて」
唐煜瓔は、不服そうに呟いたが、恭安楽は笑っていた。
「本当に困ったことね。緑のお野菜を食べるとお化けになってしまうだなんて…。お母さまも、煜瓔お兄さまも、文維おにいさまも、本当に困るわ」
恭安楽は、少しわざとらしく眉を寄せ、煜瑾の顔を覗き込んだ。
「おかあしゃま?」
煜瑾は大好きなお母さまの困り顔が心配になってしまう。
「だって、お母さまも、お兄さまたちも、みんな緑のお野菜を毎日いただいているのよ?みんな、いつかはお化けになってしまうのかしら。お母さま、とっても困るわ」
「おかあしゃま!」
大好きなお母さまの言葉に、煜瑾は目を丸くした。そして、その意味を解するとすぐに黒く大きな瞳を潤ませてしまう。
「イヤでしゅ~。おかあしゃまや、お兄ちゃまが、オバケになっては、ダメでしゅ~」